2005年08月19日
チャパガオン村・レレ村
8月19日(金)
今日はジャナイ・プルニマでお休み。バウン族(バラモン)が身に着けた聖なる紐(ジャナイ)を着け替える日。パタン市内のクンベソールでもジャナイを付け替えるため早朝から長蛇の列が出来ていた。
休みを利用して、ヒマラヤ青少年育英会の副理事長ムクンダさんが、イタリア人の友人らと共にチャパガウン村の外れに建設したビョ−マ小学校を訪ねる事にした。ヤッギャ校長にも声を掛け、ムクンダさんと3人でチャパガウン村へ向った。
チャパガウンはカトマンズから南へ10キロほどの小さな村。以前、週に2度の割合で往診に訪れていたため、僕には馴染み深い村だ。ムクンダさんからチャパガオン村に学校を建てたと聞いたとき、正直あまりピンと来なかった。チャパガオン村は決して豊かではないが、村には学校が整備されていたし、学校へ通う子供達の姿も多く見かけていたからだ。
その後、ムクンダさんから、学校はチャパガン村の外れにあり主に貧しいタマン族の人々が暮しているとの事情を聞いて、どうしても一度、学校を訪ねて見たいと思うようになった。ヒマラヤ小学校を開校して、今まで分らなかった子供達の貧しい現状を知ったことも学校を訪ねたいと思うようになった理由かもしれない。
チャパガウン村で、1970年製造のランドローバーに乗り換え、山道を揺られながら学校へと向った。深い緑に囲まれた山道は、丁度2年前、ヒマラヤ小学校を建設する前に現在のヒマラヤ小学校の土地を訪ねた時と同じ、何ともいえない不思議な感動を覚えるものだった。車に揺られ30分、ビョーマ小学校に着いた。
学校は緑に囲まれた、とても素晴らしい場所に建てられていた。写真を撮っていると、集落から1人、2人と人懐っこい笑顔の子供達が集まってきた。タマン族は主としてカトマンズ盆地の端、低山岳部に暮す民族だ。大変正直で真面目な性格だが、正直が故に他民族から騙されるといった話を良く耳にする。実際この集落の中にも、他民族に土地を奪われた人がいるようだ。
ムクンダさんの説明によると、村の中心部に学校はあるが集落からは遠く、子供達が通うには難しいとの事だった。また集落には児童労働に従事している子どもも多く、学校建設の必要性を実感したそうだ。
子供達に学校について尋ねると、皆一様に『楽しい』と笑顔で答えていた。学校が出来たことで子供達は学ぶ喜びを知り、将来への希望を持ったに違いない。ヒマラヤ小学校の子供達と重なり、嬉しくなった。
ビョーマ小学校の校長や代表者とも直接会って話をしたが、ぜひヒマラヤ小学校での経験を基に協力して欲しいとの事だった。もちろんヒマラヤ小学校でのシラミ退治や踊りの授業など、上手くいっている活動について積極的に協力していきたいと思う。ヤッギャ校長もビョーマ小学校の提案に大賛成、お互いに協力関係を結ぶことで合意した。また学校の代表者からは、ぜひ日本人ボランティアに来て欲しいとの要請も受けた。安全対策や医療対策を十分に検討する必要があるが、ぜひ実現に向け協力したいと思う。
ビョーマ小学校も現在、政府からの支援を受けていない。地元の有志が僅かな基金を集め、何とか運営しているとのことだった。建設を支援したイタリアの方からは継続に対する支援は一切ないという。学校の継続は、外国支援で建設された学校の共通の課題かもしれない。
学校を後にし、再びランドローバーに揺られ隣村のレレ(Lele)を訪ねた。僕にとって初めてのレレ村訪問。丘の上から見下ろすレレ盆地の水田が太陽の光で輝き、とても綺麗だった。レレ村は周囲を深い山に囲まれていることもあり、水が綺麗でなかなか良い村だった。バザールで一休みしながら村の人たちと雑談。村の人々には首都圏とは思えない純朴さが残っている。
今日は山道を車に揺られ流石に疲れたが、とても良い経験となった。僕らが知らないところでは、まだまだ学校を必要としている子供達がいて、今尚、就学を夢見て暮していることを実感した。僅かな基金を持ち寄ってビョーマ小学校を運営している関係者の熱意に敬意を表したい。
今日はジャナイ・プルニマでお休み。バウン族(バラモン)が身に着けた聖なる紐(ジャナイ)を着け替える日。パタン市内のクンベソールでもジャナイを付け替えるため早朝から長蛇の列が出来ていた。
休みを利用して、ヒマラヤ青少年育英会の副理事長ムクンダさんが、イタリア人の友人らと共にチャパガウン村の外れに建設したビョ−マ小学校を訪ねる事にした。ヤッギャ校長にも声を掛け、ムクンダさんと3人でチャパガウン村へ向った。
チャパガウンはカトマンズから南へ10キロほどの小さな村。以前、週に2度の割合で往診に訪れていたため、僕には馴染み深い村だ。ムクンダさんからチャパガオン村に学校を建てたと聞いたとき、正直あまりピンと来なかった。チャパガオン村は決して豊かではないが、村には学校が整備されていたし、学校へ通う子供達の姿も多く見かけていたからだ。
その後、ムクンダさんから、学校はチャパガン村の外れにあり主に貧しいタマン族の人々が暮しているとの事情を聞いて、どうしても一度、学校を訪ねて見たいと思うようになった。ヒマラヤ小学校を開校して、今まで分らなかった子供達の貧しい現状を知ったことも学校を訪ねたいと思うようになった理由かもしれない。
ムクンダさんの説明によると、村の中心部に学校はあるが集落からは遠く、子供達が通うには難しいとの事だった。また集落には児童労働に従事している子どもも多く、学校建設の必要性を実感したそうだ。
子供達に学校について尋ねると、皆一様に『楽しい』と笑顔で答えていた。学校が出来たことで子供達は学ぶ喜びを知り、将来への希望を持ったに違いない。ヒマラヤ小学校の子供達と重なり、嬉しくなった。
ビョーマ小学校の校長や代表者とも直接会って話をしたが、ぜひヒマラヤ小学校での経験を基に協力して欲しいとの事だった。もちろんヒマラヤ小学校でのシラミ退治や踊りの授業など、上手くいっている活動について積極的に協力していきたいと思う。ヤッギャ校長もビョーマ小学校の提案に大賛成、お互いに協力関係を結ぶことで合意した。また学校の代表者からは、ぜひ日本人ボランティアに来て欲しいとの要請も受けた。安全対策や医療対策を十分に検討する必要があるが、ぜひ実現に向け協力したいと思う。
ビョーマ小学校も現在、政府からの支援を受けていない。地元の有志が僅かな基金を集め、何とか運営しているとのことだった。建設を支援したイタリアの方からは継続に対する支援は一切ないという。学校の継続は、外国支援で建設された学校の共通の課題かもしれない。
今日は山道を車に揺られ流石に疲れたが、とても良い経験となった。僕らが知らないところでは、まだまだ学校を必要としている子供達がいて、今尚、就学を夢見て暮していることを実感した。僅かな基金を持ち寄ってビョーマ小学校を運営している関係者の熱意に敬意を表したい。
hsf at 02:58│