2005年08月

2005年08月09日

焚き火

8月9日(火)

朝、往診を2件済ませた後、昨日に引き続きゲストの方と共にヒマラヤ小学校を訪ねた。学校へ到着すると子供達が一斉に駆け寄って来てゲストの方を歓迎した。今日も子供達の心からの歓迎が嬉しい。

今日はゲストの1人、クラーク生のF君が子供達に素敵な遊び道具を寄贈してくれた。早速、子供達は新しい遊具を使ってF君と遊び楽しい時間を過ごした。子供達の天真爛漫な美しい笑顔を見ていると、交流活動の大切さを実感する。一緒に楽しい時間を共有することは、きっと貴重な人生の財産になると思う。

tera1子ども達を見送った後、ゲストの皆さんと『隻手薬師寺小屋』を訪ねた。何時もながら寺子屋には入りきれないほどの子供達が集まり、学びの熱気で満たされていた。普段、児童労働者として労働活動に従事している子供達。汗で顔を光らせながら寺子屋に集まり勉強を続ける姿から、子供達がいかに毎日の寺子屋を楽しみにしているのかが分る。子供達は一生懸命練習してきたダンスを披露して、ゲストの皆さんを心から歓迎した。踊りを披露でき子供達は大満足した様子だった。

その後、ヒマラヤ小学校で焚き火を囲みながら意見交換を行い、とても有意義なひと時を過ごすことが出来た。燃え上がる炎を前に皆でヒマラヤ小学校への思いや夢を語っていると、不思議と大きな希望が沸いてきた。


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2005年08月08日

待ちに待った交流会

8月8日(月)

朝、ゲストの方をお迎えに空港へ出かけた。流石に12時間の遅れと長旅でお疲れの様子だったが、約1年ぶりの再会はとても嬉しかった。

a1昼からゲストの方をお迎えしヒマラヤ小学校で歓迎会を開催した。まずは児童を代表して隣村から通っている2年生のアリシャが歓迎の挨拶を行った。アリシャをはじめ、今年入学した子供達にとっては初めての歓迎会だったこともあり、少し緊張した様子だったがアリシャは大きな声でしっかりと歓迎の挨拶を行った。

その後、子供達が練習を続けてきた踊りや歌を一生懸命披露し、心からゲストの皆さんを歓迎した。またヒマラヤ青少年育英会の奨学生たちやヤッギャ校長の愛娘サンギャちゃんも歓迎会に参加し、大いに盛り上がった。同行中の学生さんも子供達とすっかり打ち解けた様子で、短い時間ではあるが今後の交流がとても楽しみだ。

ゲストの方にとって開校式典以来、約1年ぶりのヒマラヤ小学校訪問だったが、1年間の子供達の大きな変化を喜んでいただいた様子で嬉しく思った。

放課後、子供達はゲストの皆さんに『明日も絶対来てねー』と話しかけながら、学校を後にした。久しぶりの歓迎会、きっと子供達は夢見心地だったのだろう。自分達が一生懸命覚えた歌や踊りを褒めていただき、子供達の夢も広がったことと思う。やはり交流は素晴らしい。これからも子供達の夢を育てる交流活動に力を入れていきたいと思う。

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追:歓迎会での一幕。マイクのスピーカーを物珍しいそうに眺める子供達。中に人間が入っていると本気で思っているところが、無邪気で面白かった。

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2005年08月07日

念願のID取得!!

8月7日(日)

rensyu朝からヒマラヤ小学校を訪問。明日の歓迎会に備え、歌や踊りの練習が行われたどの子供達も交流を心待ちにしていただけに練習にも力が入った。踊りでも歌でも、見てもらう人や聞いて貰う人がいると頑張る大きな力になる。やはり目標があるから頑張れるのだと思う。

練習を見ている僕の傍に寄ってきては、『明日、どんなお兄さんが学校へ来てくれますか?』と嬉しそうに尋ねてくる子供達。夢見心地の子供達に『君達がちゃんと勉強しているか確認に来るのだよ。怠けていたら叱られるよ』と言うと子供達は、先生の言うことをちゃんと聞いているやら、宿題をちゃんとやっている、昨日のテストも満点だったなどと無邪気に答えていた。

その後、戸籍取得の手続きで奮闘している奨学生から『貰いましたー!!』と喜びの電話が掛ってきた。手続きが難航し、半分諦めかけていただけに、奨学生からの報せには驚き、取得できたことを自分のことのように嬉しく思った。

今回の件では多くの方の理解と協力を頂いた。粘り強く政府側と交渉を続けたヒマラヤ青少年育英会のダルマさん、現状を理解し協力していただいた警察の方や地区の代表者の方。多くの方の協力を頂きながら一歩ずつ手続きを進める中で、奨学生は本当に多くのことを学んだと思う。ぜひこの経験を今後に活かして欲しいと思う。

