重要なお知らせ

吉岡大祐のヒマラヤ活動日記 へご訪問いただきありがとうございます。 奨学生ならびに学校宛の手紙は普通郵便に限ります。受け取り手続きが必要なEMS(国際スピード郵便)や国際書留郵便、その他、DHL,OCS,FEDEXなど国際宅急便の利用はお断りしております。また物資による支援は自立を目指す学校の教育方針および関税等の問題から全てお断りしてます。どうかあしからずご了承ください。 今後ともよろしくお願いいたします。

当ブログはしばらくの間、不定期となります。 この間、メイルへの返信等、大幅に遅れる場合があります。ご了承下さい。お問い合わせ先:info@ikueikai.org

2005年04月28日

楽しく夢のある教育

朝、雑用を済ませた後、昼過ぎにヒマラヤ小学校へ行った。ブンガマティ村周辺に広がる麦畑が、雨上がりの澄み渡った青空に冴えて綺麗だった。

ヒマラヤ小学校ではモンゴル先生が、先日チョラ・チョリの皆さんにご指導いただいたリンゴを使った算数の授業を繰り返し行っていた。特に勉強の不得手なビッケーやインドゥ達が積極的に授業に参加している様子には驚いたが、それだけ大きな成果が上がっているという事だと思う。子供達の反応に大きな手応えを感じてか、授業の後モンゴル先生が『もっと早くからやっていれば良かったなぁ』と嬉しそうに話していた。

ヤッギャ校長もモンゴル先生も教育現場での経験は短い。他の先生達はまったくの無経験だ。教育現場での常識に染まっていないため柔軟性がある分、技術や知識といった面では少し課題が残るかもしれない。その部分を上手く補っているのが、日本の先生達やボランティアの皆さんから頂く様々なアイデアだ。

日本の先生達やボランティアの皆さんから頂くアイデアはどれも素晴らしく、先生達にとって大きな学びの収穫となっている。また是々非々主義のヤッギャ校長は、子供達のためになる事は直ぐ実行する行動力の持ち主だ。僕の知る限り、今まで頂いたアドバイスは100%実行している。そして大きな成果を得ている。

ネパールでは10年生を終えた後に行われる全国統一卒業認定試験『SLC』のため、暗記を中心とした授業が多い。今後、工業国を目指しているネパール政府は、画一的な労働力を作り上げることに重点を置いているのかもしれない。そのため子供達の夢や創造力を育てるカリキュラムはとても少ないのが現状だ。

ヒマラヤ小学校を開校する前、日本の素晴らしい教育システムを取り入れ、楽しく夢のある教育を目指そうと皆で話し合った。もちろん日本の教育現場でも様々な問題を抱えていることを耳にするが、日本の教育は技術面から教材に至るまでどれも素晴らしく、子供達は常に楽しく学べる環境にあると思う。そんな『楽しく、夢のある教育』を取り入れ、貧しさに負けない逞しい子供達を育てたい、これが僕達の必死の願いだ。

何かを作ったり、物をあげたりすることだけが支援ではないと思う。大切なのはむしろ、技術や知識といったソフト面であり、ネパール人の多くも日本人の知識や技術、そして優しさを求めているように思う。

日本の教育の長所と短所、それぞれから多くを学び、ネパールの教育に役立てることが大事だと思う。今後、ヒマラヤ小学校で実行し、成果を得たことを情報として発信し、ネパール全体に広げていきたいと思う。それこそが学校を開校した意義だと思う。



hsf at 03:37|Permalink

2005年04月27日

雄大な自然

4月も終わりに近づき、ジャカランダの花が咲き始めた。僕がネパールに暮らし始めた頃、丁度リングロードのジャカランダが満開だったこともあり、ジャカランダの花を見ると感慨を覚える。

ヒマラヤ小学校の2階校舎建設も大詰めに入り、いよいよ来週から屋根の建設工事が始まる。先生達と一緒に屋上部分の型枠の上に登ってみると、ブンガマティ村はもちろんチョバールからソヤンブナートまでが一望できた。今日は残念ながら雲に隠れてヒマラヤを見ることは出来なかったが、冬には遠くヒマラヤまで見渡すことが出来る。こんな素晴らしい環境で学校を開校出来たことは本当に幸運だったと思う。

世塵を避けるようにヒマラヤ小学校へ足繁く通う僕を見て、『よく続くね〜』と、知人から呆れ顔で言われたことがあった。学校へ通う理由は幾つかあるが、ヒマラヤ小学校周辺の自然が素晴らしいことも大きな理由の一つだと思う。クリニックでの仕事や雑用に追われ精神的に疲れている時など、雄大な自然に囲まれたヒマラヤ小学校で、元気いっぱいの子供達と遊ぶと疲れも吹っ飛んでしまう。

自然も子供達も、人を元気にさせる不思議な力があるように思う。



hsf at 03:34|Permalink

2005年04月26日

心の交流

朝、数名の治療を済ませた後、ヒマラヤ小学校へ直行した。学校に着くと、丁度休み時間中だった子供たちが駆け寄って来て、『鞄を持ってあげる』やら『ヘルメットを持ってあげる』などと言われ、あっという間に手ぶらの状態になり、職員室まで引っ張られた。ヒマラヤ小学校の子供たちの良いところは、この人懐っこさだと思う。

その後、各クラスの写真を撮影した。子供たちの数が増えたため賑やかになった分、写真に収めるのが難しくなった。来年は一体どうなるのだろうか。

その後、チョラ・チョリの皆さんがヒマラヤ小学校を訪問された。丁度、昼休みになったばかりの時だったが、『うぁ〜』という騒ぎ声と共に、子供たちが一気に下まで掛け降りて、チョラ・チョリの皆さんを出迎えた。子供たちは日本のゲストの皆さんとの交流が大好きだ。

その後、チョラ・チョリの皆さんに『算数ゲーム 』に教えていただいた。初めてのゲームに子供たちは瞳を輝かせながら楽しんでいた。算数ゲームは『1+2は? 』との質問に、子供たちが答えの数でグループを作るというゲームだ。数に慣れることはもちろん、新入生との交流にも大いに役立った。

ヤッギャ校長から『像のシッポと人間のシッポ、合わせて幾つ?』との質問に、2人でグループを作っている子供たちがいたりと、終始、笑いの耐えない楽しい時間となった。

ヒマラヤ小学校では、民族、年齢など、全てが異なる子供たちが学んでいる。特にダリットと呼ばれる不可蝕民族に属している子供たちも多い中で、いかに子供たちが学校という一つの環境の中で混一できるかが、大きな課題だと思う。そのためにもゲームなどを通して楽しい時間を過ごし心の交流を深めるながら、お互いに何かを共有することがとても大事だと思う。

今日は新しく教師になったムヌさんもピアニカの指導を受け、一生懸命練習を繰り返していた。今年はぜひ、ご寄贈いただいたピアニカを使って、小さな楽隊を結成したいと思う。その他にも、チョラ・チョリの皆さんから教育指導の面でも貴重なご意見を頂き、先生たちの大きな学びの収穫となった。

こうしてチョラ・チョリの皆さんの豊かな経験と知識をご指導いただくことは、何よりも有難く心強い。小さなアイデア一つで、教育の幅がどんどん広がることを実感した。これから先生たちが、チョラ・チョリの皆さんから学んだ技術や知識をどう活かしていくのか、とても楽しみだ。

先日、入学を果たした障害を持つサシナだが、『友達が3人出来た』と嬉しそうに話していた。サシナはじめ子供たちの喜んでいる姿を見ると、学校を開校できて本当によかったなぁと思う。子供たちの笑顔一つで、今までの小さな苦労などすっかり忘れてしまう。チョラ・チョリの皆さんの『子供たちの笑顔がご褒美』という言葉を、ふと思い出した。













hsf at 23:34|Permalink

2005年04月25日

複雑なネパール事情

先日から学校へ来ていなかった兄妹の内、ようやく長男のジーバンが登校した。兄妹全員でないとはいえ、ヤッギャ校長や先生たちと共に愁眉を開いた。

先日、ヤッギャ校長と共に彼らの家を訪ねた時は、母親から『お金に困っているから、暫く薪拾いを手伝わせたい』と言われ、もう駄目かもしれないと半ば諦め掛けていただけにとても嬉しかった。ヤッギャ校長の必死の説得が母親の心に届いたのかもしれない。

