ヒマラヤ小学校病学校生活

2014年01月29日

子ども達はなぜ優しいのだろうか

1月29日

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昨年、社団法人実践倫理宏正会の機関誌「倫風」の中でヒマラヤ小学校についてご紹介いただいたところ、読者の方から子ども達の優しさに関する質問を受けた。

質問の内容は「なぜヒマラヤ小学校の子どもたちは、家族やみんなのために働きたいという夢を描けるのでしょうか?」というもので、記事の中で紹介されたビシュヌ・タマン(第3期卒業生)の「大きくなったらバスの運転手になって村で病気になった人を助けたい」という夢が、その方の琴線に触れたそうだ。

なかなか難しい質問で自分なりにあれこれ考えて見たものの、なかなか思うような答えが浮かんでこなかった。実際、彼らの優しさや利他的な行動に接する度に、僕自身、なぜ彼らはこんなにも他人に優しく出来るのだろうか、と不思議に思っているくらいだ。それでも、自分の思うところを一応、3つ纏めてみた。

1つ目は、社会全体が貧しく、物質的に満たされていない環境の中では、皆が助け合わなければ生きていけない。そのために小さい頃から助け合う事が当たり前であること。

2つ目は、貧困やカースト制度により、子ども達はそれぞれ辛い思いをして生きている。辛い思いをした分、他人の辛さが理解でき、他人に対して優しく、思いやりを持って接する事が出来る。

3つ目は、子ども達は常に自分の存在を認めてほしい、自分の方を向いてほしい、という思いを持っている(みんな「愛されている確信)が持ちたい)。誰かのために(利他的に)何かをすることで、(無意識のうちに)自分自身の社会における存在意義の確認をしているのかもしれない。

以上3つ、思いつくままに纏めてみたのだが、きっとこれから先も答えは見つからないのかもしれない。

hsf at 00:00│
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