2014年08月

2014年08月31日

世界に誇る技

8月31日

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ネパール人は何事も慌てない。とにかく慌てない。本当に慌てない。
この良くも悪くもノンビリと慌てないネパール人の性格や風習に自分自身、苦しめられたり、、また苦しめられたり、何度か助けられたりもしたけど、やはり苦しめられたり・・・・・・。

それでも、何事も「結果オーライ」の風習だから、過程の段階でいちいち腹を立てても意味がない、という事に気が付いてからは、少し気が楽になったような気がする。

先日、外国生活が長いネパール人の友人と「ネパール人」という深いテーマについて、軽い談義を交わしていた時の事。ネパールで誰もが必ず体験するひとつが遅刻。約束の時間に遅れて来たにも拘わらず(それも1時間とか2時間)、目の前に現れても走らない、もしくは走るそぶりすら見せず余裕綽々と歩いてくるので、時間に厳しい人は腹を立てるのだが、あの余裕綽々と歩いているのは、実はその間に言い訳を考えているそうだ。予め言い訳を準備せず、最後の30秒くらいで言い訳を考え出すのがネパール流で、世界に誇る技なのだとか・・・・。いつまでもネパール談義に花が咲いた夜だった。




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2014年08月30日

リシ・パンチャミ

8月30日

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ティーズ祭りの2日後にあたる今日は「リシパンチャミの日」。ティーズと同じくパルパティ・ヒンドゥの女性の行事で、寺院を訪ねオトゥワンと呼ばれる植物を使って1年間の不浄や穢れを洗い流す日だ。ティーズに合わせて里帰りしていた女性たちの多くは、このリシパンチャミを終えると再び嫁ぎ先の街や村へと帰る。

今日は朝早くから各寺院では不浄を洗い流すための女性達で長蛇の列が見られた。不浄は年に一度だけ、この日にしか洗い流せないそうだから炎天下もなんのその、みんな粘り強く順番が来るのを待っていた。不浄を洗い流すのも夫のためだとか・・・・徹底的な男性優位社会を見せられたような気がする。この日は列のところどころで歌や踊りが披露され賑やかだった。来週はアスタミ祭り、再来週はインドラジャトラ祭りと、祭りはまだまだつづく・・・・・。

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2014年08月29日

久しぶりにプジャ

8月29日

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「ダイスケサーン」。
村を歩いていると、後ろから名前を呼ぶ声が・・・・。
声に聞き覚えあり。というよりも間違いなくプジャの声だ、と思って振り返ると、やはりプジャだった。時々、プジャが高校へ登校する時に見かけてお互いに手を振る事はあったが、こうして間近で会ったのは数年ぶりの事。思っていたよりも背が高くなっていて驚いた。

プジャはヒマラヤ小学校の第一期卒業生。ヒマラヤ小学校卒業後、校内に設立したものの失敗に終わったオープンスクールで学んでいたため、1年遅れで中学校へ入学した。そんな訳で本来なら今年、10年生を終えてSLCを受験するはずだったがが、1年遅れて来年の3月に受験予定だ。

プジャはヒマラヤ小学校の事が心の底から好きでたまらない、という児童の一人で、卒業前には毎日のように「6年生を作って欲しい」と涙を流して訴えていたのが懐かしい。学校を好きになってくれて、どんな事にもひたむきに頑張った第一期生達。プジャをはじめ彼らの頑張りがあったからこそ、今の学校があるのだと改めて思う。



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2014年08月28日

「女性の女性による男性のための祭り」で嬉しい再会

8月28日

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今日はパルバティヒンドゥーの女性が断食をし、夫の健康と長寿(未婚の女性は良縁)を願って踊るティーズ祭りの日。今年も各地のシヴァ神を祀った寺院では赤いサリを纏った女性たちが乱舞して賑やかだった。

