児童労働車座集会”話し合える環境”

2007年12月07日

安心して勉強できる環境

12月6日(木)

他の団体の方針をしっかり理解しないまま評論するのは良くないが、ネパールに限らず他の国々でも、建設した学校の数を謳っている団体を見かける事がある。学校がない地域に学校を建設するのは大事なことだが、学校が出来たからといって地域に暮らす全ての貧しい子供たちが学校へ通えるとは到底、思えない。そういった団体は建設後の学校運営をどのように考えているのだろうか。大勢の支援者から頂いた善意の支援を元に“箱だけ作って終わり”という支援活動は本当に意味があるのだろうか。

鉛筆やノートが買えなくて学校を辞める子や中には自殺する子までいる現状を考えれば、学校という器なんてあまり意味がないようにすら思える。もっと大切な事は貧しい子ども達が安心して勉強できる環境を作ることではないだろうか。

ヒマラヤ小学校の場合、完全無償教育を実施することで極貧の子どもでも学べる環境を何とか構築している。もし学用品を児童自らが用意しなくてはならない状況になれば、恐らく1人の児童も学校に残れないだろう。ましてや授業料を徴収すれば、どんな状況になるのか結果は明白だ。もちろん無償教育を続けるには高額な費用がかかるだけでなく、全てにおいて徹底した管理が必要ななるため手間隙もかかる。教科書から消しゴムに至るまで全ての配布記録をつけ、時には“失くした”と言ってくる児童を、胸をいためながら疑うことも必要になってくる。それでも無償教育の実施によって、115名の貧しい子ども達が勉強する機会を得ているのだから、その意味は大きいのではないだろうか。

“字の読み書きを知らない子ども達に、読み書きできる喜びを伝えたい“、この一心で始めた教育支援活動。ここは決してブレてはいけない。立派な校舎や建設した学校の数を謳うのではなく、子ども達が安心して学べる環境を作ることにもっと目を向けて欲しいと願うのは、多分、僕だけではないと思う。


hsf at 02:48│
児童労働車座集会”話し合える環境”