重要なお知らせ

吉岡大祐のヒマラヤ活動日記 へご訪問いただきありがとうございます。 奨学生ならびに学校宛の手紙は普通郵便に限ります。受け取り手続きが必要なEMS(国際スピード郵便)や国際書留郵便、その他、DHL,OCS,FEDEXなど国際宅急便の利用はお断りしております。また物資による支援は自立を目指す学校の教育方針および関税等の問題から全てお断りしてます。どうかあしからずご了承ください。 今後ともよろしくお願いいたします。

当ブログはしばらくの間、不定期となります。 この間、メイルへの返信等、大幅に遅れる場合があります。ご了承下さい。お問い合わせ先:info@ikueikai.org

2005年07月03日

交流を待ち望む声

7月3日(日)

朝からクリニックで治療。先週、1度休みにしたこともあり、今日は大勢の患者さんが来て賑やかだった。普段、朝食を摂らない生活をしているので、昼過ぎになるとお腹が空いて、お腹が鳴り続けていた。お年寄りの患者さんから食事をしていないのか?何か作ってあげようか、と何度も心配され恥ずかしかった。

昼からヤッギャ校長と企画会社を訪ねケナフ会議の件で打ち合わせを行った。なかなか企画会社との話が合わず、ネパールでの会議開催の難しさを痛感した。それでもサダナさんやヤッギャ校長も含め全員が世界で初めてとなる会議を成功させたいと、気持ちを一つにしているので心強い。なんとか頑張りたい。

その後、8年生で学ぶ奨学生達と会い近況報告を受けた。奨学生から『最近、なぜ日本の人たちはネパールに来てくれないの?』と質問を受けた。皆、心から日本のゲストの皆さんとの交流を楽しみにしている。何とか夏休みには1人でも多くの日本の方に来ていただきたいと思う。こうし再会や出会いを待ち望む子ども達の姿を見ると、人との交流が彼らの夢を育てていることを実感する。



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2005年07月02日

児童福祉公園建設

7月2日(土)

朝、2件の往診を済ませた後、ヒマラヤ青少年育英会のミーティングに参加した。5月から2ヶ月余りに渡り日本を訪問されたダルマさんから児童福祉公園建設プロジェクトが報告された。

ヒマラヤ小学校は敷地面積が小さく、児童数の増加に伴い運動場の確保が課題となっていた。理事会でも運動場整備について何度も協議が行われきたが、なかなか実現出来ないままになっていた。その間、運動場整備を希望している小学校の隣接地にはペンキ工場や養鶏場建設の話などが持ち上がり、建設の中止を求めて、何度も地権者と話し合ってきた。

ダルマさんが日本滞在中に各地の支援者の方に運動場整備への協力を呼びかけたところ、今回、ある支援者の方から暖かい御支援をいただき運動場整備が実現する運びとなった。ただ、浄財をいただき建設する以上、ヒマラヤ小学校の子ども達だけでなく、村の子供たちも自由の遊べるよう児童福祉公園として整備し、広く社会に開放したいと考えている。また災害時の緊急避難場所としての役割や、ブンガマティにある障害児施設の子供たちも遊べるような環境を整備したいと考えている。

今日のミーティングでダルマさんを委員長とする児童福祉公園建設委員会が組織され、地権者との交渉や具体的な建設プランの作成を始めることとなった。

こうして多くの方の善意をいただき、学校周辺が整備されることは本当にありがたい。子ども達が大自然の中でのびのびと学び、大きな夢が育つ環境を作っていきたい。





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2005年07月01日

製紙工場建設

7月1日(金)

朝、ヤッギャ校長、愛娘のサンギャちゃん、そして里親教育基金の奨学生と共にパタン市内のカレッヂへ行き、入学金の支払いを行った。その後、校長室を訪ね、入学金割引のお礼と奨学生の紹介を行った。奨学生は緊張した面持ちだったが、心優しい校長先生の暖かい励ましに喜んでいた。奨学生と2年間の就学支援に関する覚書を交わし、晴れて1人の進学が決まった。

その後、サダナさんと合流し、カトマンズ郊外のゴンガブ地区にある小学校でケナフの種蒔きを行った。子供たちはサダナさんやヤッギャ校長の話にケナフへの関心を高めている様子だった。今回で7校目の種まきだった。サダナさんもヤッギャ校長も忙しい合間を縫って積極的に協力してくれ、本当に感謝している。週末を利用しての活動だけに大変だが、こうして一歩ずつでも進められる事は嬉しい。2人の協力がなければ、きっとこのケナフプロジェクトは動いていないと思う。

種まきを終えた後、今後の活動について打ち合わせを行った。今回の会議をより有意義なものとするため、各自が知恵を働かせている。ケナフは栽培しただけでは意味が無い。ケナフを紙にするなり活用する事に大きな意義がある。ただ紙にするにはケナフ用の製紙工場の建設が不可欠だ。工場が出来れば、農家が生産したケナフを買い取ることも出来るようになり普及も早いと思う。また、子ども達への職業訓練を考えているヒマラヤ小学校でも、ケナフを大いに活用できると考えている。

もちろん、そう簡単な話ではない。ケナフの有効性を理解してもらうこと、資金調達、問題は山積している。しかしネパールでケナフを有効活用するためにも、今回の会議を工場建設の大きな足がかりにしたいと願っている。全力で頑張りたい。




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2005年06月29日

病魔

6月29日(水)

朝、クリニックの元患者さんが癌を患い療養中という話を聞いて、お見舞いに行った。患者さんは75歳の女性でネパール語がまったく話せないため、クリニックには何時も孫達がネワール後の通訳として付き添っていた。とても優しく気持ちの良い方で、お互いに言葉がまるっきり分からない中でも気持ちがとても通じ合い、一緒によく笑った。膝関節症の治療が終わった時には、ネパール語で『ありがとう』という言葉と共に仏像をプレゼントしてくれた。僕にとって忘れることの出来ない患者さんの1人だ。

医師からは既に『余命半年』と告げられたという話を聞いて不安が募り、何か自分に出来ることはないか考えながら、患者さんの家へと急いだ。

部屋では患者さんがベッドで休んでいた。僕に気がつくと痩せこけた体を起こし、何時もの優しい笑顔で僕を迎えてくれた。うる覚えネワール語で『体調はどうですか?』と尋ねると、首を振りながらネワール後で答えていた。はっきりとした意味は分からなかったが、どうも体調はあまり良くない様子だった。同行してくれた孫に通訳をお願いし、ブンガマティ村に学校を開校したこと、今年のマチェンドラナートの祭りのことなど、暫く他愛のない会話をした。随分、体力も衰えている様子だったが、僕が滞在している間中、身を起こして話を聞いてくれた。

病魔は、いつでも、誰にでも、襲ってくると分かっていながらも、やはり実際に自分の周囲の人が病気に苦しんでいる姿を見ると胸が痛む。せめて患者さんに苦痛がないことを願いたい。




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2005年06月28日

進学先決定

6月28日(火)

朝、奨学生、ヤッギャ校長、長女のサンギャちゃんと共に進学先の学校を訪ねた。奨学生の一人とサンギャちゃんは同じ学校へ進学する事が決まり、今日は入学手続きを行った。ヤッギャ校長と共に学校長へ挨拶に行くと、奨学生の現状を理解していただき入学金を25%下げてくれることとなった。ありがたい。

その後、先日の学校訪問で臨床検査技師の勉強に興味を持った2人が、ナショナル・マルティプルキャンパスに進学することを決めたため学校を訪問。入学手続きを行った。

少しずつ奨学生の進路が決まりとても嬉しい。皆、一生懸命考えた上での決定だけに、必ず良い結果を残してくれると思う。別れ際に奨学生が『ありがとう。絶対にがんばります。』と言ってくれたことが、とても嬉しかった。

今週末には他の奨学生の入学試験も予定されている。SLCが終わってから喜ぶ間もなく、奨学生の進学先のことで追われたが、ようやく落ち着きそうだ。来週にはあすなろ食堂でささやかなお祝いをしたいと考えている。


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2005年06月27日

二宮金次郎

6月27日(月)

朝、中央郵便局へ行き郵便物を送った。今日から郵便料金が値上げされた。値上げは予想を遥かに超えていたため驚いた。値上げに対する不満の声も多いようで、カウンターで郵便局員と喧嘩腰で文句を言っている人もいた。まだ内装工事も終わっていない中での値上げは、僕もあまり納得できない。やはり実際にサービスの向上が実践されなければ、市民も納得しないのではないかと思う。

昼から往診を行った。ヒマラヤ小学校が夏休みに入ったため、これから暫くの間、往診に力を入れようと考えている。往診先で患者さんとの会話が弾み楽しかった。

夕方からは奨学生宅を訪問した。どの子も期末試験前で勉強を頑張っていた。しかし折からの水不足の影響で水汲みに何時もの数倍の時間が掛かり、なかなか勉強に割く時間が足りない様子だった。奨学生全員の家には上水道がない。皆、学校を終えた後に水を汲みに出かけるのが日課だ。一度、小学生の水汲みを手伝ったことがあるが、上水道が当たり前の生活している僕には、とても務まらなかった。

水桶を方脇に抱え、教科書を読みながら歩いている奨学生。さながらネパール版・二宮金次郎と言っても過言ではないと思う。この努力がきっと報われる日が来ることを心から願っている。



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2005年06月26日

意見交換

6月26日(日)

奨学生を集めて進学先についての意見交換を行った。水曜日に受験し合格した一人を除いて、まだ完全に進学先を絞りきれていないようだったので、それぞれの意見を交換して見ることにした。

これまで訪問した学校についても、それぞれが異なる印象を持っていることが興味深かった。奨学生が一番心配しているのは授業料のことで、どの奨学生も迷惑を掛けたくないとの気持ちが強い様子だった。奨学生には一部の高額な私立学校を除けば、どの学校も授業料に大きな違いはないので、心配しないように告げた上で、勉強についていけるか、楽しく学べるか、一生懸命頑張れるか、そういう点で判断してはどうかと指導した。授業料については、自分の出来る社会貢献をすることで還元するように伝えた。