往診途中にカトマンズ市内の寺院を訪ね、女性たちの踊りを写真に収めていると・・・・・・突然、「オジサーン」という声が・・・・・

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目の前に現れたのは、なんと昨年のティーズで出会った女の子。今年も大好きな踊りを踊りに来たようだ。なんとも嬉しい1年ぶりの再会!!そんな訳で今年もスーパーダンサー達の楽しい踊りを撮影させてもらう事になった。

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この女の子達、とにかく楽しそうに踊るところが最大の魅力。今回も楽しい踊りをたっぷり見せてくれた。感謝、感謝。来年もまた楽しい踊りを見に来よう。




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2014年08月27日

お祭りつづき

8月27日

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この時期、ネパール(特にカトマンズ盆地)はお祭りが続き賑やかだ。祭りが続くので、祭りの後も人々の顔に悲壮感はない。「次がある」というのは、人にとって本当に幸せな事なんだと思う。

こうしてお祭りが多い事も、ネパール人の(良い意味でも悪い意味でも)何事も悲観しないという前向きさに影響しているのだろうか、とふと思ってみたり・・・・・・・。明日はティーズ祭りだ。



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2014年08月26日

雨雨

8月26日

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今年は初夏に雨があまり降らず農家の人々を困らせたそうですが、ここに来て雨不足を補うように連日、大雨が続いています。先週はバルディヤ地方で洪水が起こり多数の死傷者が出ました。

予定していた西ネパール山間部の医療キャンプも大雨の影響で目的地へ向かう道中で中断する事になりました。中継地へ戻り暫く様子を見ていましたが、結局、その後も雨が続いたため今回は諦めてカトマンズへ引き上げました。

自分自身の都合で6月開催予定だったものを8月に変更したのですから、こういう結果になったのも仕方ありません。ここは気を取り直し、本格的なダサイン大祭が始まる前に再挑戦するつもりです。



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2014年08月25日

無条件に全てを受け入れてくれる人の存在

8月25日

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以前、複雑な家庭事情によって学校で勉強を続ける事が困難になった男子児童の事について書いた事があったが、彼は学校を終えた後、ヤッギャ前校長が主宰する職業訓練所でホワイトメタルを使ったバングルづくりを学び、現在ではその技術によって自力で生活できるまでなった。先日、久しぶりに会った時には、すっかり精悍な青年の顔になっていて驚いた。ヤッギャ先生の話によると2か月ほど前には、遠い町に暮らす母親が会いに来て、立派に成長したわが子を見て喜びの涙を流したそうだ。

彼がこうして自立の道を歩めるようになったのは、在学中に応援して貰った支援者やヤッギャ先生の支えはもちろんだが、ホワイトメタル作りのリーダーであるアルジャンさんとの出会いが大きかったように思う。当初、バングルを上手く作れず何度も投げ出そうとした彼を粘り強く指導し(失敗によるロスもたくさん出したそうだ)、自分の力で生きていくためにがんばれと繰り返し励まし続け、更には住み込みで働けるようにして家族の一員として受け入れてくれたアルジュンさん。アルジュンさんの一つひとつの優しさや励ましが、元児童の心に穏やかな居場所を作り、坂道を乗り越える力になったのだと思う。どんな時でも無条件に受け入れてくれる人の存在が、子ども達を成長させるのだ。

それにしてもスモンをはじめ、こうして卒業生達が自立に向けて一歩ずつ頑張っている姿を見られる事は本当に幸せな事。開校当時に描いた青写真が子ども達の努力によって一歩ずつ実現していく・・・・・・まるで夢のような、でも本当の話。




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2014年08月24日

無事、役割を終えて人間界へ帰還

8月24日

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カトマンズ盆地にはクマリ信仰が残っています。クマリとは女神の化身として崇拝される生き神様の事です。国の運命を占うと言われ、カトマンズ旧王宮傍のクマリの館で――退任の日まで――人間社会と隔離されて暮らすロイヤルクマリの他、カトマンズ盆地内の複数の町や村には、祭事で活躍するローカルクマリ(チャバヒ、ジャープゥ、パタン、バクタプール、ブンガマティ)と呼ばれるクマリが存在しています。