しかし安心してはいられない。未だ幼い妹たちが来ていないことや、同じ集落に暮らす幼稚園クラスのロケンが来ていない事も心配だった。

彼らの集落は教育が著しく遅れている。貧しいこともあるが、未だに親たちの教育への関心が極めて低い現状だ。一時的に子供たちを学校へ送っても、途中で辞めさせるケースが非常に多い。目先の生活に必死な状態で子供たちに教育を受けさせる余裕もなく、ましてや立派な労働者として通用する子供たちを、生活のために利用することは彼らの中では常識なのかもしれない。

心配している矢先、某NGO団体に関する情報が入ってきた。この国際NGOは世界中の様々な貧困国で活動しているが、何でもこのNGOが新たに奨学金を出して、貧しい子供たちを学校へ通わせるとの事だった。一見、とても素晴らしいことのように思えるが、無償教育を実施しているヒマラヤ小学校の子供たちにまで、奨学金を出してやるから他校へ通えと勧誘しているとの事だった。

僕には最初、その意図がよく分からなかった。知人の話では、何でもそのNGOのネパール支部が一人でも多くの子供たちを支援して、成績を本部に見せるためだという。奨学金だけでなく、学用品からバッグや靴、そして昼のおやつまで、何でも支援してくれるそうだ。無償教育を実施しているヒマラヤ小学校では、彼らの『成績 』に反映しないため困るのだという。

事の真意は分からないが、もし事実ならこれほどバカバカしい話はないと思った。教育支援が団体間で『競争』や『見世物』のようになっているのは、とても異常なことだと思う。

ジーバンにその団体から勧誘を受けたか尋ねると、『うん』と答えた。更に同じ集落のロケンが、その団体の支援を受けて他の学校へ転校することもジーバンから聞いた。

ヤッギャ校長の話では、貧しく教育を受けていない親たちの多くは、少しでも多くの物を提供してくれる学校や支援を好み、今回のケースでは『昼のおやつ』が効いているとの事だった。

更にヤッギャ校長は『ロケンがヒマラヤ小学校を辞めたのなら残念だが、引き続き教育を受けられるのなら。。。』と冷静に話していた。ヤッギャ校長は、これまで何度もロケンの家へ通い、ロケンを励ましてきた。ロケンの成長を一番喜んでいただけに、ヤッギャ校長の心中は察するに余りある。

今回の出来事を通して、僕自身が未だこの国のことを十分に理解できていない事を実感した。ささやかではあるが教育支援に携わっている人間として、一体この国には何が必要で、僕に出来る事は何なのか思案に暮れている。


*ヒマラヤ小学校通信を更新しました。ぜひご覧ください











hsf at 23:42|Permalink

2005年04月24日

社会の厳しさ

朝、1件の往診を済ませ、前回に引き続き、奨学生が母親と一緒に作ったアクセサリーを支援者の方にご購入していただく事となり、奨学生と共にタメルへ出かけた。

奨学生は新しく作ったアクセサリーのデザイン(配色)を気に入って頂くか心配だったようで、何度も僕に見せてはデザインについて尋ねて来た。センスのない僕は的確な返事を返すことが出来ず『駄目なら作り直せば良いよ。』とだけ答えた。

結局、支援者の皆さんにデザインを気に入って頂き、用意した分を全てを購入していただくこととなった。薄暗い部屋で夜中までアクセサリーを作っている奨学生親子の努力が実を結び、とても嬉しく思った。

その後、支援者の皆さんと楽しい会話が弾んだ。お話からは沢山のことを学ぶ事が出来、とても有意義な時間となった。

夕方からブンガマティ村に開校した新しい寺子屋を訪ねた。先週末まで33名だった寺子屋は、希望者が60人を既に超えている状態となっていた。子供達の学びへの熱意が伝わってくる。

大雨の中を大急ぎでパタンへ戻り、夕食を食べた。その後、往診へ出かけた。途中、雨宿りのため奨学生宅を訪ねたが、近所の人たちから虐めを受けたようで、奨学生は泣いていた。貧しいことや、父親がいない事をからかわれたらしい。きっと悔しい思いをしたのだと思う。身につまされ、思わず言葉に詰まってしまった。









hsf at 04:19|Permalink

2005年04月23日

新入生サシナ

昨日、凄まじい勢いで雹(ひょう)が降った。雹が降ったのはブンガマティ村などラリットプール南部が中心だった様子。大喜びしている子供達とは対象に、教室の窓締めなどに追われたモンゴル先生と僕は雹の直撃を受けた。

雹が降った後、サシナという13歳の女の子が母親に付き添われて学校を訪ねてきた。サシナは障害を持っている女の子。家庭は貧しく、母親が工場で働きながら生活している。母親は学校で学ぶことで、サシナの障害が回復して欲しいと願っているようだ。なんとかサシナを学校へ通わせたいと訴えていた。

入学期間はとっくに過ぎているため、通常ならば入学許可を出すことはできないが、障害を持ちながらも勉強したいというサシナの強い向学心に、ヤッギャ校長が特別に入学許可を出したいとのことだった。僕としてもヤッギャ校長の考えに大賛成し、早速、サシナの入学の手続きを行った。

手続きが終わり学校を後にするサシナに『学校で何がしたい?』との尋ねると、笑顔いっぱいの表情で『友達を沢山つくって、勉強したい』との答えが返って来た。今後が楽しみだ。

今日は休日だったので、昼まで掃除をするなどゆっくり過ごす。午後から往診へ出かけたが、途中で頭痛が起こったため帰宅する。暫く休んでいると首まで痛くなった。(ズキズキと痛む拍動性の頭痛)痛み止めを飲み、シャワーを浴びると少し痛みが軽減した。こんな病気でない病気には鍼に即効性があると思う。一応、自分で(天柱・風池に)鍼を刺してみた。腕利きの鍼灸師なら一発で治るだろうなぁと思いつつ、自分の腕の悪さを実感した。その後、往診を再開。何とか今日の分、全員の往診を終えることが出来た。


hsf at 23:38|Permalink

2005年04月22日

教科書配布

朝からヒマラヤ小学校へ。今日は新しい教材を配布する日。今まで子供達は、学校に届けられた教科書を何度もこっそり見ようとしては叱られていた。それほど子供達は教科書が配られるのを楽しみにしていたのだ。

まずは在校生へ配布が始まった。古い教科書と引き換えに新しい教科書が配布された。古い教科書の痛み具合も、子供達の性格によって随分と差があることに気付いた。なかなか面白い。ヤッギャ校長が教科書を配るとき、一人ひとりの子供達に異なる励ましの言葉を掛けているのが印象的だった。

教科書を受け取るとき子供達は確認の署名をしなければならない。これは後日、『教科書を貰っていない 』と、文句が出ないようにするためとのことだった。中には子供達から教科書を取り上げ、売ってしまう親もいるそうだ。日本では考えられない話。

ヒマラヤ小学校は無償教育を実践し、制服から学用品に至るまで全てを配布している社会福祉学校だが、子供達に『何でもしてあげるよ』ではなく、そこにはある一定の規則と厳しさが必要だと思う。支援は必要だが、遣り方を間違えれば支援が『当たり前』になってしまう恐れがある。必要なのは、子供達や地域の人たちの自助努力を応援することだと思う。

ヤッギャ校長は、今までネパールに対して多くの支援を頂いているのに、大した成果が上がっていないのは、ネパール人が支援を当たり前と思っているからだ。何でも遣ってもらえて当たり前、あれもない、これもないから、作ってもらって当たり前だと、考えていることが根本的な問題だ、と話している。僕もヤッギャ校長の意見には賛成だ。

ヒマラヤ小学校では使えないくらい短くなった鉛筆と引き換えに、新しい鉛筆を配布している。先日、久しぶりに回収箱を開け子供達から回収された鉛筆を見たが、どれも僅か2センチ程度の鉛筆だった。こういう細かい活動が子供達の意識を変えていくのだろう。『優しさと厳しさ』が上手く噛み合って、初めて本当の支援になるのだと思う。

ホームページ・ヒマラヤ小学校通信4月を更新しました。ぜひご覧ください


hsf at 13:43|Permalink

2005年04月21日

教育勉強会

朝、中央郵便局へ行き雑用を済ませる。その後、クリニックへ行き、先日、時間の都合で治療できなかった3名の患者さんの治療を行った。

昼過ぎ、来週から先生達と始める予定の『ヒマラヤ小学校・教育勉強会』の議題を作成した。教育勉強会といっても硬いものではなく、先生達がお互いに知識や技術を共有し、子供達そして学校のために協力して頑張ろう、というもの。