今日の意見交換はとても有意義だった。それぞれの意見を聞くことで迷いもなくなり、確信を持てたのではないかと思う。来週には進学先を決め、入学手続きを行い予定。



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2005年06月25日

あすなろ慰労会

6月25日(土)

朝、往診を2件済ませた後、帰宅。今日は携帯電話の電源を切って、溜まっている雑用を一気に片付けることにした。何とか午後3時過ぎに雑用を終えることが出来た。その後、部屋の掃除やら新聞の切り抜きなど他の雑用をしている内に、すっかり日が暮れていた。

夜はあすなろ食堂の慰労会。スミさん、ワグレさん、そしてムヌさんと共にタメルへ出かけた。スミさん達も久しぶりの外出だったようで、とても喜んでくれた。あすなろ食堂のこと、学校のこと、友人のこと、結婚のこと、人生のこと、いろいろと面白い話が弾んだ。皆、それなりに悩み、そして一生懸命生きていることを実感した。




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2005年06月24日

夏休み

6月24日(金)

朝からヒマラヤ小学校を訪問した。今日は夏休み前の最後の授業だった。これからネパールでは田植えの時期を迎える。田植えは家族全員が参加する行事のため子供たちも忙しい。ヒマラヤ小学校では田植えの時期を選んで夏休みにした。放課後、子ども達全員に靴を配布した。その後、先生達と子ども達を見送った後、帰宅。

昼過ぎからネパール語の授業。今日は流行歌の聞き取りと翻訳を行った。毎回、複雑な祭りについての翻訳授業が中心なので、今日のような授業はなかなか楽しい。以前の歌は、村の男性が女性を冷かす様な面白い内容が多かったように思うが、最近の流行歌は、どうも男子の失恋の歌が多い気がする。女性の立場が少しずつでも上がっている証拠だろうか。

その後、3件の往診を済ませた後、帰宅。ここ最近、国際交流・ボランティアに関する問い合わせが多い。皆さん、ただ単に子どもが好きという方もいれば、将来、教員を目指している方、ボランティアに興味があるという方、それぞれ理由は異なっていても、こうした活動に関心を持ってくれることは嬉しい。ぜひ、1人でも多くの人に来ていただいて、素晴らしい交流活動を実現して欲しいと思う。



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2005年06月23日

学校見学会3

6月23日(木)

今日はボトジャトラ祭り(Bhoto)で休日だった。雨を迎える山車祭りマチェンドラナートも今日で終わる。

今日も先日に引き続き学校見学会を開催し、私立・政府共に2校ずつ訪問した。これまで10校以上を実際に訪問したことで学校への質問事項や確認する点がはっきりしてきたため、今日の学校訪問はとても楽だった。奨学生達も進学先が決まりつつある中で、表情が真剣になってきている。

僕が奨学生と同じ16、17歳の頃は、何の目的もないまま高校へ通っていた。ただ,漠然と海外へ行きたいなぁという希望だけ持っていた。結果としてその事が切欠となり鍼灸という道に繋がった事は幸運だったと思う。もちろんその当時、今やっている就学支援なんて想像すら出来なかった。それだから人生は面白いのかもしれない。奨学生が悩んでいる姿を見ていると、ふと自分の高校時代と重なった。




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2005年06月22日

鍼による癌治療

6月22日(水)

朝、クリニックで治療。今日は咽頭癌の患者さんが治療に来た。放射線治療の副作用と思われる頭痛が主訴だった。鍼で癌が治るのか?という質問をよく受ける。今日も患者さんの家族から同様の質問を受けたが、とても難しい質問だ。実際に僕が担当させていただいた癌の患者さんの中で鍼治療によって癌が完治した、という症例は1件もない。しかし頭痛や吐き気、癌の痛みなどの症状が軽減または回復した、という症例は何件かある。今日の患者さんの家族からの質問には、実例を挙げてゆっくり説明した。なんとか希望を棄てないで欲しいと思う。

昼から中央郵便局へ行き郵便物を投函した。郵便局に勤める友人の話によると、近々、郵便料金が大幅に値上がりするらしい。値上げ分のサービス向上に期待したい。

その後、ヒマラヤ小学校を訪問した。子ども達の元気な顔を見ると疲れも何処かへ消えてしまう。幼稚園クラスの新入生達もすっかり学校生活に慣れ、楽しそうに勉強していた。担任のムヌさんも、子ども達の著しい成長を目にして、だんだんと教師としての自覚が芽生えてきたように思う。子ども達の写真を撮りながら、子ども達一人ひとりの将来を創造して見ると、なかなか楽しいものがある。

夕方、一旦帰宅して、再度ブンガマティ村へ。今日はヤッギャ校長の次女プラティギャちゃんの13歳の誕生日。ヤッギャ校長の自宅で、家族とプラティギャちゃんの友達3人が集まり誕生会を開催した。プラティギャちゃんは聡明な女の子で、話がとても上手だ。今日も良く笑わせて貰った。

ヤッギャ校長の子ども達の誕生日は6月に集中しているので、ヤッギャ校長も大変だ。これで全員の誕生会が終わり、ヤッギャ校長もほっとした様子だった。



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2005年06月21日

学校訪問2

6月21日(火)

日曜日に引き続き、今日もカレッヂ見学会を開催した。子ども達の表情も真剣そのもの。日曜日の見学会がとても良い影響を与えた様で、どの奨学生も質問事項をきちんと纏めていた。

今日、訪問したのはサダナや現役の学生から推薦を受けた学校。私立学校ということもあって、設備は何処も良かった。しかし費用の面ではとても全員を私立校へ送ることは不可能だ。どの学校も優秀な生徒には奨学金を出すようだが、なかなか難しいのが現実。今まで公立校で学んできた奨学生だけに私立校の設備には憧れを抱く様子だったが、高額私立校では説明を十分聞くこともなく、そそくさと立ち去った。

私立校は費用が掛かる分、授業や設備の質も良い。公立校は費用が安い代わり授業が継続的に行われなかったり、先生達の中にはやる気がちっとも感じられない人もいる。学校選びは本当に難しい。

今年、ヒマラヤ青少年育英会として初めてSLC受験生を送り出したが、今回は試験的に1stDivisionで受かった奨学生には(高額ではない)私立校で勉強する機会を与えることにした。これは受験生に目標を持たせることで、SLCを乗り切る原動力にして欲しいことと、勉強で結果を残した子ども達には良い環境で学ばせたいとの思いからだ。結果的に1stDivisionで合格したのは2名だったが、2nd-Divisionで合格した奨学生の多くが、あと数パーセントで1stDivisionに達する成績を残した。この方法が良かったかどうかはもう少し検討が必要だが、結果を見る限りでは良い影響があったように思う。

夕暮れ時、騒がしい町並みを見下ろす場所でジュースを飲みながら奨学生と雑談した。どの子も、やはり進学には相当の不安があるそうだ。僕の進学体験を尋ねられたが、何となく決めたような記憶しかないので、とても奨学生の参考にはならないが、5年後、10年後、こうなりたいなぁという希望を元に判断したらどうかと話した。悔いの残らないように頑張って欲しい。



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2005年06月20日

6月20日(月)

朝、ネパール電話公社に出かけ電話回線の修理を依頼。以前から電話の調子が悪く、インターネットでは電話回線を使っているため、途中で接続が切断されるなどの問題が起きて困っていた。1ヶ月前にも修理を依頼したが、何も改善されていない。今日は証拠としてビデオを持参し精一杯苦情を伝えた。知人の『偉い人』にもお願いし、何とか1週間以内に修理することを約束してもらった。

昼からヒマラヤ小学校を訪問。ヒマラヤ小学校ではモンゴル先生を中心に子ども達が演劇の練習をしている。日本の皆さんからご寄贈いただいた絵本を少しアレンジして、ネパール風の寸劇を作っている。今後、保護者会などで発表する予定にしている。

子ども達にとっては劇など初めての経験なので難しいかなぁと、心配していたものの、実際にやらせて見ると上手に演じる子ども達が多く驚いた。将来的には全校児童が参加できる演劇を子供達と一緒に創作して見たいと思う。

夕方、ヤッギャ先生、モンゴル先生と学校のことで話し合った。今後、どういう風に学校運営を進めていくかなど、とても建設的な意見が交換できた。



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2005年06月19日

学校見学会

6月19日(日)

SLCを合格した『里親教育基金』の奨学生を集めカレッヂ見学会を開催した。ヤッギャ校長と愛娘のサンギャちゃん(SLC合格)も同行。

SLC(10年生終了時に受ける全国統一卒業認定試験)の後、学生達は『Intermediate』や『プラス2』と呼ばれる2年間の後期高等教育を受けるが、ここで学生達はそれぞれ専門科目を選択しなければならない。科学、商業、人文、教育の4つが主な選択肢だが、少なすぎる選択肢から選ぶことは16歳の子ども達にとって容易なことではないと思う。将来の道を決める大事な時期だけに、夢と学力などを総合的に見て冷静な判断が求められる。

まずは看護師を目指している奨学生のためにナショナル・マルティプルキャンパスを訪問した。学長から直接、学校についての説明を受けた後、進学に関する様々なアドバイスを頂いた。近年、看護師を目指す学生が増えているため看護学校入学は競争が厳しいそうだ。仮に看護師になっても看護師過剰気味の昨今、就職できるかどうか分からないとのこと。現実を知ることはとても大事なことだと思う。今まで憧れだけだった看護師という仕事の厳しい現状を知ることで、奨学生の表情に大きな変化があった。

ナショナル・マルティプルキャンパスの学長は、元々検査技師で博士号を取得した方だ。学校でも18ヶ月間の検査技師の基礎を学ぶコースが用意されている。自身の専門ということもあり、検査技師という仕事に遣り甲斐があることや、何でもコースを終えた学生には100%の就職を保障してくれるとのことで、随分お勧めの様子だった。また仕事を続けながら更に3年間、学ぶことが出来るとのことだった。

ヒマラヤ青少年育英会の里親教育基金では、子ども達の夢を応援することを一番の目的にしている。出来る限り子ども達の一人ひとりの描く夢を叶えたいと考えている。しかし貧困の国ネパールでは、夢よりも経済的な自立をすることの方がとても大事だ。たとえ看護師になる夢が叶っても、経済的に自立できなければ意味がない。複雑な思いだが、将来の経済的な自立をどうしても優先的に考えてしまう。

