社会の厳しさ心の交流

2005年04月25日

複雑なネパール事情

先日から学校へ来ていなかった兄妹の内、ようやく長男のジーバンが登校した。兄妹全員でないとはいえ、ヤッギャ校長や先生たちと共に愁眉を開いた。

先日、ヤッギャ校長と共に彼らの家を訪ねた時は、母親から『お金に困っているから、暫く薪拾いを手伝わせたい』と言われ、もう駄目かもしれないと半ば諦め掛けていただけにとても嬉しかった。ヤッギャ校長の必死の説得が母親の心に届いたのかもしれない。

しかし安心してはいられない。未だ幼い妹たちが来ていないことや、同じ集落に暮らす幼稚園クラスのロケンが来ていない事も心配だった。

彼らの集落は教育が著しく遅れている。貧しいこともあるが、未だに親たちの教育への関心が極めて低い現状だ。一時的に子供たちを学校へ送っても、途中で辞めさせるケースが非常に多い。目先の生活に必死な状態で子供たちに教育を受けさせる余裕もなく、ましてや立派な労働者として通用する子供たちを、生活のために利用することは彼らの中では常識なのかもしれない。

心配している矢先、某NGO団体に関する情報が入ってきた。この国際NGOは世界中の様々な貧困国で活動しているが、何でもこのNGOが新たに奨学金を出して、貧しい子供たちを学校へ通わせるとの事だった。一見、とても素晴らしいことのように思えるが、無償教育を実施しているヒマラヤ小学校の子供たちにまで、奨学金を出してやるから他校へ通えと勧誘しているとの事だった。

僕には最初、その意図がよく分からなかった。知人の話では、何でもそのNGOのネパール支部が一人でも多くの子供たちを支援して、成績を本部に見せるためだという。奨学金だけでなく、学用品からバッグや靴、そして昼のおやつまで、何でも支援してくれるそうだ。無償教育を実施しているヒマラヤ小学校では、彼らの『成績 』に反映しないため困るのだという。

事の真意は分からないが、もし事実ならこれほどバカバカしい話はないと思った。教育支援が団体間で『競争』や『見世物』のようになっているのは、とても異常なことだと思う。

ジーバンにその団体から勧誘を受けたか尋ねると、『うん』と答えた。更に同じ集落のロケンが、その団体の支援を受けて他の学校へ転校することもジーバンから聞いた。

ヤッギャ校長の話では、貧しく教育を受けていない親たちの多くは、少しでも多くの物を提供してくれる学校や支援を好み、今回のケースでは『昼のおやつ』が効いているとの事だった。

更にヤッギャ校長は『ロケンがヒマラヤ小学校を辞めたのなら残念だが、引き続き教育を受けられるのなら。。。』と冷静に話していた。ヤッギャ校長は、これまで何度もロケンの家へ通い、ロケンを励ましてきた。ロケンの成長を一番喜んでいただけに、ヤッギャ校長の心中は察するに余りある。

今回の出来事を通して、僕自身が未だこの国のことを十分に理解できていない事を実感した。ささやかではあるが教育支援に携わっている人間として、一体この国には何が必要で、僕に出来る事は何なのか思案に暮れている。


*ヒマラヤ小学校通信を更新しました。ぜひご覧ください











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