2013年04月

2013年04月10日

変わりゆく社会

4月10日

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先日、久しぶりに山の上の村へ往診に出かけた。下山する日の朝、出発の準備をしていた時の事。ふと顔を上げると、朝日と共に美しいヒマラヤが姿を現している事に気が付いた。朝日を浴びながら刻々と姿を変えるヒマラヤの美しさに見惚れ、時間が経つのを忘れてしまった。

思えば村から眺めるカトマンズ盆地の姿も大きく変わった。以前は遠くに煉瓦作りの家の集落がおとぎ話の世界のように点在し、絵を眺めているような感じだったが、最近では至る所に高層マンションや原色の建売住宅が目立つようになった。きっとそれらの建物はネパールの人々の目に眩しいほど輝いて映り、社会に夢を見せているのだろう。

ネパールは今、次々と打ち寄せる社会変化の波に洗われて大きく揺れ動いている。社会の変化と共に人々の価値観も社会観も大きく変わろうとしている。「誰も知らないネパール」へ向かってただひたすら走り続けるネパール。いつか立ち止まらなければならない状況になった時、一体、どんな社会になっているのだろうか。ヒマラヤを眺めながら、小さなため息がこぼれた。



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2013年04月09日

教育普及キャンペーン

4月9日

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期末試験が終わった翌日、先生達をはじめ子ども達、外国人ボランティア(米、英、カナダ、スイス、ノルウェーから来校中の7名)と共に村々を周り、教育普及ラリー(キャンペーン)を行った。2011年から始まったキャンペーンも今回が3度目。これまでは山の上の村々が中心だったが、今年はブンガマティ村周辺地域を周る事になった。

現在、ヒマラヤ小学校で学ぶ児童の多くは、内戦や災害など様々な理由で他の地域から移住して来た家庭の子ども達だ。地元出身の児童の割合は既に1割程度にまで減っている。ここ最近、先生たちから「もっと地元にも目を向けるべきではないか」との意見が多く出るようになった事から、今回はブンガマティ周辺を周る事になったようだ。

通りを歩く人々に学校のチラシを配りながら教育の必要性を訴えるという地道な活動だが、教育を根付かせるためには必要不可欠な第一歩だと思う。ただ待っていても何も始まらない。とにかく、なんでもいいから出来る事をひとつでも多く実行する事で、突破口を見つけられたらと思う。キャンペーンはビクラム暦の新年まで続く予定。

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2013年04月08日

食った、食った

4月8日

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「ふぇ〜食った、食った」。

定食屋から出てきたオジサンのように、大きく膨れたお腹をさすりながらご満悦な表情を浮かべているのは1年生のアプサラ。先日開催した今年度最後の栄養改善プログラムで、最後まで残って食べていた大食漢だ。小さい体でよくあれだけの量を食べられるなぁ、と何時も驚かされるが、それだけ育ち盛りということだろう。

新年度の栄養改善プログラムについてはまだ検討中だ。どのような形になっても、子ども達の至福の表情がいつも見られるよう皆で知恵を働かせたい!!



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2013年04月07日

イシャックイメチェン

4月7日

ヒマラヤ小学校の新しい人気者、イシャック。フラフープを自在に操り、音が鳴れば踊りだす、将来有望の園児だ。そのイシャックが先日、イメージチェンジを行った。

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美しいスキンヘッドに。

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キモチええ

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鏡を見せると、この通り。

新年度からいよいよ年長クラス。イメチェンの成果はいかに!!

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2013年04月06日

感謝の気持ち

4月6日

”私も支援を受けて勉強する事が出来たので、子ども達がどれほど喜び、感謝しているのかよくわかります。”

これは里親教育基金の元奨学生のアシュミタが、先日、ヒマラヤ小学校を訪問した旧知の支援者の方に宛てた手紙の一文だ。手紙を訳しながら、感謝の気持ちを片時も忘れないアシュミタの美しい心に頭の下がる思いがした。

アシュミタはブログでも何度かお伝えしている通り、心臓病と貧困母子家庭という二重苦に負けることなく頑張り、現在は教師として活躍している元奨学生だ。小さい頃からとにかく明るく前向きで、これまでアシュミタの口から「しんどい」とか「つらい」といった否定的な言葉を僕は一度も聞いた事がない。それだけでも感心するのに、アシュミタの口から出る言葉は常に「ありがとう」という感謝のコトバだから、本当に立派だ。

小さい頃は勉強が遅れがちだったアシュミタも8年生くらいから急に勉強が身に付きはじめ、SLC試験にも無事合格。教師として働きはじめた後は早朝の大学に通い、もう直ぐ大学を卒業予定だ。先日、家を訪ねた時には、「いつか大学院にも行って見たい」と屈託のない笑顔を浮かべながら次の夢を語っていた。

アシュミタの生き方を見ていると、感謝の気持ちを持っていれば、どんなにつらい現実や不確実な未来でも、一筋の光明を見出すことができ、夢をかなえる事が出来るのだと教えられる気がする。

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2013年04月05日

ヤンチャトリオ

4月5日

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行く末恐ろしそうなヤンチャトリオ・・・・・・。ヤンチャぶりを存分に発揮しつつ、ちょっぴり”加減”も覚えてくれたら嬉しいな。新学期から年長クラスだもんね!