今日、学校見学に参加した奨学生の一人スリスティは、とても穏やかで素直な性格の女の子だ。今回SLCに合格はしたものの、成績が思っていたよりも振るわず少し落ち込んでいた。スリスティも看護師になりたいと希望していた1人だが、彼女のSLCの成績と性格を僕なりに判断して、検査技師の道を勧めて見た。スリスティ自身も学長の話を聞いて検査技師に興味を持ったようで、ぜひ勉強したいとの返事だった。

その後、数校を訪問。将来、客室乗務員を目指し進学先では英語を学びたいと言っている奨学生も訪問した学校が気に入った様子で、早速、来週にも入学試験を受けることが決まった。

こうして子ども達の進路に係わっていると、就職や進学指導を担当する日本の先生達の日頃の苦労がとても良く分かった気がした。まだまだ進学先が決まっていない子供たちは多いが、何とか子ども達の希望を叶えられるよう頑張りたい。今週は3回ほど見学会を開催する予定。



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2005年06月18日

家庭訪問

6月18日(土)

朝、往診を3件済ませ帰宅。PCをいじっている内に、ホームページのレイアウトを変更しようと決心。今までプリントする時にバランスが崩れるなどの問題があったので、少しずつでもそういった点を直していきたい。まずはヒマラヤ小学校通信とケナフ通信から修正していく予定。

体調は完全には回復していななかったものの、どうしても家に篭ることが出来ない性格なので、夜、再び往診に出かけた。往診を2件済ませた後、奨学生を訪問した。出来る限り毎日、奨学生の家庭訪問を続けている。訪問することで奨学生のことをより理解し、また奨学生や親にも僕らの活動を理解してもらうことが出来ると思っている。奨学生や親との信頼関係を築くことは、教育支援活動を行う上でとても大切なことだと思う。

今日、訪問した奨学生宅も厳しい現状を抱えていた。母親と娘3人の母子家庭で小さな家に肩を寄せ合い生活している。病院の清掃員として働いている母親は病気がちで、とても3人の娘を学校へ送るだけの経済的な力は無い。母親が教育を受けていないことは、現状を更に厳しくしているようだ。

3人の娘達は、つぶらな瞳を輝かせながら無邪気にじゃれあっていた。母親は厳しい現状を嘆きながらも、娘達が学校で学べることをとても喜び、『娘達には教育を受けて欲しい。決して自分のようにはなって欲しくない』と話していた。家庭訪問では厳しい現状を目の当たりにすることが多い。しかし現状を知らないまま、就学支援だけをしていては何の意味もないと思う。僕達に出来ることはとても小さなことだけど、少しでも奨学生や母親を勇気付けられたらと思う。




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2005年06月17日

サシナの涙

6月17日(金)

朝からヒマラヤ小学校を訪問。昨日、子ども達がケナフの観察を行ったようで、子ども達から『なぜ昨日、来なかったの〜?ケナフ観察したよ』と自慢気に言われた。ケナフ観察では色々な発見があったようで、子ども達から聞く話がとても楽しかった。

職員室でヤッギャ校長と話をしていると、2年生のサシナが『頭とお腹が痛いです』と辛そうな表情を浮かべてやって来た。水曜日にも同様に体調不良を訴えていたため帰宅を促したが、学校で休みたい、と言って帰宅しなかった。今日もヤッギャ校長がサシナに帰宅して休むよう勧めると、サシナは首を振って、学校に残りたい、と言った。サシナの不安げな表情を察したヤッギャ校長が『家で何かあったの?』と優しく尋ねると、サシナは突然、涙を流し泣きはじめた。

サシナには軽度の知的障害がある。そのことが原因で、どうもサシナは親から暴力を振るわれているらしい。サシナは涙を流しながら、『家に帰ったら怒られる。お母さんは弟だけを大事にしている。』と訴えていた。ヤッギャ校長の話では、サシナの親はサシナの将来を絶望視しているそうだ。水曜日にはヤッギャ校長のアドバイス通り、サシナが母親にヘルスポストへ連れて行って欲しいと頼むと、母親はそんなお金はないと、サシナに暴力を振るったそうだ。何とも胸の痛くなる話だ。

泣き止まないサシナを休ませ、早速、ヤッギャ校長とサシナの家を訪ねた。農作業から帰ってきたばかりなのか、汗で顔を光らせた母親にサシナに対する暴力について尋ねると、『サシナはちっとも言うことを聞かない。だから叩いただけ。あんな病気を持っている子なんて産まなきゃよかった』と、興奮気味に答えた。質問を続けたが、どんな質問にも『サシナが病気だから』としか答えず、ヤッギャ校長の話の通り、母親がいかに絶望的になっているのか良く分かった。ヤッギャ校長が母親に『この2ヶ月半でサシナは変わりましたよ。学校へ来れば必ず良くなるから、暴力を振るうことだけはやめてください。今度、サシナへの暴力を確認したら学校として警察へ通報します』と、伝えサシナの小さな家を後にした。

社会福祉整備が著しく遅れているネパールで、障害児を持つことがどんなに大変なことか、よく分かる。しかし全ての望みを棄ててはいけないと思う。学校として出来ることはなにか、やはり職業訓練を通して、将来、サシナが経済的に自立できるようにすることが大事だと思う。まだまだ道のりは長く険しいことを痛感した。


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2005年06月16日

進路

6月16日(木)

朝、SLCの合格者を集め、今後の進路について話し合った。みんな『鉄の門』とよばれる難関試験を突破できて安心した表情だった。特に1stDIVISIONで合格した奨学生は、『がんばったね』と声を掛ける度に、自然と涙が頬を流れ落ちた。奨学生によると試験に合格できた事よりも、SLCを受けるまで学校へ通えたことが本当に嬉しいらしい。そんな話を聞くとヒマラヤ青少年育英会として子ども達の就学を支援できて、本当に良かったなぁとつくづく思う。奨学生がそれぞれ蛍雪の功を積んだ甲斐があって、SLC合格という夢が達成し人生の第一歩踏み出すことが出来たことは素晴らしいことだ。もちろん全ては支援者の方の暖かいご理解とご協力そして励ましがあってのこと。

奨学生にそれぞれ進路について尋ねると、どの子も進学を希望していた。ヒマラヤ青少年育英会では原則としてSLCまでの教育支援としている。しかし現状としてはSLCを終えただけでは、今後、様々な困難が予想される。2年前から試験的にSLCを終えた数名の学生へ教育支援を行っているが、10年生までと違い、費用が一人当たり数倍高くなってしまう。こうなるとSLC以降、全員の支援をすることは難しいのが現状だ。何か良い案はないか、急いで検討しなければならない。

夕方から往診を3件。まだ体調は本調子ではないが、何とか往診をこなすことは出来る。先生によるとアレルギー性の疾患のようだが、夕方になると一時的に熱が出るため、感染症ではないかと少し心配になる。3年ほど前に2ヶ月あまりの辛い入院経験したので、気をつけたい。




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2005年06月15日

鼻かぜ

6月15日(水)

朝、クリニックで治療。体調不良で暫くクリニックを休んでいたため、久しぶりの治療となった。患者さんから体調についていろいろと心配していただき、申し訳なく思った。やはり自分の体調管理をきちんとしなくてはいけない。

昼過ぎにヒマラヤ小学校を訪ねた。子供たちは相変わらず元気一杯。やんちゃな子供たちが鼻水を啜っている僕の真似をして楽しんでいた。なんとも可愛らしい子ども達。

その後ブンガマティ村周辺の学校を訪ね、ケナフの生長ぐあいを調べた。どの学校もきちんと手入れがされてあり、ケナフはすっかり大きくなっていた。ある学校では、畝の周りに『ぜったい触るな!』などと立て札が掛けられていた。子ども達がケナフを大切にしている証拠だと思う。

夕方から奨学生宅を訪ねた。奨学生の多くは現在、夏休みに入っている。どの子供たちも慢性的な水不足で影響で何時間も並んで水汲みに行っている様子。家庭の仕事を手伝いながらの勉強は、やはり大変だと思う。

その後、往診を3件。鼻水を啜る僕を見て、生姜入りの紅茶を出してくれたり、鼻がスッとする薬草をくれたりと、患者さん家族の心遣いがとても暖かい。



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2005年06月14日

SLC

6月14日(火)

早朝、SLCを受験した奨学生から『受かった!!』と、喜びの電話が掛ってきた。思いがけない電話に驚いたが、ニュースをつけて見ると2061年のSLCの成績発表が行われた様子だった。

その後も受験生や関係者から電話が掛ってきて、次々と受験生の結果が報告された。今年、ヒマラヤ青少年育英会として初めてSLC受験生を送り出した。結果は思いのほか良く、奨学生1人を除いて全員合格という快挙だった。合格率38%の厳しい試験だったが、見事合格した子ども達には心から祝福を送りたい。特に公立学校からの合格者が低い中で、皆、よく頑張ってくれたと思う。残念ながら合格できなかった奨学生も、数学の点数が2点足りなかったそうで、再試験を受ける権利があるとのこと。なんとか頑張って欲しい。

SLCの合格者は成績によって1stDivision(60%以上)〜3rdDivision(32%以上45%未満)に分けられる。日頃の努力が実り、見事に1stDivisionで合格した子。受験資格試験では1stDivisionを取得したものの、本番では残念ながら2ndDivisionとなった子。3rdDivisionで何とかぎりぎり合格できた子など様々だが、合格できたことが何よりも嬉しい。

今日はサダナと会ってケナフ活動の打ち合わせ。今後のネパールでのケナフ活動のため団体を組織することとなり、ヒマラヤ青少年育英会の副会長ムクンダ・ビスタ氏に協力を要請したところ、快く引き受けてくれた。ぜひサダナさん達、若い人の力が思う存分発揮できる団体を構築したい。サダナさん達も理事会に加わる予定。名称はKenaf Development Nepal (KDN)

その後、サダナさんとヒマラヤ小学校を訪ねた。今回も環境授業が行われ、子ども達から笑顔が溢れていた。それにしてもサダナさんの能力の高さには驚くばかり。サダナさんの今後の活躍に大いに期待している。


