偉大な母の存在リトルエンジェルズ学校でワークショップ

2010年04月16日

残された手紙

4月16日

児童先月末の出来事。早朝、学校を訪ねるとヤッギャ校長から一枚の紙を渡された。紙を渡しながらヤッギャ校長が『S姉妹が母親と一緒に夜逃げをしたようです。』と溜息まじりに伝えてきた。

ノートを契っただけの粗末な紙には、村の風景と共にネパールと日本の国旗が描かれていて、すぐにSが描いた絵であることがわかった。Sは絵が大好きで、毎日のように同じ村の風景と日本とネパールの国旗を描いた絵をプレゼントしてくれた。絵の隅には大きな文字でThank youと書かれてあり、その横には先日、Sに教えたばかりの日本の童謡の歌詞が書かれていた。よほど急いでいたのだろう、何時もはきちんと色を塗っているSの絵は、一部が鉛筆で黒く塗りつぶされているだけだった。

Sは去年、ヒマラヤ小学校の幼稚園年長クラスに入学した12歳の女の子で、同じく幼稚園年少クラスに入学した妹のC(5歳)の世話をしながら、毎日、楽しそうに勉強していた児童だった。Sの家族は災害で家を失い、遠くの村からブンガマティ村へ移住してきた。入学選考の時、『歌や踊りも習えるよ』と話すと、Sが笑顔を浮かべていたことを思い出す。

児童ヤッギャ校長の話によると、昨日、ヤッギャ校長が留守をしている時にSが自宅を訪ねて来たそうで、ヤッギャ校長と僕に手紙を渡してほしいと言って、そのまま帰っていったそうだ。その後、S姉妹は母親と共に誰にも気づかれないように、こっそり村を去ったようだ。夜逃げをした理由は定かではないが、村人の話によるとSの母親は家賃を数ヶ月滞納するなどかなりの窮状を抱え、債鬼にも攻められていたようだ。数ヶ月前に母親が体調を崩し建設現場での仕事が思うように出来なかったと、近所の人が話していた。

昨日、Sが一人でヤッギャ校長の家を訪ねたのは何故だろう。単にお礼を言いたかっただけなのだろうか?もしかすると、Sなりに何らかの助けを求めていたのかもしれない。ヤッギャ校長の不在を知り最後の希望を失ったとしたら、、、、、Sの気持ちを思うと胸が痛み、ヤッギャ校長のついたため息がより一層、重く感じた。

S姉妹がいなくなってもう直ぐ1ヶ月。今頃、何処で何をしているのだろうか。親子3人で路頭に迷うような事がないよう今はただ願うばかりだ。


hsf at 05:50│

この記事へのコメント

1. Posted by キッドリンク   2010年05月11日 11:22
先週の土曜にときたまさんの展覧会??に行きました。その時には
意識していなかったのですが、後日、ここの活動を紹介され、興味
をもち、おじゃましています。これからゆっくり読ませてもらいます。
私自身は、2007年からネパールに通っていたのですが、最近では
カンボジアに集中して、学校に入り写真を撮っています。
今後ともよろしくお願いします。
2. Posted by 吉岡大祐   2010年05月11日 12:41
この度は温かいコメントをお寄せいただき、ありがとうございました。ささやかなブログですが、今後とも子ども達の成長をお楽しみいただきましたら幸いです。ときたまさんの展覧会にはヒマラヤ小学校から5名の子ども達が参加しています。




3. Posted by fukuda   2010年05月16日 21:08
スポンサー制度に関わらせていただいています。
そして、いつもブログを楽しみにしております!
今、バンコクに住んでいるので、
なかなかイベント等に足を運ぶことができません…。

そこで、お聞きしたいのですが
支援者同士のコミュニティーなどがありますか?
あれば、ぜひ参加したいのですが??

日々お忙しいと思いますが、
お体を大切に
4. Posted by hsf   2010年05月19日 11:24
FUKUDA様

温かいコメントを頂き、ありがとうございます。
年に数回、日本国内でイベントを開催しておりますが、参加が難しい方も多いようです。今後、なんらかの形で支援者の皆様同士の横のつながりが出来ればと考えています。ぜひ、良案などありましたらよろしくお願いいたします。今後ともよろしくお願いいたします。

追:奨学生、元気に頑張っています。


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