昨年1年間、先生達と随分話し合いの機会を持つことで、結果的にとても良いチームワークが出来たように思う。今後、更にチームワークの強化を図っていかなければならない。そのためにも教育勉強会を立ち上げ、同じ目標に向かって一緒に勉強していくことが大事だと思う。来週の金曜日に予定している第一回の勉強会では、今後1年の課題を出し合うような会にしたいと考えている。先生たちが働きやすく、仕事に遣り甲斐を感じてもらえるような環境を作っていきたい。

夕方、あすなろ食堂へ寄ってみると、ワグレさんやパートのサリタが外出中で、スミさんがキッチンで一人慌しくしていた。こんな日に限って、お客さんが沢山来たそうで、コロッケも全て売切れだった。一人で慌しく頑張っているスミさんを見かねて、コロッケ作りを手伝った。塩加減にうるさいスミさんから細かい指導を受けながらの作業となった。なかなか面白かった。

その後、ジャイカ研修生同窓会(JAAN)・機関紙編集部の方から、先日、サダナがJAANの機関紙『ミラン』に書いた記事の原稿料が小切手で届いた。急いでサダナの暮らすバクタプールへ小切手を届けに行った。生憎、サダナはボーイ・ガールスカウトの南アジアキャンプへネパール代表として参加しているため留守だったが、サダナの家族とゆっくり話が出来た。僅かな原稿料ではあるものの、サダナが一生懸命書いた記事を評価いただき、とても嬉しい。

サダナは驚くほど聡明で活発な学生だ。時間を惜しんで様々な活動に取り組む姿には、何時も感心させられる。キャンプから帰ったサダナが、目を輝かせながらキャンプについて話をする姿が想像できる。今から楽しみだ。

今日も良い日となりました。





hsf at 13:40|Permalink

2005年04月20日

理解

朝からクリニックで治療。日曜日にパパイヤを頂いた患者さんにお礼を言うと、患者さんから美味しいパパイヤの見分け方を教わった。人それぞれ見分け方の違いはあるが、ネパールの果物はとても美味しい。

今日もクリニックには大勢の患者さんが訪れ賑やかだった。患者さんとの会話も弾み、少しずつだが、目指している『楽しいクリニック』に近づいているような気もする。頑張りたい。

クリニックを終え、そのままヒマラヤ小学校へ直行した。新入生が学校に溶け込んでいるか、特に下の寺子屋から入学した子供達は9人と人数が多く、一緒に固まっているようで心配だった。その他、月曜日から顔を出していない兄妹がいることも気になった。

授業の様子を見ると、新入生が学校の環境に慣れて来ているような感じを受けた。休み時間には在校生達と遊んでいる様子も見られ、まずは一安心。今年度入学した子供達は隣村など随分遠くから通ってくる子が多い。少しずつだが地域の人々のヒマラヤ小学校への理解が深まっているのかもしれない。もしそうだとしたら、とても嬉しいこと。学校の発展に地域の人々の協力は欠かせない。ぜひ、地域の人々の協力が得られるよう、努力を重ねていきたい。

それにしても狭い運動場で子供達が駆け回ると、子供達の数が一気に増えたことを実感する。これから子供達の安全を守る監視がとても大変だと思う。子供達に体を引っ張られ、くたくたになった。

放課後、学校へ来ていない兄妹宅を訪ねた。丁度、幼い兄妹ともに薪を担いで家に帰ってきたところだった。母親に尋ねると、『生活に困っている。暫く薪拾いを手伝わせたい』との返事が返ってきた。ネパールの現状は厳しい。ヤッギャ校長と相談して、暫くの間、様子を見ることにした。

その後、往診治療へ行き、深夜帰宅。
今日は子供達と遊んだ分、疲れた。子供達の元気さには敵わないことを痛感。

先日、開催した医療キャンプの様子をホームページに掲載しました。どうぞご覧ください。




hsf at 12:36|Permalink

2005年04月19日

雑用に追われる

朝、中央郵便局へ行った。ネパールは郵便事情が悪いため、手紙などを送る場合は中央郵便局から送った方が良い。(と思う)パタン市内にある郵便局や各地にある民間郵便代理店から送ると手続き自体は楽でも、そこから手紙が中央郵便局へ送られ、仕分け作業・・・・云々・・・と、倍以上の時間が掛かってしまう。郵便局へ頻繁に通っている内に窓口の人たちと仲良くなり、随分と手伝って貰っているが、それでも元々の効率が悪いため時間が掛かってしまう。

現在、中央郵便局では改装工事中が進められている。窓口の人にいつ完成するのか尋ねると、何時も『あと一ヶ月』との返事が返ってくる。何事も慌てないネパール人らしい答えで、つい笑ってしまう。ついでに設備について尋ねると、『コンピューターを導入して、作業がスムーズになる』との返事が返ってきた。本当だといいのだが。

昼から溜まっていた雑用を一気に片付ける。この1年間、雑用が溜まっては一気に片付けるような生活が続いている。なかなか厳しい現状。その後、往診治療を行う。夜、奨学生の代表宅へ行き、奨学生から集められた新年度に必要な教科書と費用のリストを受け取る。

今日は雑用に追われ、とても疲れた一日でした。


hsf at 12:34|Permalink

2005年04月18日

新学期

今日からヒマラヤ小学校でジェニシャの教育研修が始まった。先日、ジェニシャが教師を目指していることを知ったヤッギャ校長から、『新学期から学校で研修を受けてみないか?』と声を掛けていただき実現した。

ジェニシャは貧しい母子家庭の子だ。13年前に父親を亡くし、母親そして妹と3人で肩を寄せ合い暮らしている。ジェニシャとジーナの支援を始めたばかりの3年前、『私達も何かしたい』と、自主的に近所の貧しい子供達を集め、家で識字教室を始めてくれた。その後、各地で寺子屋教室を始めたのもジェニシャとジーナ姉妹の活動が大きな切欠となった。

今日、ジェニシャは緊張しながらもよく頑張った。普段の識字教室とは明らかに違う本物の教壇に立ったことは、ジェニシャにとって大きな勉強になったことと思う。試行錯誤を繰り返しながら、大きな学びの収穫を得て欲しいと思う。

今日はジェニシャと一緒に妹のジーナやリタ達がヒマラヤ小学校を訪ねた。SLCを終えた奨学生達が積極的にヒマラヤ小学校の活動に参加してくれることは嬉しい。これから奨学生がどんどん学校を訪れ、子供達と交流してくれることを願っている。

さて今日から学校は始業となった。新学期からは、昨年までダンスと歌を教えていた臨時教員のマナ・マヤ・グルンさんが、正式にヒマラヤ小学校の教員として幼稚園クラスを担当することとなった。マナさんは孤児院で育ち、スミさん達と一緒に女性自立支援を受けきた。昨年から得意のダンスと歌を子供達に教えていたが、彼女の誠実な性格と一生懸命な活動が高い評価を受け、全理事の賛同を得て正教員になることが決まった。マナさんのことが大好きな子供達も喜んでいる。

放課後マナさんに感想を尋ねてみると、『大変だけど、とても遣り甲斐があります。』と嬉しそうに話していた。夏休みにはマナさんを教育研修に送りたいと思う。

学校2年目が始まった。先生達と協力して、社会に貢献できる学校を目指して頑張りたい。新年度も宜しくお願いいたします。



hsf at 15:58|Permalink

2005年04月17日

パパイヤ

朝、クリニックで治療。今日は懐かしい患者さんもたくさん訪れ、楽しい時間を過ごすことが出来た。
お年寄りの患者さんから大きなパパイヤを頂いた。クリニックは無料診療だが、こうして患者さんから果物やら野菜、時にはお祭りで使う『聖なる水?』などを頂くことがある。患者さんたちの心遣いには、何時も心が温かくなる。

昼過ぎにSLCを終えた子供達が自宅に集まり、今後のことについて話し合った。今年はヒマラヤ青少年育英会から初めてSLC受験生を送り出した。原則として奨学生の支援は10年生までとなっているので、今後、進学を希望する奨学生をどういう風に支援するか、検討を続けている。

奨学生との話から、全員が進学を希望していることが分かった。皆、不安も抱えているようなので、出来る限り奨学生の希望に添えるよう頑張りたい。その後、患者さんから頂いたパパイヤを奨学生と一緒に食べた。とても美味しかった。

夕方、数件の往診治療を行い早めに帰宅した。深夜まで溜まっている写真の編集作業を行った。子供達の写真を見ていると、彼らの表情の変化を見つけることが出来て楽しかった。

