2009年10月

2009年10月31日

おめでとうラクシミ!歌姫ラクシミ・ナピットが結婚!

10月30日

ビラージュ事後報告になってしまうが、今年のダサイン期間中、ヒマラヤ小学校の第一期卒業生の一人、ラクシミ・ナピットが結婚するという慶事があった。

ダサイン期間中は携帯電話の電源を切り、誰とも連絡を取らずに一人で静かに過していた事もあって、ダサインが明けた後、ラクシミの結婚の話を知った時は正直、かなり驚いた。もしかして強制的に結婚させられたのではないか、という不安も心の中にあった。僕だけでなくヤッギャ校長や先生達も同じような不安を覚えていたようだ。

なんとかラクシミと連絡がついたのは10月の半ば。その後、パタン市内のレストランでラクシミと直接会い、経緯について詳しい話を聞いた。経緯について、この場で細かく説明することは避けるが、ラクシミから、結婚はラクシミが自ら決断した事、遠縁でもある夫のビラージュやビラージュの家族に大事にして貰い、とても幸せであるとの話を聞いて心から安心した。

ビラージュその後、ヤッギャ校長と共に実際に嫁ぎ先の村を訪ね、夫や家族と会って話をした後は、ラクシミが本当に夫や家族から大事にされ、日々をつつがなく暮らしている事を確信することが出来た。夫のビラージュも真面目で働き者である事が分かり、頼もしく思った。

ラクシミはこれまで10代の少女には重すぎる様々な苦労を背負って生きて来た。これからは新天地で夫のビラージュと力を合わせ、幸せになって欲しいと願っている。ラクシミの旅立ちに心からの弥栄を贈りたい。

ラクシミの弟達については叔父家族が世話をする事になった。ここに追記したい。




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2009年10月28日

誠実で几帳面なヤッギャ校長

児童ネパールの人達というのは、総じて何事にも慌てない、そして何事もいい加減で大雑把、所謂、呑気な性格ではないかと思う。もちろんこれは長所でもあり、短所でもあり、また愛すべき点でもある。ネパールに暮らし始めた頃など、ネパールの人達の何事もあわてず、いい加減で大雑把な性格にかなり苦しめられ、ため息をつくような事もしばしばだったが、住み慣れてくると、何時も急いでばかりいる自分や、きちんとしようとする自分が何だかとても滑稽に思えてくるようになった。

とはいえ、日本の皆さんの善意によってヒマラヤ小学校を運営している以上、国民性だからと言って、何事も慌てない、いい加減で大雑把な対応では問題となってしまう。時々、自分自身、日本人の感覚を思い出したり、慌てないネパール人に慌ててもらったり、いい加減で大雑把な部分を少ししっかりして貰ったりしながら、なんとかやっている現状だ。至らない点も多いので、ハラハラ、ドキドキすることばかりなのだが、こうして日本の皆さんに継続的なご支援を受けながら学校を続けられるのは、やはりヤッギャ校長が時間通りに、そして几帳面かつ誠実に仕事をこなしてくれる事が大きい。ヤッギャ校長の誠実さや几帳面さは、実際に会った方なら良くお分かり頂けると思うが、時々、本当にネパール人なのだろうか、と思うこともあるほどネパール人ばなれした性格だ。

ヤッギャ校長先日、幼稚園クラスで教鞭をとっていたヤッギャ校長を覘いた時など、子ども達の教科書の並べ方にまでヤッギャ校長の几帳面がしっかり現れていて、なかなか可笑しかった。こうして改めて考えてみても、僕は本当に人に恵まれたなと思う。





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2009年10月26日

サンギタさんの成長



寺子屋往診を終えた後、コカナ村の寺子屋を訪ねた。コカナ村の寺子屋が開校してから2年半。来年の春には3年の支援期間が終了となり、コカナ村の寺子屋は他の寺子屋と統合することが決まっている。この2年半、寺子屋で学ぶ子ども達の成長はもちろんだが、なによりも担当教員のサンギタさんの成長が著しく、寺子屋を開校した意義を大いに実感している。