夕方、奨学生を訪ねると、薄暗い部屋で母親と涙を浮かべながら喜んでいた。生まれる前から父親に捨てられ、肩を寄せ合い生きてきた母娘。貧しさの影響を常に受けながらも、一生懸命生きてきたことが今回の戸籍取得に繋がったのだと思う。本当に良かった。




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2005年08月06日

集中工事

8月6日(土)

朝、2件の往診に出かけた。早朝から降り続いた雨でびしょ濡れになったまま昼前に帰宅。昼食を食べた後いろいろ考え事をしていると、何時の間にか惰眠にふけてしまった。

目が覚めると午後1時を過ぎていた。木曜日から行われている2階校舎の集中工事の様子を確認するため、急いでヒマラヤ小学校へ出かけた。途中で再び強い雨に打たれて、びしょ濡れになりながらヒマラヤ小学校に着いた。

ヒマラヤ小学校では順調に工事が進んでいた。天井の部分もなんとか漆喰作業が終わり、後は階段の踊り場付近と1教室の床の漆喰作業を残すのみとなった。教室内の乾燥に10日程度かかると思うが、その間に窓や戸そして塗装工事が出来ればと思う。

雨が降っていたため、ヤッギャ校長やモンゴル先生と雑談して過ごした。各クラスの子供達の成長を先生達と話し合うことは僕の楽しみでもある。子供達の何気ない変化を先生達から聞くと、一刻も早く子供達に会って確かめて見たくなる。



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2005年08月05日

なかなか上手くいかない。

8月5日(金)

朝、中央郵便局へ行き郵便物を投函。その後、郵便局に勤める知人とチャーを飲みながら雑談に花が咲いた。

その後、先日からラリットプール郡庁で戸籍取得の手続きを行っている奨学生から、泣き出しそうな声で、今日も上手くいかなかったと連絡を受けた。戸籍取得には原則として両親の署名が必要だが、父親がいない奨学生の戸籍取得は困難を極めている。先日、ようやく地区の代表の人にレポートを作成して貰い、何とか今日は上手くいくと思っていたので、結果を聞いてため息がでた。

落ち込む奨学生と会い、今後の対策を練った。ネパール人として生まれ一生懸命生きているにもかかわらず、国からネパール人と認めてもえない現状には憤りすら感じるが、まずは感情的にならず、政府側が必要とする書類を集める事に全力を挙げることや、今後も諦めずに頑張っていくことを決めた。貧しく弱い立場の奨学生には抱えきれない大きな問題だが、戸籍取得を信じて一歩ずつ進んでいくしかない。出来る限りの協力をしたいと思う。

夕方、サダナ宅を訪ね、ケナフ会議の件で学校や役所に提出する書類に署名を貰った。その後、大急ぎで奨学生の誕生会に参加。皆、あっという間に大きくなるので、改めて奨学生の歳を聞いて驚いた。ささやかな誕生会ではあったが奨学生も喜んでくれて良かった。

その後、ヒマラヤ青少年育英会の理事宅を訪問し、来週の予定などについて打ち合わせ。来週は子供達も楽しみにしているゲストの方がいらっしゃる。短い滞在ではあるが、様々な意見交換をしたいと願っている。



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2005年08月04日

夢に向かい邁進

8月4日(木)

朝、往診を2件済ませた後、帰宅。暫く雑用に追われる。今日から土曜日を含む3日間、ヒマラヤ小学校は2階校舎集中工事のために臨時休校となった。休校についてヤッギャ校長が子供達に伝えると、子供達からは『え〜!!』という意外な返事が返ってきた。中には午前中だけでも開校して欲しいと言い出す子までいて、子供達の中でヒマラヤ小学校が居場所として定着していることを実感した。僕だったら嬉しくて、間違いなくはしゃいでいたと思う。

昼過ぎからパタン市内の学校でケナフの種まきを行った。今日で一応、種蒔きはすべて終了した。ケナフについての講義を終えた後、ケナフの種を手にした子供達の興味深そうな顔が印象的だった。土壌が悪くどれだけ生長するか心配もあるが、こういう悪条件でこそケナフの本領が発揮できると思う。

その後、ヤッギャ校長と共にカトマンズにある中古車屋を訪ねた。ヤッギャ校長のバイクも僕のバイクも相当ガタが来ている。何時も老人バイクと言ってお互いに冷かすのだが、今日は一度、中古車を見てみようということで店を訪ねた。条件に合うバイクもあったが、カトマンズの悪路と灯油入り不正ガソリンに耐えるだけの物を探すのは至難の業だ。

午後5時から今年SLCを終えて新しい学校に進学した奨学生と会って、新しい学校の話などを聞いた。瞳を輝かせながら新しい学校について語る奨学生の姿を見て、とても嬉しく思った。夢に向かって邁進する姿は本当に爽やかで頼もしい。ヤッギャ校長も参加して暫く楽しい時間を過ごすことができた。

夜、往診に出かけた後、スミトラさんのあすなろ食堂で食事をした。先日からニルマラさんも復帰してキッチンが賑やかになった。今日はお客さんの入りも多く、少しずつ業績も回復傾向にある。頑張ってほしい。