今日も良い日となりました。



hsf at 15:52|Permalink

2005年04月16日

新しい寺子屋

朝、バイクを修理に出した。暫く間、修理が出来ずにいたため部分的に壊れたままで走っていた。バイク屋さんが『良くこんな状態で乗れますね』と、呆れた顔で話していた。バイクを中古で購入してから既に6年半が経過している上、手入れも悪く毎日のように悪路を走っているので、駄目になっても決しておかしくない状態だと思うが、今でも奇跡的に元気良く走っている。本当にバイクには感謝している。夕方、修理を終えすっかり元気になったバイクに乗って、まだ数年は走れそうな気がした。

バイクを受け取りそのままブンガマティへ直行。今日から新しく開設した寺子屋を訪ねた。新しい寺子屋には33名の子供達が集まっていた。どの子供達も学べる喜びで目を輝かせていた。新しい寺子屋を担当するサンギャさんは、将来、教師を目指している大変聡明な若者。若さ溢れる活動で、子供達の夢を大きく育てて欲しい。

ネパールでは何か問題が起きた時、ほとんどの場合、責任の所在が不明だ。お互いに自分のせいではないと主張して譲らないため、結局『バヨ、バヨ(もういい、もういい)』で纏まってしまい、責任が分からないままになるケースが多い。ネパールの人々は穏やかで人懐っこく、とても良い性格なのだが、のんびりしているせいか無責任なところがあり、頭を痛めた経験のある日本の人も多いと思う。

昨年からヤッギャ校長の提案で、担当教員が寺子屋の責任者も兼任することになった。担当教員に自覚と責任を持って寺子屋の運営を行ってもらうため、責任の所在を細かく定めている。その分、担当教員には権限が与えられ、予算の範囲内で自分の考えたアイデアを何でも実行できるようになっている。昨年12月に開設した『隻手薬師寺子屋 』では、担当のシャムさんが音楽やダンス、絵の授業、また積極的な社会見学を取り入れている。その結果、シャムさんが担当する教室は、笑顔が絶えない楽しい寺子屋となっている。

今後、サンギャさんがどのような寺子屋を築いてくれるのか、今からとても楽しみだ。サンギャさんは将来、学校長を目指しているという。ぜひこの機会に思う存分、自分の力を試して欲しいと思う。寺子屋は単に子供達の識字や保健衛生の普及施設ではなく、将来、教員を目指す若い人たちの研修の場としても活用していきたい。


hsf at 10:51|Permalink

2005年04月15日

20人から26人へ

朝、あすなろ食堂の買い物を済ませた後、ヒマラヤ小学校へ行った。13日に引き続き、今日も新入生選考会が行われた。どの子供達も、それぞれに厳しい現状を抱えているため、選考はとても難航し、ヤッギャ校長も随分と頭を痛めた様子だった。

選考会が終わった後ヤッギャ校長から、『どうしても20人では難しいので、26人の入学を許可したい』との連絡を受けた。入学選考の最終的な決定はヤッギャ校長に一任しているので僕として反対する理由もなく、ヤッギャ校長に賛成した。

入学生が増えれば、もちろんその分の運営費用も増える。6名分の運営費用の捻出は決して簡単なことではない。しかし学校を開校したからには、一人でも多くの子供達の就学の夢を叶える事が大事だと思う。

この1年間で、少しずつ『自分の役割』が分かってきたように思う。僕の役割で一番大事なことは、ヒマラヤ小学校と子供達のことを支援者の方だけでなく、広く社会の皆さんへお伝えし、理解を深めることだと思う。小さな善意の輪が広がれば大きな力となり、それぞれの子供達が描く夢もきっと実現すると思う。

もちろん支援の輪を広げるためには、今まで以上に地道な活動が不可欠だ。入学が決まり嬉しそうな表情で学校を後にした子供達。毎年、一人でも多くの子供達の笑顔が見られるよう頑張りたいと思う。

夕方、爆弾で両目を失明し大火傷を負ったスニール君のレントゲンを撮りにバイシパテの総合クリニックを訪ねた。まずは右目周辺に残る石の除去から始める予定。

スニールはまだ9歳なので、現実をよく理解できていないのかも知れない。無邪気に歌を歌うスニールを見ていると胸が痛くなった。今後、スニール君が大きくなるにつれ、いろいろな問題が生じてくると思うが、なんとかスニールが未来への希望を持てるよう支援したいと思う。

今日も良い1日となりました。



hsf at 04:31|Permalink

2005年04月14日

新年

今日はネパールの新年(ビクラム暦2062年)昼までに往診治療を終えた後、溜まっていたホームページのヒマラヤ小学校通信4月の更新作業を行った。なんとか2階校舎建設アーカイブスも同時に更新することが出来、安心した。

ホームページの更新を終えて町へ出てみると、大勢の人々が新年を祝っていた。毎年、この時期は日本へ帰国していたため、ネパールの新年を迎えるのは久しぶりだったが、以前よりも賑やかになった気がする。

一昨日の日記で書いた、爆発により失明し上半身と顔に火傷をおったスニール少年のことで、医師の先生に相談した。まずは顔に残る石を取り除くことが決まり、明日、レントゲンを撮ることにした。何とか少しでもスニール君を応援できればと思う。

夕方から奨学生の家を訪問した。どの子も進級試験に合格して嬉しそうな顔をしていた。子供達の努力が報われとても嬉しい。

今日は一日ゆっくり出来た。







hsf at 12:14|Permalink

2005年04月13日

健康管理

朝、ネパール癌協会のクリニックで治療。患者さんが一気に訪れ慌しい治療となる。小さなクリニックだけに、患者さんが一気に来ると対応がとても難しい。ネパールで『時間厳守』は夢のまた夢なのかもしれない。慌しいと、どうしても『治療の質』に影響してしまうため、今日の治療は不完全燃焼だった。

昼過ぎから歯科医の先生と『指圧・マッサージ』へ。約1年半ぶりのマッサージ治療だったが、十分に体をほぐしてもらい、とてもすっきりした。先生から『時にはこうして体をほぐす事が必要だよ』と言われ、とても納得した。普段、健康が一番大事だと思いながら、自分自身の健康管理を随分怠っていたように思う。海外生活では兎に角、健康が一番大切だ。数年前の長い入院生活を思い出し、健康管理の徹底を決心した。

夕方から『だんらん』で先生の送別会を開催。美味しい料理を食べながら、ネパールの話で盛り上がり、楽しい夕べのひと時を過ごすことが出来た。その後、同じブンガマティ村にある障害児施設とヒマラヤ小学校の交流が出来ないか検討を行った。ぜひ、お互いにとって有意義な形での交流を実現したいと思う。同じブンガマティ村にあるだけに、なんとか一緒に盛り上げていきたい。

お世話になっている医師の先生方の開業準備中のクリニックを訪問。少しずつ出来上がっている様子を見て、とても嬉しくなった。あれこれ話している内に、結局、12時過ぎまで先生達との楽しい会話が続いた。

今日も良い日となりました。



hsf at 12:39|Permalink

2005年04月12日

保健衛生

昨日に引き続き、歯科医師の先生にヒマラヤ小学校へお越し頂き、昨日の検診で問題の見つかった子供達の治療が行われた。

先生にはお忙しい中、2度も学校までお越しいただき、一人ひとりの子供達にやさしく丁寧な治療を施していただいた。普段、十分な医療を受けられない子供達にとって有意義であったことはもちろん、『保健衛生の向上』に力を入れている学校としても、大変ありがたく心から感謝の気持ちをお伝えしたい。また先生にはヒマラヤ小学校での『歯科検診・治療』を継続的な活動としてご協力いただくこととなり、とても心強い。

さて新学期を前に、新年度の新入生選考会を13日に予定している。これまで寺子屋などから家庭訪問による現状調査を通して、約60名の中から30名の子供達が一次選考されている。残念ながら予算の関係もあり、最終選考で更に20人まで絞り込まなければならない。どの子供達も就学の夢を描いているだけに、とても難しく辛い作業となる。

選考には簡単な試験も行われるが、やはり一番の判断基準は本人の熱意と親の協力だ。ネパールの学校では中途退学率が極めて高い。これは親の教育への関心が低いことが主とした原因といわれている。もちろん貧しい人々は今を生きて行く事に必死で、教育に対し関心を持つ余裕がないのも現実だと思う。仮に関心を持っていても、子供達を学校へ通わせることが簡単でないことも事実だ。