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2005年06月13日

少し回復

6月13日(月)

まだ完治ではないものの体調が少し回復したため、溜まっている仕事を片付けた。

昼過ぎにスミさんのあすなろ食堂を訪ねると、スミさんが特性の栄養満点料理をご馳走してくれた。唐辛子が沢山入っていたので汗を沢山かいた。汗をかいたせいか、食べ終わった後はとってもすっきりした気分になり、喉の痛みも軽減したような感じがした。スミさんの心遣いに感謝。

夕方、ネパール語の授業を受けた。新しく購入したラナ家に関する本の翻訳に挑戦しているが、なかなか難しい。それでもネパール語から翻訳すると英文で読むよりも遥かに解り易い。何とか翻訳を完成させたいと思う。

夜、先日、果物を差し入れしてくれた奨学生の家を訪問しお母さん達にお礼をした。どの家庭でも体調を気遣ってくれて、湖沼入りのお茶をいただいた。こうして暖かいお心遣いを頂くことは、本当にありがたい。早く完治させて、活動を頑張りたいと思う。



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2005年06月12日

差し入れ

6月12日(日)

昨日に引き続き、風邪で寝込む。少しは良くなっている様子だけど、やはり熱や喉の痛み、そして倦怠感が治まらない。昼過ぎ、見舞いに来てくれた奨学生達が果物を差し入れしてくれた。それにしても教育支援をしている奨学生はどの子もとても優しい。これは僕達の自慢だ。皆それぞれを辛い体験を持っているだけに、人の苦しみが良く理解できるのかもしれない。奨学生の心遣い、とても嬉しかった。


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2005年06月11日

体調不良

6月11日(土)
風邪を引きながらも仕事を続けていたせいか、今日、ついに熱が出てしまった。朝から倦怠感と咳、鼻水に苦しむ。普段、あまり風邪など引かないだけに辛い。先週、突然ふりだし雨に濡れたのが悪かったのかもしれない。夕方まで休む。

体調管理が出来ていないということは、緊張感が欠如している証拠。猛省したい。




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2005年06月10日

交流活動

6月10日(金)

午前中にソウラ・ユバック小学校でケナフの種まきを行った。今回の種蒔きにはソウラ・ユバック小学校の児童の他にも、学校の隣にある障害者施設の子供たちも参加した。ケナフ栽培に障害を持つ子供たちが参加したことで、更に意義のある活動になったように思う。障害を持つ子ども達が喜んでくれたことが何よりだった。

午後1時から第2回目の教育勉強会を開催した。まずは担任の先生達から子ども達一人ひとりの変化についての報告があったが、どのクラスの子供たちも短期間で大きな成長が見られ本当に嬉しい。これも先生達の日頃の努力の成果だと思う。

その後、今後の学校の取り組みについても話し合われ、劇の完成と村めぐり、シラミ退治の開催が決まった。

2月以降、日本からボランティアの参加がまったくない状態が続いている。昨年、日本人ボランティアの皆さんによる交流活動が盛んに行われ、子ども達の夢を大きく育てた。ヤッギャ校長はじめ教職員全員もボランティアによる交流活動に大きな期待を持っているだけに、ぜひボランティアの皆さんによる交流活動を充実させたいとの声が多く上がった。

子ども達からも『日本のお兄さん、お姉さんはいつ来てくれますか?』との質問を受ける回数が最近、特に増えている。子供たちはボランティア皆さんとの交流をとても楽しみにしていることもあり、ぜひ多くのボランティアの皆さんに参加して欲しいと思う。

昨年新しく開校したアットマーク国際高校でもネパール・ボランティア授業を開催しています。ぜひ若い人や社会経験の豊かな人たちに参加して欲しいと思います。
興味のある方はこちらへ


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2005年06月09日

小児科病院建設の夢

6月9日(木)

朝、パタン市内の寺院で開催された伝統工芸展示会の開会式に参加した。国王夫妻を迎えての式典であったため会場は厳重な警備が敷かれていた。あまり堅苦しい式典は好きではないので、そそくさと会場を後にして、カトマンズ市内の医療器具店へクリニックの備品を買いに行った。

その後、医学書を買いに本屋さんを回ったり、壊れた電化製品を修理に出したりしている内にあっという間に時間が過ぎた。

夕方から、先日スニールの手術を担当していただいた小児外科医の先生とお話をした。ネパールでは小児科の総合病院が一つしかないため、スニールの手術に病院を訪れたときも、朝から診察チケットを求める長蛇の列が出来ているのに驚いた。先生のお話では病院では手術設備の不備により可能な手術が限られているという。また政府の病院ということもあり、多くの役所的な問題を抱えているとのことだった。そんな病院に呆れることもあり、将来は小さくても自身で小児科病院を作りたいと仰っていた。

病院を作ることは、もちろん簡単なことではないが、先生の情懐を伺い、小児科病院の建設の夢を微力であっても応援したいと思った。志ある先生達が描いている小児科病院なら、きっと子ども達を幸せにするような素晴らしい病院になるだろう。ぜひ先生達と夢を共有したいと思う。

振り返るとヒマラヤ小学校の建設だって、数年前までは夢のまた夢の話だった。それでも子供達と共に夢を持ち続ける事で、少しずつ理解が深まり、想像以上に多くの方々に協力していただくこととなった。多くの人々の善意の協力を得て、子供達と共に追い続けた夢は実現したのだ。

小児科病院建設の夢はだって、もしかしたら実現するかもしれない。決して諦めず、出来ることから頑張っていきたい。



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2005年06月08日

制服配布

6月8日(水)

朝からクリニックで治療。月曜日に雨の影響で来られなかった患者さんが大勢来たため慌しく時間が過ぎたが、昨日から気持ちを切り替えたせいか治療を終えた後は、充実感で満たされた。

昼過ぎに治療を終えた後、スミさん達とカトマンズ市内のスーパーマーケットへ出かけ電子レンジなど購入した。来週から『あすなろ食堂』で新しいメニューが加わる予定。食器等を選んでいる時のスミさんはとても楽しそうだった。

スーパーマーケットでの用事を済ませた後、大急ぎでヒマラヤ小学校を訪問し、新入生へ届いたばかりの制服を配布した。入学当時からずっとこの日を楽しみにしていただけに、新入生は皆とても喜んでいた。子供たちは早速、制服を先生や上級生に着させて貰い、恥ずかしそうにしていた。

その後、虫下しの錠剤を全員に投与した。この時期、回虫などの影響で腹痛や倦怠感を訴える子ども達が多い。今日は何時もお世話になっている先生からお薬の提供を受け、全員へ投与することができた。

夕方、今日誕生日を迎えたヤッギャ校長の長男プラギャ君(12)を連れ、誕生日プレゼントを買いに出かけた。プラギャ君の案内で行った先は、パタン市内にある古いバザールの奥にあった。正に『アジアの雑踏』といった感じの熱気を帯びたマーケットで、日用品が処狭しと山積みにされていた。人ゴミにすっかり酔ってしまったが、プラギャ君はお気に入りの靴が見つかったようで喜んでいた。

その後、ブンガマティ村に戻り、ヤッギャ校長宅でプラギャ君の誕生会に参加した。家族だけのささやかな誕生会だったが、とても暖かく楽しい時間を過ごすことが出来た。





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2005年06月07日

鍼灸治療

6月7日(火)

朝からヒマラヤ小学校を訪問。先日から水不足の影響で2階建設工事が止まっているため、今日は工事業者の担当者と今後の工事日程について話し合った。カトマンズでは現在、深刻な水不足に直面している。先日までは水をタンクローリーで購入していたものの、結果的に費用が高くついてしまうことや、配水会社が仕事に追われて工事に間に合わないこともあり、一時的に工事を中断して天候の様子を見ることにした。

その後、一時的に雨は降ったものの、工事に使うだけの水を確保出来ていない。今日は何とか2年生の教室だけでも先に整備することが決まった。今は雨が降る日を待つしかない。

夕方、バイク屋さんから修理に出していたバイク直ったと連絡があった。早速、バイクを引き取り乗ってみた。故障が嘘のように、すっかり調子を取り戻したバイク。後、数年は大丈夫だと確信した。

その後、あすなろ食堂で夕食を済ませた後、往診に出かけた。往診先では患者さんとの楽しい会話が弾んだ。ここ数年、いつの間にか『鍼灸治療の傍らの教育支援活動』が『教育支援活動の傍らの鍼灸治療』になってしまったように思う。もちろんどちらも大事な活動だが、やはり自分の原点であり、こうして少しでもネパール社会に受け入れて貰えたのは『鍼灸治療』があったからだと思う。

今日は夜中まで治療に追われたものの、とても清清しい気持ちだった。これを機会にもう一度、過去の活動を振り返り、鍼灸治療を頑張りたいと思う。



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2005年06月06日

花いっぱいの校庭つくり

6月6日(月)

朝、クリニックで治療。今日は強い雨が降ったこともあり、患者さんの数は少なかったため、ゆっくり治療をすることが出来た。

クリニックを何時もより早く終えて、傍にある園芸屋さんを訪ねた。ヒマラヤ小学校の2階が完成したら、子供達と一緒に、花いっぱいの校庭つくりに挑戦したいと考えている。今日は園芸屋さんから庭つくりに関するいろんな事を教わった。現在、継続的に行っている『ごみ拾い運動』と合せて、ぜひ頑張ってみたい。

夕方、金曜日に体内に残った金属片の除去手術を行ったスニールを訪ね、傷口の消毒を行った。術後の経過も良いようで、スニールはすっかり元気な様子で大好きな歌を口ずさんでいた。日曜日には抜糸を行う予定。

その後、誕生日を迎えたヤッギャ校長の愛娘サンギャちゃんの誕生会に参加した。今日は家族やサンギャちゃんの友人達、そしてヒマラヤ青少年育英会の奨学生も数名が参加しての誕生会だった。少しずつ奨学生やサンギャちゃんのような若い人達の輪が広がりつつある。若い人達の能力と情熱、そしてアイデアを、どんどん活動の中で活かしていきたい。




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2005年06月05日

ピザ

6月5日(日)

