嵐の8月コツコツと努力を積み重ねる大切さ

2009年08月01日

学校を去る子ども達

8月1日

「わたしはね、大きくなったらヒマラヤ小学校の先生になるの」。

1年生のサジャナ(9)はいつも屈託のない笑顔でそう話していた。

サジャナが学校へ来なくなって2ヶ月あまりが過ぎた。母親と弟の3人で肩を寄せ合いながら暮らしていた、カーペット工場そばの窓のない小さな部屋はひっそりと静まり返っている。

さカーペット工場の従業員の話では、サジャナの家族は同じ職場で働く複数の従業員からお金を借りたまま、夜逃げ同然で蒸発したのだという。連絡が取れなくなってから既に2ヶ月が過ぎ、サジャナの退学処分も決まっているのだが、僕は今でもサジャナが笑顔を浮かがら、学校へ戻ってくるような気がしてならない。

サジャナの家族はカトマンズ盆地の東、シンドゥパルチョーク郡から移住してきた。父親は窮状から逃れるために蒸発。母親が2人の子を養うために上京し、人づてにカーペット工場の存在を知り、ブンガマティ村の工場で働くようになったそうだ。

さサジャナはヒマラヤ小学校に入学するまで学校で勉強した事がなかったため、半年間、村の寺子屋で勉強した後、昨年の4月にヒマラヤ小学校の幼稚園年長クラスに入学した。利発で物覚えが早く、1学期から3学期の期末試験すべて1番という優秀な成績を収め、5月からは1年生に進学した。5月に僕がネパールに戻ったときには、1番で合格出来たことを嬉しそうに報告してきて、成績優秀者の表彰では「大きなカバンをプレゼントして欲しい」と言って来た。大きなカバンにたくさん教科書を入れて勉強するのだと。。。。。。その後、サジャナは突然、学校へ来なくなった。


さヒマラヤ小学校が開校して5年半。これまで何十人の子が学校を去っていたっただろうか。無償の学校が出来ても尚、貧しい子ども達にとって継続がいかに難しい事か思い知らされる毎日だ。


hsf at 14:25│
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