無償教育を実施しているヒマラヤ小学校でも、昨年度1年間で5名の児童が家庭の事情等により学校を去っていった。後ろ髪を引かれながら学校を去って行った子供達の事を思うと胸が痛い。

新入生20名が楽しい学校生活を送り、無事5年生を卒業できることを願っている。


hsf at 23:52|Permalink

2005年04月11日

歯科検診

今日は歯科医師の先生にヒマラヤ小学校へお越しいただき、歯科検診が行われた。どの子供達も虫歯は少ないものの、歯石や歯周病が多いとのことだった。歯磨き指導も行われ、子供達は手鏡を見ながら一生懸命に歯を磨いていた。今後とも子供達の保健衛生の向上に努めていきたい。

その後、先生と共に同じブンガマティ村にある障害児施設を訪ね、障害児への歯科検診を行った。久しぶりに施設を訪ねたが、周囲の人々の暖かい支えにより、どの子も大きく成長していてとても嬉しかった。

ネパールでは社会福祉整備の遅れから、障害児を取り巻く環境は厳しい。こうして民間団体が一生懸命、障害児を支えていることはとても有意義なことだと思う。

施設の中に最近入所した子がいたが、所謂、反政府ゲリラの仕掛けた爆弾により、大やけどを負い失明した子だった。目を覆いたくなるような現状に胸が痛くなった。

社会のどのような問題も影響を受けるのは、常に弱い立場の子供達だと思う。施設での生活を通して子供達が逞しく育つことを願っている。





hsf at 23:59|Permalink

2005年04月10日

ホームページ更新

今日は昼から休みを取り、溜まっていたホームページの更新作業を行った。ここのところヒマラヤ小学校では様々な行事が行われニュースも盛り沢山だったが、雑用に追われてしまい更新出来ない日が続いていた。

こんな小さなホームページでも、読んでくださる方がいる事は大きな喜びであり、僕の励みとなっている。ホームページを通して、子供達の成長を喜んで下さる方のためにも、なるべく頻繁に更新できるよう頑張りたい。

明日はヒマラヤ小学校で歯科検診が予定されている。昨年も歯科検診を開催したが、普段、お菓子を食べる機会が少ないせいか、子供達の歯の状態はとても良いそうだ。ぜひ歯科検診を通して、保健衛生の知識を増やす機会にして欲しいと思う。

今日は久しぶりにゆっくり出来ました。
ホームページを更新しまいした。ぜひご覧ください。



hsf at 23:39|Permalink

2005年04月09日

医療キャンプ

今日は医療キャンプを開催した。カトマンズから直線距離で僅か10キロ程度しか離れていない村だが、医療施設はもちろん薬局すらない現状で、人々は十分な医療を受けることが出来ていない。現在の悪路が雨季になると更に酷くなり、村は『陸の孤島』となる。そんな環境で暮らす人々の生活を想像するだけで、気が遠くなってしまう。

今回の医療キャンプでは、おこがましくもアレンジを担当したのでキャンプが終わるまでは気が抜けなかった。ヤッギャ校長と何度も村を訪ね、キャンプの開催を各集落の人々に呼掛けはしたものの、農作業の忙しい今の時期に果たしてどれだけの人々が来るか予想できなかった。

結局キャンプには大勢の子供達を含む、約200名の人々が集まった。何時もながら、ご参加いただいた医師の先生達の献身的な活動には頭の下がる思いだ。

キャンプには補助としてナショナル・マルティプル・キャンパスの看護学生が参加したが、初めての体験の中でも本当に良く頑張ってくれた。こうした医療キャンプでの実地経験は必ず後で活きてくると思う。

キャンプの後は先生達と夕食を共にした。今日のキャンプのことや医療の現状のことなど、楽しい話に花が咲いた。

ネパールでの幸運の一つは、こうした素晴らしい人たちと共に医療キャンプに参加できた事だと思う。僕の出来ることは微力だが、少しでもお役に立てればと思う。

今回、キャンプにご参加いただいた医師の先生方、医療スタッフの皆さん、そして施設を提供してくださり、様々なご協力を頂いたクマリ小学校のトゥラダール校長、そしてヒマラヤ小学校のヤッギャ校長とモンゴル教諭に心から感謝したい。

今日は充実感でいっぱいの日となりました。

hsf at 23:53|Permalink

2005年04月08日

ダンス大会出場

ヒマラヤ小学校として初めての参加となるダンス大会。夕方5時から始まる大会を前に、朝からアシュミタによる子供達へのダンス指導が行われた。

なんとかダンス衣装も間に合い、参加準備は整った。ヒマラヤ小学校では試験などが続き、暫くの間ダンスクラスが開催されていなかったため、子供達がどこまでダンスを憶えているか心配だった。

ダンス大会に参加するプジャ、ソニー、ナニタ、ディーパの4人は、同年齢(9歳)で背丈もほぼ同じ、また成績も3,4,5,6番と仲良く並んでいる。動きが合えばダンスはとても綺麗に見える。

アシュミタは慣れない指導にも関わらず、子供達を一生懸命指導した。少しずつ動きが合い始め、大会前には何とか全員で間違えずに踊れるようになった。

今回のダンス大会はブンガマティ村だけでなく周辺の村からも参加者がいてとても賑やかだった。順番を待つときは、やはり子供達よりも僕達の方が緊張していたように思う。スポットライトを浴びて人前で踊るなど、決して簡単なことではない。(と、僕は思う)

ヤッギャ先生たちと共に子供達を励ましながら、妙に細かいところまで指導していたことは、今思い出すととても可笑しい。子どもを持つ親の気持ちが少し分かったような気がした。

さて終に子供達の順番が来た。先生達も祈るようにステージを見つめていた。僅か数分の曲が、今日は何十分も何時間にも感じられた。緊張が頂点に達した頃、踊りは無事に終わった。子供達は大勢の観客を前に堂々と踊り大きな拍手を受けた。子供達をとても頼もしく思った。

ダンスの後はモンゴル先生の感涙にむせぶ姿が見られた。子供達は先生達に誉めてもらい、とても嬉しそうだった。これからも一生懸命頑張って漸進して欲しい。

寺子屋の子供達も良く頑張った。3組も登場すると最後まで気が抜けずなかなか疲れたが、とても良い経験となった。










hsf at 05:08|Permalink

2005年04月07日

新入生選考

朝から新入生の選考のため子供達の家を訪問した。どの家庭も厳しい現状を抱えているため、どの子どもを訪ねても言いようのない無力感を感じる。来週13日には全員を呼んで最終的な選考を行う予定。

今年は予算の関係で20人という定員が設定された。20名という枠で子供達を選考するのはとても難しい。最終的な判断基準が親の協力度や熱意に掛かっているため、なおさら難しい。

それでも学校が出来たことで、こうして新入生を迎えられる事はとても嬉しい。新しく入る20名の子供達のためにも、もっともっと楽しく、夢のある学校を目指したい。

夕方、日本から到着された歯科医の先生を訪問。楽しいお話に時間が経つのを忘れた。ネパールを良く知る日本の人達との話はとても楽しい。きっとそれぞれに、ネパールへの思い入れがあるからだと思う。

明日、忙しいムヌさんに代わり、奨学生のアシュミタへ子供達のダンス指導を頼んだ。支援を続けている奨学生達がとても協力的なことも嬉しい。

今日は慌しくも楽しい時間となった。







hsf at 02:23|Permalink

2005年04月06日

ダンスへの熱意

8日に予定されているダンス大会に寺子屋の子供達も参加することとなった。今日はヒマラヤ小学校で寺子屋の子供達のダンス練習が行われた。皆、近所のお姉さんから借りてきた民族衣装を着て、恥ずかしそうにはにかんでいた。

ネパールの子供達の一番の楽しみはダンスだ。ネパールでは様々な年中行事で必ずダンスが踊られる。幼いうちからそのような環境で育っていることもあり、ダンスが上手や下手という以前に、子供達は根っからダンスが大好きだ。恥ずかしくて、今までダンスを楽しんで踊ったことがない僕は、子供達のダンスへの熱意に何時も感心してしまう。

今日、寺子屋の子供達は熱心に練習を続けていた。今回のダンス大会にはヒマラヤ小学校から1組(4名)と、寺子屋から2組(11名)が参加する。子供達には勝ち負けにこだわらず、思いっきり大好きなダンスを踊って欲しい。結果は必ず後でついてくると思う。