クリニックでの治療を済ませた後、部屋に篭ってホームページの更新を行った。途中から思うように作業が進まなくなったため、レイアウトの修正作業を行った。ホームページを開設して1年半が経つが、今でも周囲の人たちのご指導を頂きながらホームページを管理している状態。開設当初のレイアウトは(今以上に)酷く、以前から何とか修正したいなぁと思っていた。今日は数ページの修正が終わったが、今後、勉強して少しでも見やすいホームページを創りたいと思う。

夕方からヤッギャ校長の愛娘サンギャちゃんのささやかな誕生会を開催した。サンギャちゃんはとても爽やかで聡明な女の子だ。先日、ヤッギャ校長の自宅を訪ねた折、サンギャちゃんが『ピザを食べたことがないので、一度食べて見たい』と話していたことが切欠で、パタン市内にあるピザ屋での誕生会となった。

ヤッギャ校長はもちろん、スミさんや友人も参加し、楽しい夕べの一時となった。慣れないフォークとナイフに何度も挑戦しているサンギャちゃんにピザの感想を尋ねると、『美味しいけれど、大きくて一人では食べきれない。』と素直な返事が返ってきた。更に『ピザを食べたことよりも皆が誕生日を祝ってくれたことが嬉しい。』と謙虚な返事が返ってきた。ささやかな誕生会であったが、サンギャちゃんの小さな願いを実現することが出来、良かったと思う。

サンギャちゃんは将来、村で女学校を開校したいという大きな夢を描いている。サンギャちゃんはじめ若い人たちが夢に向かって一生懸命頑張っている姿はとても清清しい。これから、どんどん活躍して欲しいと思う。

深夜、往診治療を終えて徒歩で帰宅していると、野犬に囲まれ恐ろしい思いをした。やはりバイクがないとカトマンズは不便だと思った。バイクの修理が終わるのは火曜日の夜。なんとか早く直って欲しい。



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2005年06月04日

心の交流

6月4日(土)

朝、往診を2件済ませて昼前に帰宅。今週は何かと慌しくすっかり疲れたため、2時過ぎまで惰眠にふけた。その後、ブンガマティ村を訪ね、今年から支援の決まった奨学生へ支援者の方からの手紙を届けた。奨学生は恥ずかしそうな表情で手紙を受け取ると、早速、翻訳された手紙を隅々まで熱心に読んでいた。こうした心の交流は子ども達の励みとなるだけでなく、夢が大きく広がる。教育支援活動に係わっていて一番嬉しいのは、支援者の方の気持ちと、奨学生の喜びの、両方が分かることだと思う。奨学生が大事そうに手紙を抱きしめている様子がとても印象的だった。

夕方、久しぶりに大雨となった。友人と喫茶店でコーヒーを飲んだ後、調子の悪いバイクのエンジンを押し掛けしながら、奨学生宅を数件訪ねた。バイク屋さんの話では、修理に最低2日は掛るという。周囲からは買い替えを勧める声も聞こえるが、長年乗りなれたバイクだけになかなか決断できずにいる。暫く様子を見てみようと思う。



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2005年06月03日

スニール2とダンス教室

6月3日(金)

朝8時、昨日に引き続きスニールを連れカンティ子供病院へ行った。今日は手術の日。スニール以上に同行した僕達の方が緊張していたように思う。朝、9時に担当の先生に案内していただき、手術の待合室へ移動した。

スニール10時半過ぎ、スニールが手術室の中へ運ばれた。不安もあったのだろう、スニールの目からは涙が流れていた。人々の熱気ですっかり暑くなった待合室で待つこと1時間あまり、手術を終えたスニールが出てきた。まだ静脈麻酔が効いているせいか、スニールは優しい表情で眠っていた。間もなくして担当の先生が出てこられ、手術の経過について説明して頂いた。

先生によると、昨日のレントゲンで見つかった右の胸部第2、3肋間の大きな金属片は、切開してみると肺近くまで達しているため、今回の手術では摘出は出来なかったが、周囲にあった石を2つを摘出できたとの事だった。また、この先、金属片による問題は特に起きないだろうとのことだった。まずは手術が成功したことを喜び、手術を乗り越えたスニールの頑張りを称えたい。また今回の手術に全面的に協力してくださったサンタ先生のご好意に対し、心から感謝の気持ちを伝えたい。

麻酔の影響でぐっすり眠っているスニール。途中、何度も『お母さん、お母さん』と寝言を言っていた。きっと母親の夢を見ていたのだろう。事件の後、母親の元を離れ施設で暮らしているため、母親への想いが募っているのかもしれない。スニールの無邪気な寝顔を見ていると、なぜ罪の無い子供がこんな被害に遭わなければならないのか?一体、何が原因でこのような結果になってしまったのか?いろんな疑問が脳裡をよぎった。

覚醒したスニールを連れてブンガマティ村へ戻った後、寺子屋を訪ねた。今日から隻手薬師寺子屋で里親教育基金の奨学生、ジェニシャによるダンス教室が始まった。子供達はダンスが大好きだが、基礎を勉強していないため、どうしても踊りにバラつきが出てしまう。

今回、子ども達からもっとダンスを習いたいという要望を受け、ダンスの上手なジェニシャにお願いしたところ快く引き受けてくれた。ジェニシャは2000年から2003年までの間、ヒマラヤ青少年育英会が開催していた週末ダンス教室で、みっちり基礎を勉強しているので、きっと上手く教えてくれると期待している。何時もは笑い声が絶えない寺子屋の子ども達も、今日はジェニシャの熱心な指導の下、真剣な表情でダンスの練習に打ち込んでいた。こうした里親教育基金の奨学生と寺子屋の子供たちとの交流はとても有意義なことだと思う。これからもこうした交流をどんどん深めていきたい。




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2005年06月02日

スニール1

6月2日(木)

朝からスニールを連れて、カンティ子供病院を訪ねた。今日はレントゲン撮影など術前の検査が中心だった。カンティ子供病院を訪ねたのは今回が初めてだったが、朝早くから大勢の人で込み合っていた。カンティこども病院はネパールで唯一の小児科専門病院である事もあり、ネパール中から病気を患った子供達が集まってくる。医師の先生達や医療スタッフの人々の尽力には頭の下がる思いだ。

病院に向う車の中では元気一杯にはしゃいでいたスニールだったが、病院に着くと緊張してか『傍から離れないで欲しい』と、何度も繰り返し言ってきた。今日はヤッギャ校長にも同行をお願いしていたため、ヤッギャ校長が手馴れた感じでスニールをあやしてくれた。

レントゲン撮影が終わった後、今回、お世話いただいた先生に診察をして頂いた。先生によると右の胸部第2、3肋間に大きな金属片と思われる物が見つかったので、まずは金属片の摘出を優先するとの事だった。また前頚部や肩の周辺にも複数の石のような物質が見られるので、切開した後、見つけた物が順次取り除くとのことだった。ケロイドになったスニールの顔や体を見ると胸が痛むが、実際にレントゲンに写る大きな金属片の陰影を見ると、言葉に詰まってしまった。

その後、スニールを連れて施設へ戻り、明日の手術について施設長に伝えた。明日は病院へ来られない母親の変わりに施設長が病院へ同行することが決まった。明日の手術が全て上手く行くことを祈りながら、スニールに手を振った。




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2005年06月01日

ケナフ栽培

6月1日(水)

朝からクリニックで治療。昨日休んだ分、患者さんの数が多く慌しい治療となってしまった。患者さんとゆっくりお話する間もなく、あっという間に時間が過ぎていった。クリニックを閉めた後、大急ぎで中央郵便局へ行き、昨日、送ることが出来なかった郵便物を投函。今回は全部届いて欲しい。

その後、ヒマラヤ小学校へ行き、ヤッギャ校長と共にケナフの種を蒔いたブンガマティ村周辺の学校を訪ねた。先日、種を蒔いたものの、特に公立学校では雑草抜きや水遣りなどの手入れがきちんと出来ているか一抹の不安があった。

実際に学校を訪ねて見ると、なんと、どの学校でも子供達が一生懸命手入れをしていた。不安だった公立学校でも、選ばれた10名の児童が汗を流しながら手入れをしていた。僕らに気づいた子供達が汗まみれの顔を光らせながら駆け寄り『昨日、ケナフの芽が出たよ〜』と教えてくれた。子供達がケナフに関心を持っていることが実感でき、とても嬉しかった。

ケナフは学校の教材としても、とても有効な植物だ。昨年、ヒマラヤ小学校でケナフ観察を行った時も、子どもたちは、日々、大きな生長を続けるケナフに驚き、またケナフ観察を通して自然の不思議さを大いに学ぶことが出来た。ネパールでは観察授業がほとんど行われていないだけに、ぜひ教材としてケナフを活用して欲しいと考えている。

その後、障害者施設にいるスニールを訪ねた。スニールは半年前に村で遊んでいたところ、ゲリラの仕掛けた爆弾が爆発し、その影響で失明した。今も石や破片が体内に残っている。不運としか言いようの無い不条理な事件によって、スニールは心にも大きな傷を負っている。それでも施設での生活を通して、少しずつ元気を取り戻している。

施設を訪ねたとき、スニールは相変わらず大好きな歌を無邪気に歌っていた。今回、カトマンズになる子供病院の先生の協力で、破片の摘出手術をすることになった。泣き虫のスニールに、手術で泣かなかったら好物のサモサ(ジャガイモを油で揚げたもの)をあげるねと伝えると、『絶対泣かないよ』と、自慢げな表情で応えていた。無邪気なスニールを見るにつけ、少しでもスニールの力になれたらと思う。


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2005年05月31日

土起こし

5月31日(火)

朝、クリニックを休んで、溜まっていた雑用を一気に済ませた。いつも雑用を貯めては一気に片付けている。惰性はなかなか断ち切ることが出来ない。

昼からヒマラヤ小学校を訪ねた。今日はヒマラヤ小学校でケナフの種蒔きが予定されていたので、学校へ着くと直ぐに鍬を手に土を起こした。強い日差しが照りつける中、たっぷりと汗をかきながら行う土いじりはとても気持ちよかった。途中から子供達も参加、皆ではびこる雑草を刈り取った。

