水場の修繕工事支援の鍵

2013年05月28日

孝養の精神

5月28日

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新聞やテレビなどの取材を受けると、印象に残る児童について尋ねられる事がよくある。児童一人ひとり、それぞれ猛烈な個性をもっているので、どの子も印象が強く、なかなか絞るのは難しいのだが、貧しい中で母親に孝養を尽くす、ある男子児童の健気な姿が今も強く心に残っている。

その児童は数年前に蒸発転居という形で村を去り、ヒマラヤ小学校を退学してしまったのだが、当時は11歳くらい。元は牛小屋だったという村のはずれの小さな掘っ立て小屋で母親と2人、肩を寄せ合って暮らしていた。

ヒマラヤ小学校に入学してもなかなか登校して来ないため、ある日、先生と共に児童の家を訪ねると、病気で寝込んでいる母親の看病をしながら、山から集めて来た飼葉を忙しく麻紐で結んでいる最中だった。トタン屋根の穴から差し込む無数の光の筋が、薄暗い部屋を舞う塵埃と共に児童の額から流れる汗を照らし出していた。

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「どうしても働かないといけないの?」

僕の――今、思えば信じられないような――愚問に、「毎日、お母さんにドゥドゥ(牛乳)を飲ませたいんだ」、と答えた児童。母を想う一言からは孝養がひしひしと伝わって来て、胸を強く締め付けられた。

その後も栄養改善プログラムの際、病床の母のためにパンや果物をこっそり持ち帰る児童の姿を見かけたが、児童のそうした孝養の精神に触れる度に、豊かな飽食の時代に生まれ、何もかもが当たり前で利己的に生きて来た自分自身に嫌気がさし、自責の念にかられた。今も目を閉じると、早朝の町で牛乳を売り歩く姿や体よりも大きな籠いっぱいの飼葉や薪を運ぶ児童の姿が目に浮かぶ。今頃、あの心優しい児童はどうしているだろうか・・・・・・。





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