昨年、ブンガマティのローカルクマリに現3年生のディヤが選ばれ、さまざまな祭事で生き神様としての役割を果たして来ました。この度、歯が抜け落ちた事でクマリとしての役割を終えたディヤが、学校に完全復帰しました(ブンガマティクマリは歯の喪失、疱瘡、麻疹、初潮などを被ると自動的に退任となるそうです「クマリ信仰−ネパールにおける処女崇拝−」マイケル・R・アレン著)。

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先日、久しぶりに人間としてのディヤに会いましたが、なんとも神々しくて思わず手を合わせてしまいそうになりました。生き神様「クマリ」として多くの善男全女達に祝福を与えた経験は、今後のディヤの人生にどう生かされるのでしょうか。そういえば在任中、急ぎの用事があるとかでクマリ様をバイクに乗せて目的地まで送った事がありました。今思えば、とても貴重な体験でした。



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2014年08月23日

反省しています

8月23日

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昼休み、仲良しのヒマールと喧嘩したサイモン。些細なことがきっかけだった・・・・。「あぁ、なんで喧嘩なんてしてしまったんだろう・・・・・」。サイモンの表情から、そんな心の声が聞こえて来た。大丈夫!仲直りできるよ。



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2014年08月22日

ダンス、ダンス、ダンス

8月22日

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9月に実施予定のプログラムに向け、各クラスで出し物の練習が続いています。3、4年生の女子はダンスを披露するそうで、昼休みには力の入った練習が続いています。3、4年生と言えば寝ても覚めてもダンスというくらいダンスに夢中になる時期。大好きな事に打ち込めるのですから、子ども達の表情も自然と活き活きしています。

先日、あまりにも練習に力が入っているので、どうしたの?と尋ねてみると、なんでもプログラム本番では伝統衣装を身につけて踊ることが決まったとか。なるほど力が入るのも分かります。同じ踊りを披露するにしても、やはり衣装を身につけるかどうかで本人たちの気分も変わるものです。気分が高揚すれば実力以上の力を発揮する事もあるかもしれません。これはもう、ちびっ子ダンサー達から目を離すわけにはいきません。本番が楽しみです。



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2014年08月21日

年長クラスの子ども達

8月21日

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ヒマラヤ小学校には幼稚園クラス(3クラス)がありますが、その中でも年長の子ども達は手が付けられない程、元気です。好奇心が恐ろし程旺盛な上に疲れ知らずですから、担当する先生達の大変さがよくわかります。先日、何気なく教室に入ったら、撒餌に群がる魚群のように子ども達に囲まれ、引っ張られてたり、ぶら下がられたりと、やりたい放題に可愛がられ、フラフラになって出て来ました。

そんな年長クラスの子ども達も、これから学年が上がるごとに落ち着きが出て来て、5年生になる頃には今のヤンチャぶりが信じられない程の青年紳士、淑女に変身するのです・・・・・・今は想像できませんけど。



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2014年08月20日

自由が逞しさを育てる・・・

8月20日

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よく「ネパールと日本の子どもの一番の違いは何ですか?」という質問を受ける事があります。なかなか難しい質問ですが、強いて言うならば「逞しさ」ではないかと思います。

先日、村へ出かけた時、河原で素っ裸の子ども達がみんなで手分けして大きな石を運び、川の水を堰き止めて作った水溜り(人工のプール)で遊ぶ姿を目にしました。なんとも楽しそうな姿に時間が経つのを忘れて見入ってしまいました。

こうして自ら考えて、行動する自由が、ネパールの子ども達を逞しくしているのかもしれません。過保護の下では逞しさを含めた人としての強さは育たないのではないでしょうか。なんとなく支援活動と重なる部分がありそうです。



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2014年08月19日

子ども達に感謝

8月19日

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日々、失敗の繰り返し。上手く行かない事が多い僕の活動ですが、いつも子ども達の天真爛漫な笑顔に救われています。この笑顔があるからこそ、続けられるのだとつくづく思う今日この頃です。子ども達に感謝!!