なんとか午後4時までに畝が出来上がり子供達全員でケナフの種を蒔いた。在校生にはすっかりお馴染みのケナフ。在校生達がケナフを知らない新入生に向って『こ〜んなに大きくなるんだよ〜』などと、ケナフのことを説明している姿が可愛らしかった。今年もケナフの生長に驚く子ども達の姿が見られると思うと、今からとても楽しみだ。

夕方、往診を済ませた後、あすなろ食堂で食事をした。久しぶりに客室での食事だったが、どの料理も美味しかった。開店当時から一定の味を保ち続けているということは、スミさん達の日々の努力の結果だと思う。スミさんに美味しかったと伝えると、恥ずかしそうに微笑んでいた。これからも頑張って欲しい。


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2005年05月30日

郵便事情

5月30日(月)

4月中旬に支援者の方へお送りした手紙が、未だ届いていないとの報せがあった。一瞬『えっ』と、耳を疑ったが、直ぐに『またか〜』と、ため息が出てしまった。以前に比べて随分改善はされたものの、依然としてネパールの郵便事情は悪い。過去、何度も郵便物の紛失が起こり、がっかりさせられた事があった。支援者の方々への感謝の気持ちや、子供達が頑張っている様子は、筆舌では決して尽くせない。駄文ではあるものの、何とか気持ちをお伝えできればと書いた手紙だけに、きちんと届けて欲しい。

昼からヒマラヤ小学校を訪問。順調に進んでいた2階校舎建設も、折からの雨不足の影響で中断気味となっている。漆喰を塗る作業には大量の水が必要だが、数日前からまったく水が出ていない状態が続いている。仕方なく給水車で水を購入して作業を進めていたが、水を買いながら作業を進めていたのでは費用が高くついてしまい、他の工事にも影響を及ぼしてしまう。今日は関係者が集まり、今後の工事について話し合った。何とか雨が降ることを願っている。



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2005年05月29日

多忙な一日

5月29日(日)

今日は慌しい一日となった。朝、簡易的に飲料水を作る活動をしている団体を訪問。簡単な作業で大きな効果がある事が分かり、ぜひブンガマティ村周辺でも普及させたいと思った。その後、環境ジャーナリスト協会を訪ね、ケナフ会議への協力を要請。今後、詳細を進めていくことで纏まった。その後、ケナフ会議の会場を訪問。会場の視察やケータリング等について打ち合わせ。

昼過ぎにヤッギャ校長とブンガマティの隣村コカナ村へ。コカナ村にある公立学校で午後2時からケナフの説明と学生による種蒔きを行った。公立学校では植物観察のような活動が行われていないため子供達は戸惑い気味だったが、ケナフにはとても興味を持ったようだった。ネパールでは公立学校の先生の批判を良く耳にするが、公立学校を訪ねるとその理由が良く分かる気がする。

4時からはブンガマティ村にある私立校での説明会と種蒔きを行った。学校側の全面的な協力もあり、とても良い形で種まきを終えることが出来た。参加した学生からケナフについて様々な質問を受け、関心の高さがうかがえた。

その後、ヒマラヤ小学校へ戻った。昼、給水車の故障で漆喰を塗る作業が中断していたが、今度は電気がショートしてしまい、水を汲み上げることが出来ない状態になっていていた。結局、修復までに長時間かかり、午後8時前にようやく水の汲み上げが始まった。度重なるネパールらしい問題に思わず呆れてしまった。

今日は慌しくも、ケナフの観察活動が2校で始まり安心した。未だ6校での活動が残っているが、一生懸命頑張りたい。


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2005年05月28日

ケナフ会議

5月28日(土)

今日は朝の内に往診治療を済ませ、昼から奨学生達を集めて名画鑑賞会を行った。今日の映画は『大脱走』(ジョン・スタージェス監督)。30年以上前の映画だが、ジェームス・コバーン、チャールズ・ブロンソン、スティーヴ・マックイーンなどの名優の演技が光っていた。やはり名画は何度見ても面白い。子供達からも楽しかったと評判が良かった。次回は同じ俳優が出演している『荒野の7人』を予定している。

午後4時から環境活動に取り組んでいるサダナ、ヤッギャ校長、そしてジャイカ研修生同窓会の知人と会い、今年予定しているケナフ会議について話し合った。有意義な意見が交わされ実り多いミーティングとなった。今回、ヒマラヤ青少年育英会として初めて国際会議を主催するため不安も多いが、サダナさんやヤッギャ校長、また周囲の方々の協力はとてもありがたい。プログラムの作成、会場の準備、子ども達によるケナフ観察など、やるべき事は山積しているが一歩ずつ着実に進めていきたい。

今日は嬉しいニュースが一つあった。サダナが10月に開催される『国連環境プログラム』の国際会議にネパール代表として参加することとなった。サダナは大変聡明な学生で、まだ17歳という若さだが、2001年には西宮市で開催された『アジア太平洋こども環境会議』にもネパール代表として参加した実力の持ち主だ。またコツコツと努力を重ねる努力家でもある。今回、サダナが大きな機会を得たこと本当に嬉しく思う。実力に奢らず直向に努力を重ねているサダナを見ていると、本当にいろんな事を教えられる。ぜひ頑張って欲しい。





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2005年05月27日

教室

5月27日(金)

朝からヒマラヤ小学校を訪問。今日から職員室が教室として子供達に開放された。2階校舎の建設は順調に進んでいるものの、建材不足による出足の遅れが響いてしまい、結局、新学期までに竣工させる事ができなかった。新学期以降、幼稚園の2クラスが一緒に一つの教室を使っているが、唯でさえ落ち着きの無い園児達を前に2つの異なる授業をする事は容易な事ではない。先週から2階校舎の漆喰作業が始まったことを受け、来週、暫定的に職員室を2階へ移動させることが決まり、今日から1階職員室の開放が始まった。今日から各クラス単独の授業が行われ、子供達も集中して授業を受けていた。

昼からは栄養摂取プログラムが始まった。開校当初からずっと実現したいと思っていたので、今日は大きな一歩となった。今後、専門家の人たちとも相談しながら意義ある活動にしたいと思う。子供達が嬉しそうに卵を食べている姿が印象的だった。

先月から空手を習っている1年生のラケシュに道着が贈られた。空手を習い始めて1ヶ月、ラケシュは随分、明るい性格になった。声も出るようになり友達も出来たようだ。空手を続ける中で多くの事を学んで欲しいと思う。

夜は知人の娘さんの誕生会に参加。ヒマラヤ小学校の子供達と同じ年齢くらいの子供達が沢山いて、こちらも賑やかだった。調子に乗って子供達と遊んでいると、くたくたに疲れてしまった。

ヒマラヤ小学校通信ケナフ通信を更新しました。ぜひご覧ください。


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2005年05月26日

ダンス三昧

5月26日(木)
朝、雑用を済ませた後、中央郵便局へ行った。今日は人が少なかったため知人の手を借りなくてもあっという間に手続きが終わった。

往診を2件済ませた後、ヒマラヤ小学校を訪ね、27日(金曜日)に予定している栄養摂取プログラムについて打ち合わせを行った。第一回目は『牛乳と卵』になりそうだ。ネパールの子ども達、特に村に暮らす貧しい子ども達の栄養状態は悪い。そのため年齢に比べて体が小さい場合が多い。今回の栄養摂取プログラムを通して、村の人々に何らかの提案が出来ればと思う。

子供達を連れて近くの高台まで散歩に出かけた。高台から眺める一望千里の麦畑も収穫期を迎え、農家の人々が農作業に追われていた。ネパールはもう直ぐ田植えの時期を迎える。

夕方、昨日に引き続きブンガマティ村の寺小屋(隻手薬師教室)を訪ねた。どの子供達もつぶらな瞳を輝かせながら一生懸命勉強していた。その後、子供達がどうしても新しく覚えた(自分達で創作した)ダンスを見て欲しいと言いはじめ、急遽、子ども達のダンス大会が始まった。ただでさえ暑い部屋の中で子供達は汗びっしょりになりながら、夢中で踊りを踊っていた。子供達にとって自分達の踊りを誰かに見て貰う事が、一番嬉しいことなのだと思う。結局、子供達は15曲もの歌に合せて踊ったが、まったく疲れていない様子だった。見ている僕とシャム先生は子ども達の元気さに、ただただ唖然としていた。

夕方からは『あすなろ食堂 』で食事をして、往診に出かけた。往診先では患者さんとの楽しい会話が弾み、楽しい時間を過ごすことが出来た。



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2005年05月25日

暑い一日

5月25日(水)
朝からクリニックで治療。今日は大勢の患者さんがクリニックを訪れ大忙しだった。ネパールでの治療活動では衛生面を考慮して使い捨ての鍼を使っている。ネパールでは入手できないため、毎年1〜2度の帰国した折に大量に購入している。昨年11月に帰国した折にも大量の鍼を購入して来たが、そろそろ底をつきそうな状態になってしまった。今日のような感じで患者さんに来られたら、一ヶ月も持たないと思う。なんとか対策を講じなければ。

クリニックでの治療を終えた後、ヒマラヤ小学校を訪ねた。強い日差しが照りつける暑さの中でも子供達は元気いっぱいだ。汗で顔を光らせながらボールで遊んだり、鬼ごっこをしたりと天真爛漫だ。ただただ感心してしまう。

その後、ブンガマティ村周辺でケナフ栽培と観察をする事が決まった2校をヤッギャ校長と訪ねた。両校共に観察をする生徒も決まり、いよいよ日曜日に種を蒔く事が決まった。特にジョティ学校は校長先生のケナフへの関心も高く、積極的に取り組んでくれていてありがたい。ぜひ今年はネパールでのケナフプロジェクトを一歩前進できるよう頑張りたい。

夕方からブンガマティ村にある新しい寺子屋(小川教室)を訪問した。子供達もすっかり慣れて来たようで安心した。担当のサンギャさんもダンス教室を始めるなど、面白い企画をどんどん打ち出してくれている。今後がとても楽しみだ。サンギャさんは将来、女子学校を開いて校長として活躍したいという大きな志を持っている。寺子屋では予算の範囲内で尚且つ、子ども達のために役立つことであれば、何でも出来るような仕組みにしている。ぜひサンギャさんの若さ溢れるアイデアで、楽しい寺子屋を築いて欲しいと思う。