年齢も家庭環境も習熟度も全て異なる子ども達が一つの教室(コカナ村の寺子屋は2教室)で学ぶのだから、寺子屋を纏めるのは想像以上に大変なことだ。普段は大人しいサンギタさんが時に大声を張り上げたりしながら、一生懸命、子ども達を纏める姿はなんとなく肝っ玉母さんといった感じだ。子どもたちがしっかりサンギタさんについてくるようになったのは、きっとサンギタさんの熱意が子どもたちに伝わったからだろう。

寺子屋将来、小学校の教師を目指しているサンギタさんにとって、この2年半の経験は大きな財産となったに違いない。寺子屋の閉校は子ども達にとって寂しい事だと思うが、これまでみんなで培ってきた事はいつか必ず、どこかで生かされるはずだ。閉校までの半年間、子ども達には思いっきり学んで、寺子屋で過ごす時間を楽しんでほしいと思う。


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2009年10月24日

子どもたちが写したヒマラヤ小学校の世界

先日から5年生の子供たちに校内で自由に写真を撮らせるプログラムが始まった。子ども達に自由に写真を撮らせる企画は、これまでにも世界各地で行われていて、最近ではインドの売春窟に暮らす子どもたちが写真を撮るドキュメンタリー映画が話題になった。僕自身、実際に映画を見たり、映画に出てくる子ども達が映した写真の展覧会に行く機会もあり、子ども達が写す不思議な世界に魅了された一人だ。

そんな事もあって、今回、ぜひヒマラヤ小学校でもやってみようという事になったのだが、子ども達の目線で見たヒマラヤ小学校の世界は一体どんなものだろうか、プログラムが始まる前からとても興味深かった。

毎日、昼休みを終えた後の1時間を使い、校内なら何処で何を撮っても良い、というルールで、一人50枚ずつ写真を撮ることになった。デジタルカメラを2台用意できたので、毎回、2人ずつ同時に写真を撮ることにした。皆、カメラに触れることも、写真を撮ることも初めての子ども達なので、当初はレンズの方を顔に向けて構える子や、上下逆さに持ってしまい「シャッターボタンがない」と言い出す子がいたりして、カメラに慣れるまでには少し時間がかかったが、みんな夢中になって写真を撮っている。

子ども達の写した写真は12月に東京で開催される展覧会の中で紹介される予定。ぜひ大勢の人に子どもたちが写したヒマラヤ小学校の世界を楽しんで貰えたらと思う。


子どもたちが写したヒマラヤ小学校の世界

子ども達が写した作品を一部紹介いたします。サムネイルをクリックすると少し大きくなります。


アシュマ 撮影者:アシュマ

同級生を写した写真。同級生の仲の良さが伝わってくる。




ジュンケリ 撮影者:ジュンケリ 

1年生の児童を大胆に撮影。児童の元気さが伝わってくる面白い写真




スニール 撮影者:ルパ

同級生のジュンケリの美への憧れを見事に捉えた作品






ソニー 撮影者:ソニー


ポーズを決めた自分の姿を友達に撮らせた写真。美への憧れは数年前からすでに始まっていた。。。。






リタ 撮影者:リタ


3階の5年生の教室まで来た幼稚園児を撮った写真。園児の冒険心が伝わってくる。




ルパ 撮影者:ルパ


ヒマラヤ小学校で飼育しているヤギを写した写真。ヤギを可愛がる優しさが伝わってくる。





ラケシュ 撮影者:ラケシュ


自分の影を撮った作品。子どもならではの発想が素晴らしい。

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2009年10月19日

モープジャ

10月19日

モープジャ2今日はティハール4日目の「モープジャ」の日。ヤッギャ校長の実家でも親類が集まり、朝からモープジャの準備で忙しそうだった。モープジャは自分自身への礼拝を行う行事でネワール族はこの日が大晦日だ。