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2014年08月18日

思っていたよりも

8月18日

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遠い村を訪ねるため久しぶりに長い距離を歩いたのですが、思っていたよりも体が動き安心しました。初春の雪山歩きで身体が鈍っている事を痛感してからは、節制をしたり、いつも以上に歩くよう心掛けた事が良かったのかもしれません。

帰国中の心配事はなんといっても「過食」と「運動・睡眠不足」。普段の生活では既報の通り「くう・ねる・うごく」を心掛けているのですが、帰国中は箍が外れてしまう事もしばしばです。

上記、「くう・ねる・うごく」の中で自分にとって一番、効果があるのは粗食です。ある本でダイエットとはギリシャ語で「生きる道」を意味する「diata」が語源になっていると知りました。日本ではダイエット=外見のため、という風に見られがちですが、決してそういう事だけではないと思います。

帰国中は友人や知人に誘われ外食する機会も増えます。せっかくの会食の時間は、皆さんと楽しく食べたいと思いますので、外食が決まっている日は前の食事を抜くなどして調整しています。そのおかげで料理が更に美味しく感じられるのは、ささやかな特典です。



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2014年08月17日

学校開校に向けた測量

8月17日

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先日に続いて懐かしい写真を一枚。学校開校に向けた調印式を行ったのが2003年の5月31日。その後、本格的な土地探しに奔走して、ようやく見つかったのが今の場所です。この土地を見た瞬間、自分がイメージしていたものとぴったり重なり、少し無理をして土地を購入しました。

学校が建っている土地はもともと棚田でした。日本から視察に来られた方から「本当にこんば場所に建てられるの?」と首を傾げながら訊かれた事を覚えています。確信はありませんでしたが、ネパール側から「無理だ」という声が出なかったので、「まぁ大丈夫だろう」という程度で、全くといっていいほど心配していませんでした。

上の写真は土地を購入した後に行った測量の様子です。泥だらけになり、蛭にたくさん血を吸われながらみんなで手分けした行った測量。杭を打ち込み境界線を引き終えた時、おぼろげなががらも学校が完成した時の姿が目に浮かび、嬉しくなった事を覚えています。


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2014年08月16日

顔つきの変化

8月16日

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日本に一時帰国した後、久しぶりに子ども達に会うと、彼らの顔つきが変化している事にいつも驚かされます。数か月前まで幼顔だった子が、きりっとしっかりした顔つきになっている・・・・・僅か数か月の間に子ども達はどんどん成長しているのです。

今回は思いがけず帰国期間が長かった事もあってか、どの子も2~3歳くらい歳が上がったような錯覚を覚え、会話をするにもこちらがぎこちない状態です。



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2014年08月15日

ヨマリを作ろう

8月15日

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卒業生や村の女性を対象にヨマリづくりの職業訓練を実施する事になりました。ヨモリというのは米粉で作ったネワール族のお菓子。毎年12月に開催される寒の入りの行事「ヨモリプルニマ」では、このヨモリを食べます。ネパールに暮らし始めた頃、ネパール料理がほとんど食べられない僕を心配した下宿先のオバサンが、毎日のようにこのヨマリを作ってくれた思い出があります。そんなこともあって今も僕の一番の好物です。

今回のプログラムは、ヨマリを作る習慣がないネワール族以外の民族の人達にヨマリづくりを教え、祭りやピクニックの会場でリヤカーを使って行商をしようというもの。初めての事で不安もありますが、やはり新しい事に取り組む時は心が浮き立つ思いがします。プログラムの日は「味見係」として、何が何でも参加するつもりです!



