茶髪・・・・・もう一つの柱

2011年11月22日

きっかけは1杯のオレンジジュース

resize2520支援者の方の家に、周囲の友人や知人に集まって貰い、車座になって学校についてお話しする活動を数年前から続けている。支援者や活動に関心を持った方と意見交換をすることで新たな目標が出来たり、時には学校が抱える問題の解決の糸口を見つける事も出来る。異なる分野で活躍される人の話には、いつも考えさせられる事が多いので、僕にとって大切な活動の一つだ。

先日の集会は、僕よりも少し上の世代の主婦の方が中心だった。皆さん、それぞれ子育てに奮闘中の様で母親の立場から貴重な意見を頂いたのだが、参加した女性から「自分の子どもが内向的なので、なんとか外国へ行くくらい活発になってほしい」とか「子どもに夢や目標がなくて困っている」という話が話題に上り、興味深かった。

若者が夢を持たなくなったと言われて久しい。少なくとも僕が知っている若者はそんな風ではないのだが、それでも常に話題に出るくらいだからやはり昔に比べて夢や目標が持ちにくいのだろう。でも、無理に夢や目的を持つ必要は全くないと思うし、若者に“夢や目標を持て”と言い聞かせてたことろで、あまり意味がないと思う。

僕がネパールへ渡ったのは、父の友人のネパール人に声をかけてもらった事がきっかけだったが、当時の僕は少年の頃からの夢だった“外国で暮らしたい”という事しか頭の中になく、ただただ一刻も早く日本を飛び出して外国、特にアメリカへ行きたいという思いばかりだった。

では、なぜ僕が”外国で暮らしたい”という夢を描くようになったかというと、小学校3年生の頃に家族で訪ねたアメリカで飲んだ1杯のオレンジジュースが切欠だった。宿泊先のホテルの傍にあった小さな店で、生まれて初めて英語で注文して飲んだカリフォルニアのオレンジジュース。そのオレンジジュースは、氷ばかり入っている日本のものとは違い、氷が一切入っていない上にアメリカンサイズの大きなコップに入っていて、当時9歳だった僕の心を圧倒的に打ちのめしたのだった。ジュースを飲み干した瞬間、将来は絶対、この国に住もう、と子どもながらにと決心した事を鮮明に覚えている。よほど嬉しかったのだろう、ホテルに戻った後、僕は両親に「アメリカ人は人がいい。大きくなったらここに住む。」と報告したそうだ。つまり感激するほど良い思いをした事が、僕が外国への憧れを抱くきっかけになったのだ。

夢や目標なんて、生まれてくるとしたら、常に思いがけないところからではないだろうか。ともすれば若者は夢を持つべきだ、と思い込んでしまいがちだが、そんな必要なんて全くないと思う。人はそれぞれ生まれてきた役割があり、それに気づくことが出来れば、きっと幸せな人生を送ることが出来ると僕は信じている。

それでも、やはり夢を持つ事に拘る人は今の自分と全く異なるところへ身をおけばいいと思う。特に知らない国へ出かけることはお勧めだ。言葉も通じない中で意思の疎通を図ろうと精いっぱい努力していると、ふと大事な何かに気づくこともあるはずだ。ということで悩める若者よ、ネパールへ来たれ。


hsf at 18:03│
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