ヒマラヤ小学校通信を更新しました



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2005年05月24日

奨学生紹介

5月24日(火)
朝、里親教育基金の資料整理を行った。子度達の資料に目を通していると、奨学生一人ひとりの事をぜひホームページの中で紹介したいと思った。何とか子ども達の直面している現状や頑張っている姿を皆さんにご紹介できればと思う。

その後、2件の往診を済ませた後、ヒマラヤ小学校へ行った。2階校舎も竣工に向けて順調に進んでいる様子で安心した。建設委員会の責任者でもあるヤッギャ校長と一緒に工事に問題点がないか確認作業を行った。一部、何ともネパールらしい部分もあるが、どれも修正が効くようなので特に問題はなかった。

夕方、スミさんのあすなろ食堂を訪ねたが、丁度、事故で真っ黒になったキッチンの塗装作業が終わったばかりで、今日は休みとのことだった。お腹を空かせたまま、友人と久しぶりにカトマンズの蕎麦屋さんへ行った。蕎麦は僕の好物の一つなので食べた後、すっかり元気が出た。

友人を送った後、奨学生宅を訪ねた。昨日から何度も電話が掛っていたので心配して訪ねて見ると、近所のお姉さんから教わったという『麦わらアート』が完成したので僕にプレゼントしたいとの事だった。少々、形は崩れていても奨学生が一生懸命作った麦わらアート。思いがけないプレゼントをとても嬉しく思った。早速、クリニックに飾ろうと思う。



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2005年05月23日

ストリートチルドレン

5月23日(月)

今日は仏陀生誕の日、所謂『花祭り』でネパールは休みだった。日本での『花祭り』は、地域でささやかに開催される程度だと思うが、(間違っているかも知れません。)仏陀生誕の地(ルンビ二)であるネパールでは、カトマンズ市内の仏教寺院を中心に、どこも花祭りを祝う参拝客で賑わっていた。

賑わいの傍では沢山のストリートチルドレンの子供達が物乞いをしていた。こうした物乞いをする子ども達の数は以前よりも間違いなく増えたような気がする。

普段、プラスティクを集めて生活しているストリートチルドレンの子供達の寝床は、主としてゴミ置き場だ。ゴミの分別習慣のないネパールでは、割れ瓶も生ゴミと一緒に運ばれてくる。そのため足を切って破傷風になる子や、耳にゴキブリが侵入し卵を産み付けられる子など、彼らは常に危険がいっぱいの中で生活している。しかし少しでも多くのプラスティクを集めるためには、ゴミ置き場で生活する必要があるそうだ。

以前、ストリートチルドレンの子ども達を対象にした医療キャンプに参加した事が何度かあるが、どの子供達もなかなか心を開こうとしなかった。

ストリートチルドレンの子ども達の多くは、以前カトマンズ周辺の工場やレストランで児童労働者として働いていたものの、酷い労働環境に耐えられず逃げ出してきたそうだ。工場主などから酷い仕打ちを受けた事で人間不信になっているのかもしれない。

報告によるとネパールには現在、児童労働者が260万人いるそうだ。本来ならば学校へ通って勉強する時期に労働者として働いている子供達。なんとも胸の痛くなる現状だ。

華やかな祭りの傍で悲しそうな顔をしているストリートチルドレンの子供達を見ていると、いろんなことを考えさせられた。










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2005年05月22日

クラス写真

5月22日 日曜日

朝からヒマラヤ小学校へ行きクラス写真の撮影を行った。天候も良く絶好の撮影日和だったが、幼稚園クラスを中心にあっちを向いたりこっちを向いたりと落ち着かず、顔をカメラの方へ向けさせる事に終始苦労した。合計100枚近くの全校写真を撮ったものの、全員がカメラの方(正面)を向いている写真は結局一枚も無かった。

その後、一旦カトマンズへ行き雑用を済ませた後、家で資料の整理に追われた。積み上げられた資料を一枚ずつ確認していく作業は、なんとも苦手な作業だ。ようやく半分を終えた頃には4時半を過ぎていた。今日は午後5時からヤッギャ校長と共に新しく里親教育基金で支援する子供の家の訪問と、2階校舎建設の報告を受ける予定だったので、急いでブンガマティ村へ行った。

新しく支援が決まった子は13歳のアヌーという女の子だった。4人姉妹の次女で大人しい性格の子だった。支援がなければ、今年、小学校を中退することになっていたという。そんな話を聞いて、ささやかながらも就学支援ができて本当に良かったと思った。

2階校舎建設の報告を受けた後、ヤッギャ校長から資料を渡された。資料は幼稚園クラスの担任マナさんとヤムナさんのために作成された教育ガイドラインだった。ヤッギャ校長はマナさんから良く相談を受けるらしい。まだ教員経験1ヶ月余りのマナさんには分からない事だらけだろう。今回、なんとかマナさんが持っている能力を十分に発揮して欲しいと、ヤッギャ校長が何日も掛けてガイドラインを纏めたそうだ。

開校1年のヒマラヤ小学校が予想以上に大きな成果を挙げられたのも、ヤッギャ校長の尽力によるものが大きい。ヤッギャ校長は先生達がお互いに何でも相談でき、また何事にも挑戦できる風通しの良い職場を作りあげた。また何時も若い先生を励まし、正しい方向へと導いてきた。マナさんも今回のガイドラインで仕事がとても遣りやすくなると思う。それ以上にヤッギャ校長のような理解ある上司がいることで、安心して自分の授業に集中することが出来ると思う。

今日は部下のために素晴らしいガイドラインを作成したヤッギャ先生の熱意に改めて感心した。

ヒマラヤ小学校通信を更新しました。どうぞご覧ください。

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2005年05月21日

マチェンドラナート伝説

朝、往診を終えた後にカトマンズ市内の本屋さんを訪ね、マチェンドラナートの伝説に関する本を購入した。先日、ヤッギャ校長から頂いた資料を翻訳した事がきっかけで、マチェンドラナートに関する故事来歴をもう少し知りたくなった。

どの本も書かれてから30年近く経っている古い本だが、未だに売られているという事は愛読者が多い証拠なのかも知れない。内容は大筋で似ていたものの、細かい点が少し違っていた。もちろん伝説だから内容が異なって当然だと思うし、その違いがまたマチェンドラナートを面白くしているようにも思う。時間を作ってぜひ他の本も熟読玩味してみたい。伝説が分かると祭りも断然面白くなってくる。

夕方から再び往診に出かけた。どの患者さんも痛みが少し治まった様で随分喜んでくれた。患者さんに喜んで貰える事が僕にとって一番の励みだ。明日も頑張りたい。

2階校舎アーカイブスを更新しました。


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2005年05月20日

ドゥルガとラクシミ

朝、あすなろ食堂のスミトラさんから電話があり、昨夜、あすなろ食堂のキッチンで問題が起こったと怯えた声で連絡があった。往診をキャンセルし急いで『あすなろ食堂 』へ行って見ると、キッチンの天井と壁が真っ黒になっていた。

スミさんの話によれば、昨夜、直ぐに戻ってくるからと、ガスを消さないまま出来上がった料理を1階に運んだところ、1階にいた常連のお客さんとの会話が弾み、すっかりガスの事を忘れてしまったとの事だった。気がついてキッチンへ戻ると油を入れた鍋から黒煙が昇り、部屋中に充満していたらしい。閉店間際だったためキッチンの窓を閉めていた事も災いしたようだ。幸いにも濡らした布切れをガスパイプに巻いていたため引火せずに済んだが、下手をすれば大惨事にもなりかねない恐ろしい事故だ。

好事魔多し、開店から3ヶ月の気の緩みが事故の一番の原因だと思う。これまで多くの人に支えて頂き、少しずつ社会の一員としての自覚を持ち始めたスミさん達。今回の事故を猛省し、気を引き締め直して頑張って欲しいと思う。涙を流しながら何度も謝るスミさん。彼女の素直な心なら、きっと乗り越えられると確信している。

11時にヒマラヤ小学校を訪問。今日はクラス写真を撮る予定だったが、祭りの影響で欠席者がいたため、後日、日を改めて撮ることになった。その後、急いでカトマンズへ行き雑用を済ませた。何とか雑用を済ませた後、再びヒマラヤ小学校へ戻った。ヤッギャ校長とブンガマティ村周辺の学校を訪ね、ケナフの観察記録帳の配布を行った。どの学校もケナフに興味があるようで、これからの活動がとても楽しみだ。

夕方、寺子屋を訪ねた。寺子屋に通っている12歳の女の子ラクシミが、日本人の方の暖かいご支援で今年から学校へ通える事となった。ラクシミは貧困により3年生で学校を中退したが、どうしても就学の夢を諦めることが出来ず、昨年開校した寺子屋へ熱心に通っていた。

今年から4年生に復学したラクシミに学校生活について訪ねると、活き活きした表情で『とっても楽しい』との返事が返ってきた。同じクラスには、やはり今年から『里親教育基金』の支援を受けたラクシミの姉のドゥルガ(15)も学んでいる。

ネパールでは多くの女性が幼い内に幼児結婚を強いられる。ただでさえ教育を受ける機会の少ない女性が幼い内に結婚すると、教育を受ける機会を完全に失ってしまう。その結果、夫から自立出来なかったり、保健衛生の知識を得られなかったりする。ラクシミの母親も幼い内に結婚したため、教育を受けていない。夫は酒飲みで、家族の面倒を見ることが出来ず蒸発したそうだ。

ラクシミの母親は早朝から夜遅くまで絨毯工場で働いているが、5人の娘を学校へ送るだけの経済的な余裕はない。ドゥルガとラクシミの就学支援の話をした時、母親は涙を浮かべて喜んでいた。教育の大切さを理解している母親がいることはドゥルガとラクシミにとって、とても心強い。2人には母親の気持ちに沿うよう頑張って欲しいと思う。


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2005年05月19日

コーナー延長

朝、中央郵便局へ出かけた。今日も知人に手伝ってもらい、あっという間に沢山の手紙を送る事が出来た。ネパール語で知人の事を『チネコマンチェ』、もっと近い間柄だと『アフノマンチェ 』という。どちらもネパールで生活していく上ではとても大事な存在で、仕事の能率を大きく左右する。知人の協力に感謝。