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2014年08月14日

たかが名前

8月14日

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村を歩いていると時々、卒業生と会う事があります。すっかり大きくなった姿に何時も驚かされますが、卒業生から声を掛けられる事は本当に嬉しい事です。しかし感激のあまり?か、その場で卒業生の名前が出てこない事がけっこうあります。後で思い出しては、その場でちゃんと名前を呼べなかった事を反省します。数年前、「たかが名前、されど名前」という頂門の一針のような箴言を聞いて以来、胆に銘じているつもりなのですが・・・・。



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2014年08月13日

「適時」

8月13日

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熱心に当ブログを読んで下さっている方はご存知だと思いますが、ヒマラヤ小学校はクラーク記念国際高校の生徒有志による3年間の募金活動を経て建設されました。高校生有志の3年間の地道な募金活動がなければヒマラヤ小学校は存在しなかった訳で、子ども達、支援者はもとより学校を通じて知り合った人たちとも当然、出会う事はなかったはずです。そう思うと、少し大げさですが「運命」を感じずにはいられません。

学校が開校したのが今から10年前の2004年。僕がネパールに渡って丁度6年、28歳の時でした。引き算をすると、学校建設に向けた募金活動が始まったのが25歳の時。体力と気力だけが唯一の武器。周りが――今以上に――見えてない上に、先への心配など微塵も感じない、ただ若さに任せるだけの時期だったからこそ、やり抜けたのかもしれません。もし今、「もう一度、一からやってみろ」と言われたら、間違いなく白旗を揚げます。

物事には全て「適時」というものがあって、遅すぎても早すぎてもいけません。人に恵まれ、タイミングに恵まれ・・・・さまざまな幸運に恵まれた「適時」だったからこそ、開校出来たのがヒマラヤ小学校。だからこそ、その幸運に感謝して学校を大切にしたいと思うのです。


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2014年08月12日

みんな一歩ずつ

8月12日

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昨日に続いて懐かしい写真をもう一枚。第一期生の選考発表で入学が決まった子の喜びの写真です。この時の子ども達の嬉しそうな笑顔は今も忘れる事が出来ません。

ヒマラヤ小学校開校時に入学した68人の新入生は、開校前に村の尼寺で開いていた寺子屋で学んでいた子ども達の中から選考しました。学校建設が始まった後、寺子屋で学ぶ子ども達の保護者を集めて学校開校について説明会を兼ねたミーティングを開催しましたが、保護者はただ言いたいことを好き勝手に言うだけで、話はあちらこちらに飛んでしまい、とてもミーティングの体をなしませんでした。

ほとんどの保護者が教育を受けていないため、大勢の前で論理的に順序立てて話をしたり、相手の話を聞くという事に慣れていなかったのです。そんな事も分からずミーティングを実施した自分をとても恥じました。当時、すっかり生活に慣れたとはいえ、まだどこかで日本の考えが抜け切れていなかったのだと思います。その時の反省をもとに、その後は各家庭を訪ねて一人ひとりの保護者とじっくり話をしながら新入生の選考を行いました。大勢が集まる場とは違い、一人ひとりの時は――じっくりと時間さえかければ――きちんと話が出来るのです。

今、ヒマラヤ小学校では(ほぼ)定期的に保護者会を開催していますが、大勢が集まる場でもお互いの意見をきちんと交わすことが出来ています。10年前には出来なかった事が出来るようになった理由ははっきりわかりませんが、地域に「学校」という教育の場が出来たこと、そして子ども達が教育を受けた事が大きかったのではないでしょうか。もしかしたら「話し合いとはこういうものだよ」、と子ども達が自然と家庭生活の中で保護者に教えていたのかもしれません。思えば子ども達も保護者も学校も、みんな10年という月日の中で一歩ずつ成長していったのです。


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