ライバル勉強

2010年03月12日

校規

12日

スケボー今日の職員会議から先生達が中心になって新たな校規作りが始まったこれまでの校規が社会や学校の現状に合わなくなったため、開校6周年を機会に修正をしようというもの。校規は学校が開校した6年前の2004年、まだ教員が3人だった頃に策定したものだから、現状に合わなくなり、不都合が出るのも無理はない。

今回の校規の改正、実は先生達の声を受けてのことだった。人が増えるとどうしても細かいところまで目が行き届かなくなり、全体の規律がゆるくなってしまうのは古今東西どこも同じことなのだろう。ヒマラヤ小学校でもヤッギャ校長が教育センターやアプスベンの用事で外出する機会が増えた頃から、ごく一部の先生達ではあるが職員室でのお喋りが盛り上がり、授業時間になってもななかな教室に行かなかったり、理由なく遅刻する先生がいたりして、風紀に乱れが出はじめたようだ。

児童僕自身は実際にそういう先生を見たわけではないが、僕が学校に到着するとそそくさと職員室から教室に向かう先生の姿を何度か見かけたことがあったり、また普段の会話の中で子ども達から一部の先生への苦情を受けたこともあったので、恐らく間違いないのだと思う。

外での用事が増えたヤッギャ先生の代理として、昨年、モンゴル先生を校長補佐に任命し、校長代理としての権限を持たせることにしたのだが、長年の馴れ合いもあってか、なかなか改善が見られなかったようだ。元来、何事も慌てない国民性もあるから、こういう時はむやみに咎めるのではなく、自浄作用が出ることを辛抱強く待つことも大事だ。僕自身、過去に若い先生を叱って失敗した事が何度かあり、そのたびに辛抱強く待つことの大切さを思い知らされた経験がある。

昨年の秋、職員会議の席で、ある先生から校内の規律が下がっている事に対しての指摘があった。突然の指摘に驚いたが、発言の後、他の先生からも次々と規律が下がっている事を問題視する発言が起こった。みんな“このままではいけない”という思いがきっと心のどこかにあったのだろう。しばらく議論を交わした後、皆で新しい校規を作ろうという提案が行われ、今回、新学期に向けて新しい校規を制定することになった。

もちろん、新たな校規を定めることには僕も大賛成だが、単に校規を作っただけでは糠に釘で、それよりも常に先生達が何でも話し合える、風通しのよい環境を作ることの方が重要ではないかと思う。もしかしたら、これまで必ずしも言いたいことが十分いえる環境で無かったのかもしれない。そうした反省点をしっかり話し合った上で、必要最小限の校規を作ればいいのだと思う。厳しい校規で縛り付けお互いに緊張ばかりしていては、先生達がそれぞれの長所を生かした教育は実現できないだろうし、そんな中では子ども達が自由にのびのびと学べる環境は作れないだろう。ヒマラヤ小学校の長所は“自由”にある、この事をしっかり理解したうえでの校規つくりを願っている。

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