自立への道全力

2007年01月15日

クマリ、メヌカ姉妹

1月15日(月)

メヌカ先日、ヤッギャ校長とブンガマティ村の中を歩いていると、広場で遊んでいた幼稚園クラス(ナーサリー)のクマリとメヌカの姉妹に会った。人懐っこい笑顔で駆け寄って来た姉妹と話し込んでいると、姉妹の母親が現れ、話があるから家まで来て欲しいと、声を掛けてきた。突然の事で何の事だか分からないまま、ヤッギャ校長と姉妹の家を訪ねて見る事にした。

クマリとメヌカ姉妹は今年度から入学した新入生だ。2歳違いの姉妹は同じナーサリークラスで仲良く学んでいる。歓迎会等では姉妹が揃ってダンスを披露するなど、ヒマラヤ小学校の中でも人気者の姉妹だ。

昨年の11月頃、丁度ティハール(ディパワリ)祭りが開けた頃から、姉妹は突然、学校に姿を見せなくなった。心配になってヤッギャ校長らと共に何度か姉妹が住んでいた村の借家を訪ねてみたが、連絡がつかない状態が続いていた。

村の人の話によると、姉妹の両親が村で始めた自家製の酒を売る店が上手くいかず、借金をした父親が蒸発、母親が仕事を求め2人の幼い娘を連れて隣の村へ移住したそうだ。店が上手くいかなかった理由のひとつは、商売用の酒を酒好きの父親が飲んでしまい、まったく商売にならなかったとのこと。まさに落語の“花見酒”の世界。

隣の村でも結局、文盲の母親だけでは上手くいかなかったようで、昨年の暮れ頃、再びブンガマティ村に戻ってきた。本来ならば1ヶ月以上の無断不登校は退学処分になるが、姉妹がまだナーサリークラスであることなどを考慮して、運営委員会が再登校を認めることになった。何はともあれ、人気者の姉妹が戻ってきた事は、僕らも嬉しかった。

母親の呼びかけに応じて、ヤッギャ校長らと姉妹の家を訪ねてみると、母親が突然、貧しくて暮らしていけないから2人の子供達を貰ってくれと、言い出した。理解に苦しみながら母親の話を聞いていると、仕事もなく、また助けてくれるような親類もいない現状では、とても2人の娘を養っていけないから、娘を誰かに上げたいとのことだった。嘆くように窮状を訴える母親の傍で、無邪気に遊んでいる2人の姉妹が痛々しかった。

その後、母親の話をじっと聞いていたヤッギャ校長が『一生懸命働きなさい。仕事は必ず探すから、母親としての責任を果たしなさい。』と、強い口調で母親を叱責した。子供を簡単に手放そうとする母親の無責任さに、ヤッギャ校長なりに怒りを覚えたのだろう。文盲の母親が、抱える窮状に希望を失い、破れかぶれになる気持ちも分からない訳ではないが、同じような窮状を抱えながらも一生懸命生きている母親達が大勢いることを、ぜひ知ってほしい。

結局、母親はヤッギャ校長の友人が営むカーペット工場で仕事をする事になった。どんな窮状であれ、一生懸命頑張ることで周囲からの理解が得られ、道が開けてくるのではないだろうか。大変な現状だからこそ、ぜひ母親には頑張って欲しい。

貧しさの影響を受けるのは、常に弱い立場の子供達であることを改めて痛感した一日だった。


hsf at 19:37│
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