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2013年04月04日

おめでとう!ジェニシャの旅立ち

4月4日

先日、嬉しいニュースが舞い込んできた(今回は本当です)。元奨学生のジェニシャが結婚したのだ!!このブログでも何度かお伝えしている通り、ジェニシャはヒマラヤ小学校を開校する前の活動の中心であった「里親教育基金」から就学支援をしていた元奨学生で、教育支援活動を始めた時、最初に支援をした――貧困母子家庭の女子ーー12人の中の一人だ。

支援を始めて数年後のある日、ジェニシャが、同じく就学支援を受けていた妹のジーナと共に、「私たちも何かしたい」と近所の学校へ通っていない子ども達を集め、字の読み書きを教えてくれたことが、後の寺子屋つくりのきっかけになり、更にヒマラヤ小学校の開校に繋がったのだから、僕自身のこれまでの活動はジェニシャ抜きでは語れない、といっても過言ではない。出会った時、ジェニシャはまだ9歳だった。

そのジェニシャが以前からお付き合いをしていた同級生と結婚したのだから、もう自分の事のように嬉しくて、いても立ってもいられなかった。残念ながら僕がカトマンズを離れていた時(しかも電話をカトマンズに忘れて出かけた時)に簡単な式を済ませたようで、式には参加できなかったのだが(ジェニシャにきっちり叱られた)、大勢の人に祝福してもらい、無事、幸せな旅立ちが出来たそうだ。

先日、里帰りしたジェニシャを訪ねたら、「夫の家族にもとても大事にして貰っている」と嬉しそうに話していた。活動をはじめて15年。これまで何百人の子ども達と出会い、お世話をしたり、して貰ったりしてきたが、こうして縁あって関わった一人の奨学生の人生の旅立ちを見送る事が出来、万言に尽くせない喜びでいっぱいだ。活動を続けてきて本当に良かった!!ジェニシャ本当におめでとう!

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ジェニシャ関連記事 いつも間にかたくさん書いていた・・・。

2005年4月18日
2005年6月3日
2006年1月18日
2007年9月4日
2008年1月15日
2009年8月3日
2012年1月19日






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2013年04月03日

お遊戯大会?

4月3日

一昨日、今度こそ本当に期末試験が終わった。長い戦が終わり子ども達の表情も一気に緊張が解れた様子だ。なにはともあれ、みんな本当によく頑張ったと思う。結果は2週間後を予定。ぜひとも全員揃っての進級を願っている。いざ!

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戦は終わった!!

さて既報の通り、週明けには2日間に渡りスポーツ大会を予定している。昨日、競技の内容を確認したところ、二人三脚やスプーンリレー、ハンカチ落とし等、どちらかというとスポーツというよりもお遊戯種目がずらり。少し肩透かしを喰らった感じだが、これはこれで盛り上がり必至だろう。もちろんわずかながら高学年用にバドミントンとリレーも予定されている。

全11種目で競うスポーツ大会、さて、どんな大会になるのか今からとても楽しみだ。児童諸君の健闘を祈る!!自分も負けないよう頑張りたい・・・・・が、子ども達に勝てるはずもないか。



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2013年04月02日

プジャリ

4月2日

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暫くの間、ヒマラヤ小学校の前校長であるヤッギャ先生と連絡がつかない日が続いていた。首をかしげつつ、毎日、朝夕の同じ時間に電話を掛けても一向につながらない。

先日、夕方からパタン市内の往診治療へ出かけた時の事。往診先へ向かうためラトマチェンドラナート寺院を横切っていると、蝋燭の優しい灯りに照らされた寺の本塔からお経を唱える声が聞こえてきたので、そっと近づいてみた。すると、なんとそこにはヤッギャ先生の姿が。

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実はヤッギャ先生はマチェンドラナート寺院のプジャリ(礼拝供養を行う役)を務めていて、毎年、15日間、寺で祭事を行っているのだ。いつもはマチェンドラナート神が半年間祀られているブンガマティ村のお寺でのお務めだったが、今年はパタンのお寺での祭事だったようだ。

邪魔にならないよう離れたところから写真を写して、その場を後にするとヤッギャ前校長から電話が・・・・・。祭事中でも電話を掛ける事が出来るんだ、と驚きつつ、しばらくの間、久しぶりの会話に花が咲いた。ヤッギャ前校長の話では再来年は、毎年、5月頃に市内を回るマチェンドラナートの山車の上に乗る役目が回ってくるそうだ。再来年のマチェンドラナート祭りは目が離せなくなりそうだ。



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2013年04月01日

ナルトイイネ

4月1日

とても嬉しい知らせが舞い込んできた。ヒマラヤ小学校のカレープロジェクトに輸出入の許可が下り、正式に日本へ向けて輸出出来る事になった。同時に大手食品会社との契約も纏まり、この先30年間、継続的にカレー粉を買い取って貰う事になった。(なんでも社長はじめ社員の皆さんがカレーの味を大変気に入ってくれたそうだ)。今年中には日本全国のスーパーに並ぶ他、関連レストランのメニューとしても提供される予定だ。

今後、安定供給のために設備を大幅に拡張。卒業生や保護者が大勢、カレー工場で働くことになる。これでヒマラヤ小学校の安定運営と中等部設立の目途が立った。「鉄は熱い内に打て!」ということで、新年度から6年生を開校、今の5年生はそのままヒマラヤ小学校で学べる事になった。ここに来て一気に学校の自立、しかもカレーで運営する学校という夢が叶い、これほど嬉しい事はない。恥ずかしながら昨日は、嬉しさのあまり咽び泣いてしまった。念ずれば花開く、4月1日

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「そうなるといいね」。 


*記事は事実ではありません。エイプリルフールの妄想です。

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