練習を終えた後、寺子屋の子供達が使用した教室をきちんと清掃し、ラジカセまで磨いている様子を見て、とても嬉しかった。シャム先生の教育がとても行き届いていることを実感した。帰り際、子供達から『8日のダンス大会には必ず来て欲しい』と要請を受けた。もちろん出席し、会場から子供達へ大きな拍手を贈りたいと思う。皆、頑張って欲しい。

今日も良い日となりました。



hsf at 02:09|Permalink

2005年04月05日

1分間スピーチ

今日は日本からのゲストの方をお迎えし、ヒマラヤ小学校でお楽しみ会を開催した。

学校は既に春休みに入っているが、長期間、学校を休みにしてしまうと、せっかく学校生活に慣れた子供達に良くないとの考えから、週に3日ほどレクレーションの自由クラスを開催している。

今日は子供達がゲストの方にダンスを披露したり、ゲストの方とゲームをしたりと、とても楽しい時間となった。

今日はお楽しみ会の中で、子供達の1分間スピーチが行われた。1分間スピーチはヤッギャ校長の提案で新学期から全学年で始める予定となっているが、今日は他校から借りてきたマイクがあった事もあり1分間スピーチを試してみた。

まだ1分間スピーチを理解できていないようで、ヤギや牛の鳴き声の真似をする子や、歌を歌う子、イヌの真似をする子などがいて、かえって面白かった。

始めのうちは恥ずかしがっていた子供達が、積極的に手を挙げ始め参加したことには大きな手ごたえを感じた。ヤッギャ校長はじめ先生達もも子供達を盛り上げるために、一人ずつ歌を歌った。子供達からも笑顔が溢れ、とても楽しい時間となった。

教育を受けていない村の人々、特に女性達は公の場で自分の意見を述べる機会が極めて少ない。結局、貧しさの影響を受けているのは、何時も弱い立場の女性や子供だ。

1分間スピーチが子供達にどのような影響を与えるか、遣ってみなければわからない。しかしヤッギャ校長が半年前から一生懸命呼掛けてきた1分間スピーチが、必ず子供達に良い影響を与えることを確信している。

楽しい一日となりました。



hsf at 02:23|Permalink

2005年04月04日

会話の重要性

昨日、成績発表と同時に表彰式が行われた。チョラ・チョリの皆さんにもご参加いただき、初めての表彰式が無事開催できた事、とても嬉しく思った。

表彰式では各クラスの成績上位3名ずつへ『成績優秀賞』と、皆勤児童へ『皆勤賞』、また1年を通して清潔にした子へ『清潔賞』が贈られた。1年の成果を誉められた子ども達は大喜び、皆とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。特に1年生で2番の成績を残し『成績優秀賞』と『皆勤賞』を同時に受賞したクマールは『来年は成績1番と清潔賞を受賞して3冠を目指す』と、笑顔で公言していた。表彰式は終始、子供達の笑顔が溢れ楽しい時間となった。各表彰が子供達の励みとなることを願っている。

表彰式の後、某レストランで慰労会を開催し、先生達と一緒にこれまでの活動についてゆっくり話し合った。各先生共に時間の経過を感じないほど、あっという間に1年が過ぎたと話していた。それだけ先生達も充実していたのだと思う。また学校の長所や短所についてや、今後の目標なども意見交換することが出来、大変有意義な時間を過ごすことが出来た。

こうした学校外での自由な話し合いはとても大切だと思う。学校内での話し合いだけでは、どうしても『教師』としての意見が中心となり堅くなってしまう。お互いの理解を深めるため時には教師としてではなく、一人の人間として、また友人として話し合うことが重要だと思う。

学校は先生達のチームワークが大切だ。チームワークの成功には各先生同士の信頼関係とお互いの理解が欠かせない。

開校前、ヤッギャ先生が『会話の重要性』について話していたが1年間の活動を通して、その意味が良く分かった気がする。今後も先生達が自由に意見を述べられる環境を整備していきたい。

今日も良い日となった。








hsf at 02:04|Permalink

2005年04月03日

ラケシュの変化

今日はヒマラヤ小学校の成績発表が行われた。見事、合格した子もいれば、残念ながら落第してしまった子もいて、とても複雑な気持ちだった。落第した子達をどうやって励ますか、なんとも難しい問題だ。

一番、気になっていたのが1年生のラケシュ(11)。両親ともに障害を持っていることも関係してか、ラケシュは人付き合いがとても苦手で、入学当時は他人と話すことも出来ず、教室に入る事すら怖がっていた。もともと1年生にはラケシュを含め男子が3名しかいない。女子が大半を占めていることも、ラケシュにとって影響があるように思えた。

物静かな性格のラケシュをどのように学校に溶け込ませるか、先生達とのミーティングの度に話し合った。なかなか良い案が出ないまま悩んでいた時、ブンガマティ村の寺子屋を担当しているシャム先生から、ラケシュを寺子屋に通わせたらどうか?との提案を受けた。早速、ラケシュを寺子屋へ送り様子を見ることにした。

寺子屋にはラケシュと同じような年頃の男の子が沢山いるため、ラケシュは少しずつ打ち解けはじめた。1ヶ月も経たない内に、ラケシュの顔から笑顔が見られるようになった。ラケシュの変化にはとても驚いたが、周りの環境が子供達を変える事を実感し、先生達と喜んだ。

今、ラケシュはボール遊びに夢中だ。昼休みには友達とサッカーボールを蹴り合い、元気良く遊んでいる。

1学期の成績の影響で、残念ながら合格点に20点足りずラケシュは落第した。しかし成績は以前に比べ信じられないほど上がっている。

ヤッギャ先生に成績が上がっていることを励まして貰い、ラケシュの顔は明るかった。ラケシュに何気なく『どうだった?』と尋ねると、『2教科落としたけど、成績は上がってるよ』と明るい表情で返事が返ってきた。

入学当時からは想像も出来ないラケシュの大きな変化は、僕らの励みにもなっている。今回、残念ながら落第したラケシュ達が新学期から前向き頑張ってくれることを確信している。












hsf at 02:09|Permalink

2005年04月02日

初給料日

昨日は『あすなろ食堂』の初めての給料日だった。これまで多くの人々に支えて頂き、スミさん達は一生懸命がんばることが出来た。

給料袋を受け取った時、スミさんは感極まって涙を流していた。スミさん達にとってこの1ヶ月は、短いようでとても長かったに違いない。過去のスミさんの苦しみを知っているだけに、スミさんが前向きに頑張っている姿を見られる事はとても嬉しい。

僕もささやかではあるが、毎日あすなろ食堂で昼食を食べ、スミさんへの援護射撃を行った。お陰ですっかり太ってしまい、スミさんにその事を話すと『本当ですか?大祐さん、前より痩せたみたいで皆で心配してますよ。』と、返事が返ってきた。スミさんは本当に憎めない性格の持ち主だ。これからも僕の出来る範囲で協力したいと思う。

今日も良い日となりました。










hsf at 02:09|Permalink

2005年04月01日

職業訓練

先日、ネパールへ到着されたゲストの皆さんは、日本でバザーを開催され、その売り上げをネパールの子供達の教育支援に使われている。今回、奨学生の母親が作ったアクセサリーを購入してくださり、バザーで販売してくださることが決まった。

僕らが支援を続けている奨学生は母子家庭の女子が大半を占め、それぞれ厳しい生活を強いられている。何とか少しでも生活面を支えたいと、数年前から母親達へ様々な職業訓練を行っている。

この度、約2ヶ月に渡りアクセサリー作りの職業訓練を受けた、ある奨学生の母親の作った作品を気に入ってくださり、ご購入いただくこととなった。

もちろんご購入頂くことは、奨学生の家庭の経済的な支援になるが、それ以上に奨学生の母親達の自立に向けた大きな励みになると思う。そのことは、ただ母親を勇気付けるだけでなく、母親をとても尊敬している子供達にとって大きな喜びにつながる。今回の奨学生も『お母さんが誉めてもらった』と、喜んでいた。

今まで母親達を様々な職業訓練へ送ってきたが、やはり一人の女性が作れる数は限られ、どうしても規模の大きな工場に勝つことは出来ない。また工場は原料を大量に仕入れ安く製作できるため、一個人での製作ではなかなか上手く行かないのが現状だ。