モープジャダンスモープジャが終わった後、村の中心にある寺院の広場でイベントが行われ、ヒマラヤ小学校の児童や卒業生、更には寺子屋の子ども達が大好きなダンスを披露した。子ども達がこうしたイベントに参加してダンスを披露するのも、いつの間にか当たり前のようにもなったが、学校が開校して初めて出場した時は、みんな緊張で足が震えていたのをよく覚えている。あれから5年、子ども達がこれほど自信を持ってイベントに参加するようになったのだから、これも大きな成果の一つと言えるだろう。何事も少しずつ、少しずつ良くなってくるのだ。



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2009年10月18日

ラクシミプジャ

10月18日

ラクシミ今年も光の祭り「ティハール(ディパワリ)」が始まった。ティハールはネパールの大きな祭りのひとつで、ビクラム暦の第七月にあたるカールティク月の黒半月の第12日から始まる。ヤッギャ校長をはじめヒマラヤ小学校の子ども達の多くが属しているネワール族はティハールの5日目に新年を迎える。

ティハールは5日間に渡り行われるが、初日は犬、2日目は烏、3日目は牛と富の女神ラクシミに礼拝を行い(ラクシミプジャ)、4日目は自分自身を礼拝するモープジャ、最終日の5日目は、長姉が弟たちに祝福のティカをあたえる「バイティカ」が行われる。特に3日目のラクシミプジャからが大事な行事で、学校や会社、役所もダサインと同じように休みとなる。

ラクシミ毎年、ティハールの期間中は日本に帰国している事が多いので、今年は久しぶりにティハールをヤッギャ校長の家族と共に祝う事にした。今日はティハール3日目のラクシミ・プジャの日。ヤッギャ校長の家でも玄関先に富の神ラクシミを迎えるための曼荼羅を描き、家族みんなでラクシミを礼拝した。村の先々でも軒先にラクシミを迎える火が灯り、村十が幻想的な景色に包まれた。ティハールが終わるとカトマンズは冷気が漂いはじめ、冬が駆け足でやってくる。







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2009年10月16日

デウシ〜バイロ〜

10月16日

デウシ3アプスベン(ネパール私立学校教育向上協力会)の加盟校と合同でカトマンズ盆地内の各出版社を回り、ティハール祭りの賛歌である「デウシー・バイロー」を行った

毎年、ダサイン祭りの後に行われる光の祭り「ティハール」では、友人、知人が集まってグループを作り、各家庭を回りながらティハールの賛歌の「デウシー・バイロー」を歌ったり、踊り披露したりして、そのお礼に金品を貰う習慣がある。今回はアプスベン加盟校の子ども達と先生たちが一緒になって日頃から付き合いのある出版社を回り、「デウシー・バイロー」を行って、アプスベンの活動基金を募る事になった。

このブログの中でも何度も紹介しているアプスベンは、教育の質の向上を目指し組織されたラリットプール郡内の小規模小学校のネットワークで、毎月、加盟各校が持ち回りで様々なコンテストや研修会を開催している。僕自身、アプスベンの活動を積極的に応援している一人だが、アプスベンの若い校長達が決して支援だけに頼ろうとせず、自分たちで知恵を出し合いながら活動を発展させているところに、僕はとても大きな魅力を感じている。

デウシ2ネパールで生活をしていると、日本人と言うだけで日本政府や日本の団体から支援を取り付けて欲しいとお願いされる事がよくある。もちろん僕にそんな力はないので、いつも丁重にお断りをしているのだが、日本は豊かであるという考えや、何とかしてくれるだろう、やって貰って当たり前だ、という考えに基づいたこうした要請は一向に無くなる気配がない。必要な支援を求める事は決して悪いことではないが、やはり出来る事は自分たちでする、というスタンスをどこかで持たなければ、いつまでたっても支援から抜け出せないままになってしまい、未来はないだろうと思う。そんな現状だけに、こうしてアプスベンのような新しい価値観と意識を持ったグループが出てきた事は本当にうれしい事だ。