昨年から某新聞にネパールでの活動について連載させて頂いているが、このたびコーナーの延長が内定したとの嬉しいお知らせを頂いた。ネパールの事を紹介できる貴重な機会を頂き、とても嬉しい。子ども達が直面する窮状や直向に生きる姿など、とても筆舌では尽くせないものがあるが、少しでも現状をお伝えできるように頑張りたいと思う。

昼過ぎから往診を2件済ませた後、スミさんに頼まれ『あすなろ食堂 』の買い物へ出かけ、料理用の日本酒などを購入した。ついでの自分の物も買い物したが、『冬虫夏草茶』という最近販売されたばかりのお茶を見つけたので思わず購入した。早速、家へ帰り飲んで見ると、少し泥臭さのあるものの飲みやすいお茶だった。どれだけ冬虫夏草が入っているか分からないが、体力向上に少しでも役立てば嬉しい。

夜、レストランを訪問。昨日から始まったタイ料理を注文。昨日の試食品よりも美味しかった。人気が出るといいなぁ。スミさんによると来週は新しいメニューが数点出るそうで今から楽しみだ。

その後、奨学生の家を訪ね、学校生活などを雑談。どの子供たちも楽しく学校へ通っているようで安心した。


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2005年05月18日

楽しい学校

朝、クリニックで治療。『マチェンドラナート祭り』の影響で患者さんの数はとても少なかった。治療を終えた後、クリニックの窓から見えるマチェンドラナートの山車をゆっくり観察した。今年は去年と違い、上手く動いている模様。

ネパールに暮らし始めた頃、ネパールの人々が何よりも祭りを優先する習慣にはなかなか馴染めなかった。時間に遅れたり、約束を平気で破っても『今日は祭りだから』と、一言で片付けられ参ってしまったことが何度もあった。

時間も経過するにしたがい、ネパール社会の事が少しずつ分かるようになると、そんな習慣も理解出来るようになってきた。今では、のんびりしたところがネパールの一番の長所だと思っている。

昼からヒマラヤ小学校を訪ねた。放課後、なかなか家へ帰ろうとしない子供たちとボールで遊んだ。遊び終えた後、汗だくになって顔を光らせていた子供たちに、学校について尋ねてみると、皆一様に『楽しい』との返事が返ってきた。友達がいること、先生が優しいこと、勉強ができることなど、理由は様々だが、子供達が学校を『楽しい』と感じていることはとても嬉しい。

子供たちを送った後、宿直のモンゴル先生とゆっくり話をしたが、モンゴル先生も学校はとても楽しいと話していた。働く側にとっても『楽しい』場所であることは、学校が上手くいっている証拠だと思う。

先生と子供たちがお互いに『楽しい』と思える学校。これが学校つくりの基本だと思う。これからも一丸となって『楽しい』学校作りを進めていきたい。




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2005年05月17日

日本語学校

朝、ネパール語の勉強。今日は別の祭りに関する資料を翻訳した。普段、決して使わないような単語を果たして覚える必要があるのか?という迷いもあったが、やはり覚えていた方が得だと思い必死になって暗記した。

昼からは、日本語を習いたいというSLCを終えた奨学生を連れ、パタンとカトマンズの日本語学校を訪ねた。

今日訪ねたのは3校だけだったが、どの学校でも学生が必死になって日本語を勉強している姿には感心した。日本語を習う学生のほとんどは、きっと生活のために日本語を勉強しているのだと思う。高い授業料を払って勉強するのだから、必死になる理由もよく分かる。

カトマンズ市内の日本語学校を訪問した後、馴染みのDVD屋さんを訪問。今日はフレデリック・フォーサイト原作の『ジャッカルの日』(フレッド・ジンネマン監督)を購入した。30年以上も前の映画。高校生の頃にNHKの衛星名画劇場で夢中になって鑑賞した記憶がある。原作者の作家フレデリック・フォーサイトさんにも10年ほど前、確か東京の丸善で行われたサイン会でお目にかかった事がある。ぜひ週末に時間を作って、じっくり鑑賞したいと思う。

夕方からは往診で忙しかった。クリニックでの治療よりも往診治療の方が時間的な余裕もがあるので好きなのだが、今日のように大雨が降ると往診はとても難しい。今日は雨合羽を着てもびしょ濡れになってしまった。


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2005年05月16日

制服

朝、2件の往診を済ませた後、ヒマラヤ小学校へ行った。支援者の方々にニュースレターやホームページを通して、新入生の制服支援をお願いしたところ、愛媛県の方から10名分のご支援を頂くこととなった。大変ありがたく感謝の気持ちでいっぱいだ。

今年は24名の子供達が就学の夢を叶えた。学校へ通える事が、子供たちにとって一番の喜びだが、制服は子供たちの憧れであり、制服を着られる事は子供たちの楽しみの一つだ。また制服は子供たちに就学の自覚を促したり、士気を高める役目があると思う。今日は早速、新入生全員のサイズを測った。制服への期待が高まったのか、子供たちはとても嬉しそうな表情をしていた。

昨年は6月の開校式典前日に子供たちへ制服を配布した。初めて制服に袖を通した子供たちが、とても照れくさそうにしていた事を今でも鮮明に覚えている。今ではすっかり継ぎ接ぎだらけとなった在校生の制服(特に男子児童)だが、これも元気さの勲章だと思う。新入生全員の制服が用意出来るまでには今しばらく時間が掛かると思うが、子供たちの喜ぶ表情が見られると思うと今からとても楽しみだ。

夕方、5年前から個人的に支援を続けている小学校を訪ねた。今年もささやかではあるが、新入生全員に制服と学用品を寄贈することが決まった。普段、硬貨を持ち歩くのが嫌で、手にした硬貨(1、2、5ルピー)は全て貯金箱の中へ入れている。ほぼ毎日のように貯めていると、毎年、子供たちの支援が出来るくらいの金額になる。小銭も馬鹿には出来ない。

夜は数名の奨学生宅を訪ねた。何時もながら、どの奨学生も厳しい現状を抱えながら生きている事を実感する。何不自由なく豊かな時代に育った僕達には、けっして真似など出来ない生活だ。そんな環境の中でも子供たちからは何時も笑顔が溢れている。子供たちから学ぶことは多い。



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2005年05月15日

サビットリさんの幸福

朝、早く起きてホームページを作成。先週はまったく更新する事が出来ず、ホームページを通して子供たちの成長を楽しみにして下さっている皆さんにご迷惑を掛けてしまった。僕自身が見る側に立った場合、ホームページが暫く更新されていないと、見る気を失ってしまうと思う。見て下さっている皆さんに、少しでも子供達の成長をお伝えできるよう頑張りたい。

午前9時からネパール語の授業を受けた。今日は特別に、先日ヤッギャ校長から頂いた『ボトジャトラ祭り』の由来に関する資料(ヤッギャ校長が纏めたもの)を翻訳した。興味深い内容だったので、楽しみながら翻訳する事が出来た。カトマンズに伝わる伝説はとても多く、どれも奥深いものがある。伝説を調べるだけでも、一生飽きないだろうなぁと思う。

昼からヒマラヤ小学校を訪問した。2階校舎の屋根に流したコンクリートも乾き、今日から作業が再開した。完成まであと少しだ。工事の担当者には、遅れを取り戻すため急いで作業を進めるのではなく、一つひとつの作業をしっかり行い綺麗に作るようお願いした。

夕方から、先日結婚したサビットリさんとご主人を呼んで、パタン市内のレストランでささやかな食事会を開催した。すっかり主婦らしくなったサビットリさんをスミさん達と一緒に冷やかし、楽しい時間を過ごすことが出来た。

サビットリさんの結婚相手は誠実そうなと好青年でとても好感が持てた。サビットリさんは結婚するまで相手の顔すら見たことがなかったそうだが、相手の家族も親切で、とても幸せだと嬉しそうに話していた。本当に良かった。末永く幸せになって欲しい。

ホームページ更新しました。ぜひご覧ください。








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2005年05月14日

ピクニック

今日は子供たち待望のピクニック。朝8時に集合して、ラリットプール南部のゴダヴァリ村へ向け出発した。今日は天気も良く、絶好のピクニック日和となった。チャーターしたバスとは別に、車酔いする子供を乗せバイクで現地へ向った。

途中の村々では収穫したばかりの麦を脱穀するため、麦を道端に敷く作業が行われていた。ネパールでは脱穀機などなく、こうして麦を道端に並べ車に轢かせて脱穀する。綺麗に並んだ麦の轍は、毎年、お馴染みの光景だ。

今年のピクニックには90名の子供たちが参加した。どうしても山の上に暮らす子供たちには参加が難しく、毎年の悩みの種となっている。それでも今年は、山の村からも大勢の子供達が参加してくれた。

ピクニックはそれぞれの自己紹介から始まった。子供たちは行きのバスの中で既に歌を歌うなど打ち解けていたようで、和気藹々とした雰囲気で進んだ。

その後はボール遊びやダンス、そして壺割りゲームなど、日常の厳しい現状を忘れ、子供たちは存分にピクニックを楽しんだ様子だった。

丁度、お腹も空いた頃、ヤッギャ先生、奥さん、モンゴル先生、そして里親教育基金の奨学生らが作った美味しい昼ごはんを食べた。新緑の木々から差す木漏れ日がとても心地よく何時もに増して食欲が沸いた。

実は僕も料理担当だったのだが、子供たちから顔見世のパンダのように引っ張られ、結局、人参の皮を何本か剥くだけで終わってしまった。その後は先生たちも加わり皆で歌を歌ったり、それぞれ特技を披露したりと、終始、笑いが耐えなかった。

あっという間に終わったピクニック。疲れをしらない子供たちは帰りのバスの中でも歌を歌い続け、最後までとても賑やかだった。

こうして年に1回、子供達が集まり、お互いの友情を深めることはとても大切な事だと思う。お互いが支えあい、励ましあう事で、きっと大きな力が生まれてくると思う。

子供たちには、どんなに辛い時でも一片の氷心を胸に抱き、未来に大きな希望を持って生きて欲しいと思う。

今日はとても楽しい一日となりました。










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