何とかこの現状を打破し、女性達が自立して生活できる基盤を作りたいと考えている。簡単ではない問題だが、子供達の教育と平行して取り組んで行きたい。


今日も良い日となった。











hsf at 03:17|Permalink

2005年03月31日

さまざまな交流

今日は2階建設のご支援をいただいた皆さんをお迎えし、ヒマラヤ小学校で歓迎会を行った。子供達も楽しみにしていただけに歓迎会はとても盛り上がった。

支援者の皆さんにとって今回、半年振りのヒマラヤ小学校訪問だったが、半年間の子供達の成長を見て頂きとても嬉しかった。また貴重なアドバイスも沢山いただき、大きな勉強の機会となった。

歓迎会には寺子屋に通う子供達が飛び入り参加し、踊りを踊った。寺子屋の子供達の表情もこの数ヶ月で随分明るくなった。きっと友達と一緒に勉強できる喜びが、子供達を明るくするのだろう。子供達の期待に応え今後はダンスの授業も取り入れたいと思う。

歓迎会の後はゲストの皆さんに煉瓦へメッセージを書いていただき、建設中の壁に積み上げていただいた。子供達もそれぞれ思い思いのメッセージを煉瓦に書き込み参加した。ぜひ子供達をはじめ支援者の皆さんの思いが届くよう、学校づくりに励んで行きたい。

この1年間、ヒマラヤ小学校では交流活動に一番力を入れてきた。人々との交流が子供達の夢を育て、子供達の大きな励みとなっている。今日の支援者の皆さんとの交流も素晴らしく、子供達は心から喜んでいた。

普段、社会から虐げられている子供達にとって『頑張ってるね』『大丈夫よ』と優しく声を掛けていただき、頭を撫でていただく事は、何よりの励みとなるのだろう。

今日はヒマラヤ青少年育英会の奨学生も学校を訪れ、子供達へ絵本の朗読を行った。子供達よりも少し大きい、子供達にとっては『お姉さん』のような存在の奨学生との交流は、とても親しみやすく、普段の授業とは違った学びの収穫があると思う。

来月から新学期が始まるが、もっともっと交流に力を入れたい。

今日はとても楽しい一日となった。







hsf at 20:58|Permalink

2005年03月30日

サビットリさんの旅立ち。

朝からクリニックで仕事。顔馴染みの患者さん達の治療を続けていると、村から来たと思われる8名の人達がクリニックを訪ねてきた。何でも以前に治療を受けたことのなる村人から、クリニックのことを聞いて来たとのことだった。

クリニックでは原則として予約制としている。午後2時から癌専門の先生達がクリニックを使用するため、どうしても2時前にはクリニックを閉めなければならないこともあり、予約制にして時間を調整している。

患者さん達には事情を説明しているが、今日のようなケースはなかなか減らない。せっかく治療を求めて、村から来てくれた人達を断るわけにもいかず、結局、隣の会議室で治療を行った。

普段、患者さんとの会話を大事にしているつもりだが、やはり時間に追われてしまうと、どうしても雑になってしまう。慌しい治療となってしまい、とても反省した。

夕方、あすなろ食堂を訪問。今日はお客さんが少ないようで、スミさん達は不安げな表情で、何度も窓から外を眺めていた。こういう客商売は、時に忍耐力も必要だと思う。

食事を終え、あすなろ食堂を後にする時、団体のお客さんが来てくれた。キッチンで喜ぶスミさんの顔が目に浮かんだ。

今日、4人メンバーの一人、サビットリさんが結婚のためレストランを去った。2年間、暮らしてきた施設を出るときは、喜びと寂しさが混ざったような表情だった。時間がなかったためお別れ会をすることも出来ず、残念だった。

短い時間ではあったが、サビットリさんの人生の一部に関わった者として、サビットリさんの幸せを心から願っている。

今日は慌しい日となった。



hsf at 01:49|Permalink

2005年03月29日

努力

今日はネパール人の知人から、ヒマラヤ小学校への支援の申し出を頂いた。思いがけないお申し出に驚いたが、とても嬉しかった。

ヒマラヤ小学校を運営するにあたり、将来は卒業生がヒマラヤ小学校を支える仕組みを構築したいと考えている。卒業生が職業訓練を受け、一生懸命働いて得たお金でヒマラヤ小学校を支える。もちろん簡単な話ではないが、何時も海外からの支援に頼るだけでなく、自分達で出来ることから始めることが大事だと思う。

今日のネパール人の知人からの支援の申し出はとても嬉しかった。知人の話では、国の未来を担う子ども達のために、ぜひ協力したいとのことだった。

ネパールでは、ほとんどの分野を海外からの援助に頼っている。長年に渡り援助を受けてきたせいか、何もかも海外の援助に頼りきっているような感じすら受ける。もちろん、『自分達でも何かしたい』と、立ち上がる有志も少しずつ増えている。

やはりネパールの問題は、ネパール人が考え、ネパール人の手で解決することが大事だと思う。そのための支援ならきっと皆さんも喜んで協力してくれるはずだ。まずはネパールの人々の意識を変えていくことが大事ではないだろうか。

ヒマラヤ小学校の継続には、日本の皆さんの支援が欠かせない。しかし何時もその支援に頼るだけでなく、僕達も出来る限りの努力を続けていかなければならないと思う。『ここまでは自分達で何とか頑張ります。この部分に「ついてぜひご協力ください。』こんな関係が一番健全だと思う。

まだまだ時間は掛かると思うが、一歩ずつ目標に向かって頑張りたい。

今日も良い日となりました。

hsf at 01:49|Permalink

2005年03月28日

ダンス大会

朝、学校宛の荷物を受け取りに中央郵便局へ行った。大きな荷物だったので心配だったが、何とか一部をリュックに入れて背負い、残りはバイクに積んで学校まで運ぶことが出来た。バイクに積む作業を手伝ってくれた老人が、手馴れた感じで作業を行う様子に、思わず感心してしまった。

ヒマラヤ小学校に着いてから、ヤッギャ校長、モンゴル先生、シャムさんと雑談をしていたら、8日にブンガマティ村で学生による『ダンス大会』が開催されることを知った。

早速、協議を行い今回の大会に参加することを決めた。衣装も技術もない現状だが、まずは参加することに大きな意義があると思う。どんな成績でも良いから子ども達には頑張って欲しい。

運動でもダンスでも何でも良いから、少しずつ体験を重ねる中で、子ども達が自慢できるものを築いていきたいと思う。まずは8日のダンス大会から初めてみたい。当日は子ども達よりも、きっと僕達の方が興奮するだろう。今からとても楽しみだ。

夕方は突然の雷雨に見舞われ、奨学生宅で雨宿りをした。ゆっくり奨学生、母親と話が出来た。雨漏りのする家で、親子2人が背中を合わせながら一生懸命生活している様子には、何時も感動を覚える。こういう子ども達が将来、どんどん社会で活躍すれば、ネパールはとても素晴らしい国になるのではないだろうか。そんな気がする。

帰宅後、書く作業に追われる。よく苦手な作業が続くものだと自分でも感心してしまう。プロの人達は一体どうやって文章を書いているのだろう。才能のある人が羨ましい。

慌しくも良い日となりました。
ヒマラヤ小学校の『2階校舎建設アーカイブス』ぜひご覧ください。




hsf at 02:45|Permalink

2005年03月27日

ネットワークつくり

朝、雑用を済ませた後、ヒマラヤ小学校でヤッギャ校長らと他校との協力関係の構築についてミーティングを行った。現在、看護学校をはじめ数校と協力関係を構築しているが、更なるネットワーク作りを進めたいと考えている。

学校同士のネットワークが出来上がれば、それぞれの特色を活かした様々な共同活動や、教員の相互研修も出来るようになり、子ども達だけでなく、先生達にとっても大きなメリットがあると思う。『教員評価システム』の中でも、研修先での評価をぜひ取り入れたいと思う。

ネパールでは近年、公立学校への厳しい意見を良く耳にする。いろいろな原因が考えられるが、教師の意識低下が一番の問題だといわれている。

もしネットワークが構築され各学校の交流が進めば、教師の意識向上の切欠にもなるのではないかと期待している。

夜、来月開催予定の医療キャンプの打ち合わせを行った。ぜひ実り多いキャンプを実現したいと思う。

今日でなんと29歳。『光陰矢のごとし』月日の経過の速さを実感しています。



hsf at 03:08|Permalink

2005年03月26日

輝き

朝、2階校舎の増築の様子を見にヒマラヤ小学校へ出かけた。先日、型枠に流し込んだコンクリートがすっかり乾き、綺麗な柱が出来上がっていた。既に一部の教室では、煉瓦が積み上げられ、窓枠が取り付けられていた。