今回の合同デウシー・バイローはアプスベンとして初めての試みだったが、幸せと富をもたらす「デウセー、バイシー」に各出版社も喜び、また参加した子ども達も思う存分、ダンスや歌を楽しむことが出来、大成功だった。

5年生今回のデウセー・バイローでは、もう一つ嬉しい事があった。実は「デウシ、バイロ」に参加したヒマラヤ小学校5年生の女子児童6名が、なんと初めて自分たちの力で創作したダンスを披露したのだ。つい先日、自分たちでダンスを創作してほしいとブログで書いたばかりだったのになんとも嬉しい驚きだった。こちらが一々心配などしなくても、全て子ども達に任せておけば万事うまく行くのだと改めて思った。本当に子どもたちの可能性は無限だ。

ヒマラヤ小よく頑張った5年生の児童たち

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2009年10月14日

リタの詩

10月14日

rita5年生のリタの書いた詩が、子ども向けの雑誌に掲載された。リタが詩に興味を持っていたなんて全く気がついていなかっただけに驚くと同時に、皆で飛び上るほど喜んだ。新5年生についてはブログでも何度か書いたとおり、いろんな面で心配をしていたのだが、そんな必要は全くなかったようだ。なんだか大きな希望が湧いてきた。

*リタの詩を翻訳したので掲載します。


 「空」 リタ・マハルジャン


大きな 大きなお寺じゃなくて

小さな神様をください

永遠につづく幸せじゃなくて

心の平和をください

賑やかな 賑やかな日じゃなくて

静かな夜をください

たった一人への愛じゃなくて

みんなを愛してください

空いっぱいの雲じゃなくて

空いっぱいの星をください

眼いっぱいの涙じゃなくて

大地いっぱいの花の苗をください


 「友達」リタ・マハルジャン


鳥が飛んでいるよ 大空たかく

小鳥はわたしの友だち 今 大空たかく飛び発っていく

鳥と一緒にいつも遊んでみたい 鳥と一緒に大空を飛んでみたい

小鳥はわたしの友だち



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2009年10月13日

真剣に向き合う

10月13日

空手部の女子から「男子が真面目に稽古をしない」と苦情を受けた。女子の話によると、稽古中、師範のビジャヤさんが見ていないところで、一部の男子が小石や消しゴムの破片を投げたりして、悪ふざけをするのだという。女子がその事を注意すると、男子が怒ってしまい、空手部の中で小さな争いが起こっているとのことだった。

resize2694空手部の活躍はブログやホームページでもお伝えしている通りだが、もしかすると活躍を褒められる事が増えた事で舞い上がってしまい、緊張感が欠落しているのかもしれない。空手の稽古では、ちょっとした気の緩みが怪我に繋がってしまうため、これまでにも連続して着を忘れるなど、空手部員の間に気の緩みがあると感じた時には、全員を集めて叱った事が何度かあった。時々、こうして部としての綱紀を粛正する事は、緊張感を保つ上でとても重要な事だと思う。

今回も空手部員を集め、部員一人ずつに問題についての事情や考えを話させる事になった。男子、女子それぞれに言い分があるようで、しばらくの間、かなり熱い論戦が行われた。(論戦を展開したのは悪ふざけをしたと言われる数名の男子で、他の男子からは女子をかばうような発言だった。)

resize2697当初は女子の発言に口を尖らせていた一部の男子空手部員だったが、ヤッギャ校長が両サイドの話にしっかり耳を傾けた事で少しずつ落ち着きはじめ、やはり末が悪かったのだろう、最後には「自分たちが悪かった」と詫びを入れることになった。その後、ヤッギャ校長は部員に胸に手を当てさせ、「みなで心を一つにして頑張ります」などの誓いを立てさせた。これにて一件落着。子ども達の心というのは単純なようで複雑だったり、複雑なようで単純だったりと、なかなか見極めるのが難しい。だからこそ、ヤッギャ校長のように、何時でも、どんな事でも子ども達と真剣に向き合う事が大切なんだと思う。