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2005年08月03日

心機一転

8月3日(水)

朝からクリニックで治療。鍼不足が深刻になってきたため、鍼の使用量を制限しながらの治療となり、いまいち納得できない治療内容となってしまった。今日は先日に引き続き骨粗鬆症の患者さんの調子が良く、嬉しく思った。毎日チーズも摂っているとのこと。この患者さんのように治療に前向きで協力的な患者さんは良くなるのかもしれない。少しでも鍼治療に希望を持って貰えたなら嬉しい。今日は4年ほど前に坐骨神経痛(梨状筋症候群)の治療をした古い患者さんや、クリニックの下にある時計屋さんが治療に訪れ、終始賑やかだった。

昼過ぎから、出入国管理局へ出かけ査証の更新手続きを行った。今までと異なる少しだけ機敏な対応に驚いた。管理局の友人に話すと『何時まで続くかなぁ』との返事が返ってきた。とてもネパールらしい。

帰宅して雑用を一気に片付けた。新聞の切抜きから奨学生の領収書の整理まで、あっという間に日が暮れてしまった。

その後、往診を3件済ませ、奨学生宅を訪問。今年、残念ながらSLCし合格できなかった奨学生が1人いた。1教科のみ合格点に達していなかったため、先日、再試験を受けたそうだ。再試験について尋ねると、上手くいったとの事で安心した。これから奨学生の進学先選びが始まるが、今まで集めた情報を元に何校か推薦して見た。SLCを失敗して随分辛い思いをしただけに、新しい学校では心機一転頑張って欲しいと思う。



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2005年08月02日

ビナの願い

8月2日(火)

朝からヒマラヤ小学校へ出かけた。2階工事はその後も順調に進んでいる。今日は漆喰を塗る作業が残りの教室でも行われた。後は天井に漆喰を塗る作業と、既に教室として使っている部屋の床に漆喰を塗る作業が残っている。今週は木、金曜日を臨時休校にして、一気に工事を進める予定。

bina子供達と遊んでいると2年生のビナ(14)が傍に寄って来て、『2階の工事が終わったら、何時3階を作りますか?』と質問してきた。さぁ何時出来るかな、と答えると、続いて『将来、何階まで作りますか』と質問してきた。『どうして?』と逆に質問するとビナは『ヒマラヤ小学校で10年生まで勉強したい』とニコリと笑って答えた。

ビナからは同じような質問を何度か受けた事がある。2階校舎の建設が決まったとき、一番喜んだのはビナだった。ビナは成績も大変優秀で、開校以来ずっと1番の成績を納めている。ある日、放課後も勉強を続けているビナに、ヒマラヤ小学校を卒業した後も奨学金を出して10年生まで支援してあげるから、一生懸命頑張るよう励ますと、『他の学校へ行くより、ヒマラヤ小学校に10年生まで作って欲しい』と言われて、苦笑いしたことがあった。

ビナは貧しい被差別階級の出身だ。ヒマラヤ小学校が開校した去年、13歳になるまでまったく学校へ通ったことが無かった。ひたすら労働力として働かされ、学校へ通う近所の友達を見ては羨ましく思っていたらしい。

ビナの切実な願いは僕らの原動力にもなっている。ヒマラヤ小学校で勉強を続けたいというビナの願いを、僕達はしっかり受け止めていかなければならない。何時か高校が出来る日を、ビナたちと共に夢見たいと思う。





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2005年08月01日

問題解決

8月1日(月)

朝、ヤッギャ校長と共に昨日の奨学生の通う学校を訪ねた。校門の前では不安げな表情をした奨学生が待っていた。

早速、担当者と会い現状説明を受けた。事前に説明もなく、既に入学金を納め授業を始めた後で、このような事態になった事、また半ば強制的に奨学生へコースの変更を指導した事を強く抗議し、直ぐに入学金を返還するか、学校の全責任において他校への転校手続きを取るよう話した。学校側も全面的に非を認め、速やかに転校手続きを行うこと、奨学生にいかなる損害や被害も出ないように、学校として責任を持って問題解決に取り組むことで合意した。

こういう交渉では強気の姿勢が必要だ。気の小さい僕は虚勢を張りつつ強気で交渉に挑んだ。交渉前は困難が予想されていたものの、思いがけず敏速に解決できたのはヤッギャ校長の協力があったからだと思う。口うるさく騒ぐ僕の傍でヤッギャ校長が紳士的に話を進めてくれた事で、問題が一気に解決したように思う。奨学生も問題が解決して嬉しそうだった。新しい学校での環境に慣れるまでには時間が掛かるかと思うが、奨学生には心機一転がんばって欲しい。

その後、クリニックで治療。先日、訪れた骨粗鬆症の患者さんが随分、調子が良くなったようで嬉しかった。もちろん鍼治療だけで良くなったわけではないが、やはり患者さんの喜ぶ姿を見ると嬉しい。治療にも何時も以上に熱が入った。


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