さて、その日の稽古だが、少し前までの争いが信じられないほど息がぴったりと合い、顧問のビジャヤ先生が「今日はどうしたんだ?」と首を傾げるほど、素晴らしい内容だった。雨降って地固まる。空手部がこれからさらに大活躍しそうな予感がした。

resize2701*男子と女子の争いで思い出すのは、丁度1年ほど前のファッションショーでの争いだ。あの時も争いの後、一気に子ども達の気持ちが纏まり、ファッションショーの大成功へと繋がった。懐かしい出来事。





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2009年10月08日

流行

10月8日

pictureなにが切欠になったのか分らないが、最近、ヒマラヤ小学校の幼稚園クラスや低学年の子ども達の間で、絵を描いてプレゼントすることが流行っているようだ。多いときなど一日に100枚以上、絵をプレゼントされる事もあって、受け取る方もなかなか大変だ。休み時間など、わざわざ2階の職員室まで届けてくれる子もいる。子ども達が描いた絵はどれも不思議な彩りで、見ていて飽きる事はないのだが、あまりにも貰う絵の数が多いため嬉しい悲鳴をあげている状況だ。

picture先月、ヒマラヤ小学校でキスト医科大学の医学生による校内絵画コンテストが開催された時、見事2位入賞を果たしたのは、絵のプレゼントを最初に始めた幼稚園クラスのプスパだった入賞した事でプスパや同級生たちの絵に対する熱はますます高まっているようだ。ぜひ、次回の日本国内での展覧会では、プスパをはじめ、新鋭ちびっ子作家達にも参加して貰おうと思う。どんな絵が飛び出すのか、今から本当に楽しみだ。


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2009年10月06日

南ネパール

10月6日

resize26822日から南ネパール(タライ)を訪ね、医療キャンプに参加してきた。久しぶりの南ネパールだったが、やはり暑かった。毎度のことだがタライへ来ると、まるで外国へ来たような気分になる。普段、僕が暮らしているカトマンズ盆地とタライは同じネパールとは思えないほど、人、文化、習慣、その他にもいろんな事が異なっている。南北、わずか200キロ程度しかない国土の中でこれだけの多様性があるのは、ネパールの大きな魅力の一つだろう。考えれば、考えるほど、不思議な国だ。

過去にダランやビラトナガル、ネパールガンジなどで1週間程度ずつ過ごした経験はあるのだが、もっとタライの魅力を知るためにも、一度、長期間滞在してみたいと思う。暑さに耐えられるかどうかは別として、きっと、今まで以上にネパールの魅力に取りつかれてしまうだろうなぁと思う。


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2009年10月03日

ダサインを終えて

10月3日

ダサイン村ダサインの前半3日間は、往診に出かけた山の上の村で過ごした。山の上の村々でも7日目から始まる本格ダサインの準備に忙しそうだったが、ネパール最大の祭りだけあって、人々の表情もダサインを迎える喜びに満ちていた。治療もほどほどにダサインの祝い方について村人に訊いてみると、やはり部落によって少しずつ祝い方も異なるようだ。一度、じっくり山の上の村々でのダサインの様子を見てみたいものだ。(写真:ダサインが始まった、と喜びの踊りを披露してくれた村のお年寄り)


今年のダサインは前半の3日間、御呼ばれに出かけた10日目と11日目以外は自宅で静かに過ごした。昨年は毎日のようにブンガマティ村に出かけ、子どもたちや友人、知人と共にダサインを祝ったので、今年は自宅に籠り、長年やりたかった事に取り組むことにした。しばらく日本帰国が続いたり、ネパールに戻ってからも何かと忙しく過ごしていた事もあり、久しぶりに自宅でゆっくりすると、かえって落ち着かなかった。やはり外に出て慌ただしくやっている方が性にあっているようだ。でも、こうして静かに過ごせる時間を持てた事は本当にありがたい事だと思う。

resize2680結局、やりたかった事の十分の一も出来なかったが、今年は静かに、心穏やかに過ごせた良いダサインだったように思う。子ども達はどんなダサインを過ごしたのだろう。学校が始まったら、じっくり聞いてみたい。


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