学校の形が少しずつ出来あがる様子を眺めながら、教室が出来た後の事をいろいろと考えると、とても楽しい。開校から1年で、2階の建設に着工できたことは夢のようだ。

夕方からゲストの皆さんとネパールの話で会話が弾んだ。ネパールの好き方同士が集まると、ついつい時間を忘れてしまう。本当に楽しい時間となった。

その後、ゲストの方とあすなろ食堂を訪問。スミさんが一生懸命つくった料理を誉めて頂き、スミさんも大喜びしていた。僕達では気がつかない点もご指導いただき、勉強になった。改善点は直ぐ直す。そんな体制を築きたい。

それにしても『美味しいよ』と声を掛けたいただいた時のスミさんの笑顔はとても輝いている。やはり頑張っている人は活き活きしている。ぜひ僕も肖りたい。

今日も良い日となりました。





hsf at 03:08|Permalink

2005年03月25日

春たけなわ

今日はホーリーの祭日。

昼過ぎにヤッギャ校長と空港へ行き、日本から来られたゲストの方々をお出迎えした。ネパールの現状を心配されていただけに、ぽかぽかと暖かい春の日差しが照りつける中、ホーリー祭りで春の訪れを喜ぶ人々の姿に、ゲストの皆さんも安心された様子だった。

僕は四国の出身なので(だと思う)春が一番好きだ。四国はどの季節よりも春が良いと思う。僕の実家がある道後温泉には『春風や船伊予に寄りて道後の湯』という、和やかな四国の春を詠っている句碑がある。人情豊かで、のんびりとしているところなど、ネパールと似ているような気もする。

夕方から環境活動を続けているサダナを訪ねた。実はこの度、ソロプチミスト東京・新宿クラブの皆様から、サダナを来年度の『社会ボランティア賞』にご推薦いただくこととなった。ささやかながらも、サダナの活動を応援しているだけに、とても嬉しい。

ご推薦いただくにあたり、サダナの今までの活動を纏めているが、どの活動も素晴らしいため、なかなか上手く纏められない。自分の力不足を痛感しながらも、ぜひこの機会に夢と情熱を持って、環境問題に取り組んでいるサダナの活動を多くの方に知っていただければと思う。サダナの努力が実ることを願っている。

夜、気分転換に映画鑑賞。小学生の頃に何度も見たクリント・イーストウッドの映画だったが、名作は何度見ても面白いと思った。ついでに先日買った『荒鷲の要塞』も鑑賞。久しぶりにゆっくり出来た一日となった。明日から、また頑張ろう。


hsf at 13:09|Permalink

2005年03月24日

善意に応える

何時もより早起きをして、『教員評価システム』の見直し作業を行った。来週には提出したいと考えているので、あまり時間は残っていない。導入してみないと分からない部分も沢山あるが、少しでも良い評価システムを作りたいと思う。

ヒマラヤ小学校の建設では、本当に多くの皆さんの善意のご協力を頂いた。涙を流しながら『頑張って』と励ましてくれたお年寄りの方、お菓子を我慢して募金に協力してくれた小学生、真夏の日差しが照りつける中、必死に街頭募金を呼掛けてくれたクラーク生。僕が実際に参加した募金活動はほんの一部だが、皆さんの学校建設への思いが強く伝わり大きな感動を覚えた。

ネパールでは教育設備の不備から、学校建設を求める声は大きい。しかし残念ながら、貴重な善意の支援が一部有力者の酒の肴となったり、学校建設を身内の就職場として考えている人達がいる事も事実だ。中には海外からの支援で出来た学校が開校後、数年で廃校になるケースも報告されている。

募金活動の様子を知らない現地の人々に、支援する側の気持ちを伝える事はとても難しいことだと思う。現地には『日本は豊かである』という先入観もあり、なお支援する側の気持ちを伝わりにくくしている部分もある。

幸いにもヒマラヤ小学校の建設では、ネパール人学生を日本での募金活動に参加させて頂いた。実際にネパール人学生が募金活動に参加したことで、日本の人々の善意を理解することが出来た。帰国した学生が村の人々や子ども達の前で、必死に募金活動の様子や日本の人々の気持ちを伝えてくれた事は、村の人々の協力を得る大きな力となった。

暖かい善意のご支援を頂いた方々の気持ちにお応えるするためにも、子ども達の夢を育て、社会に貢献できる学校を築いていきたい。そのためには、『教員評価システム』を構築し、先生達の能力と努力を適切に評価することで、先生達の『教育者』としての意識を高め、学校を活性化させていきたい。歴史や伝統がない分、何事にも囚われない実行力のある学校を目指したい。



hsf at 11:33|Permalink

2005年03月23日

遣り甲斐

朝からネパール癌協会のクリニック。前回、膝の痛みを訴えて初めて来院したお年寄り(女性)が、クリニックの外で待っていた。お年寄りによると『痛みが軽減したので嬉しくて早く来た。』とのことだった。

自然に回復したのか、治療が偶然効いたのか?相乗効果なのか?判断はできないが、こうしてクリニックに来てくれた患者さんの状態が少しでも良くなると、やはり嬉しい。今日は患者さんの一言で、とても遣り甲斐を感じる事が出来た。

今日は新患の方も多く、慌しいまま時間が過ぎた。何とかもう一つベッドを増やし、患者さんの待ち時間を短くしたいと思う。しかしベッドを増やすと新たな通電機器も必要になるので頭が痛い。暫くは時間との戦いが続きそう。

クリニックを終え、昨日のシラミ退治で特にシラミが多かった幼稚園年長クラスのリタを訪ねた。リタの家も貧しく、現状はとても厳しい。母親にシーツや服の熱湯消毒、筵の日干しを伝えたが、教育を受けていない上、労働活動の多い女性達が実践する事は難しいかもしれない。口で伝えるだけでなく、何か有効な対策を講じる必要があると痛感している。

夕方、往診へ向かう途中、カトマンズ市内のDVD販売店へ行き、映画を数点購入した。年に数回開催している奨学生を対象にした『名画鑑賞会』を、SLCの後に行おうと考えている。今回はヒッチコックの作品を上映予定。子ども達の反応が楽しみだ。


慌しくも良い日となりました。











hsf at 23:38|Permalink

2005年03月22日

シラミ退治

今日は、ナショナル・マルティプル・キャンパスの看護学生らが参加して、子ども達のシラミ退治を行った。朝から雨が降り続いていたため開催出来るか不安だったが、昼前には晴れ上がり絶好のシラミ退治日和となった。

昨年末まで、週一回のペースで開催していたシラミ退治だが、冬の間は冷水で子ども達の体を洗うことが難しく、暫くの間、活動を休止していた。

今日は久しぶりの開催で準備が大変だったが、看護学生6名が参加してくれたお陰で、あっという間に全児童のシラミ退治を終えることが出来た。

今回のシラミ退治でも、上級生が下級生を自主的に洗ったり、髪を櫛で梳いてシラミを除去したりと、今まで以上に下級生を思いやる姿が見られ、とても嬉しかった

シラミ退治に参加した看護学生らに感想を尋ねると、『とても良い勉強になった。ぜひ、また参加したい』と、どの学生からも前向きな感想が返ってきた。

『誰かのために役立つ喜び』を感じられることは、素晴らしい事だと思う。将来、看護師を志し勉強を続けている看護学生に、今日のシラミ退治を通して『誰かのために役立つ喜び』を感じて貰えたなら、とても嬉しい。今後もこのような交流を更に充実させていきたいと思う。

今日も良い日となりました。



hsf at 15:49|Permalink

2005年03月21日

評価システムと悩み。

朝から『教員評価システム』の原案作成に取り組む。暫くして見直すと、随分厳しい内容になっていたことに気付き、何度も修正を繰り返す。

先生方の能力と努力を適切に評価することでヒマラヤ小学校の活動を活性化させたいと思い、導入を進めている『教員評価システム』。まずは評価を受ける側の先生達が納得できるシステムでなければいけないと思う。そのためには、出来るだけ公平・明確な判断基準が必要だ。

評価システムの内容によっては、逆に先生達の長所が消されてしまうことがあるかもしれない。評価システムの構築は、想像以上に難しい作業だと痛感している。

結局、夕方まで部屋に篭り作業を続けたが、完成までには至らなかった。日本の評価システムを参考にしようと思い調べてみたが、やはり文化・習慣の違うネパールでは、全てを参考にすることは難しい。

評価システムの構築は現在、僕にとって一番の悩みの種。暫く苦戦が続きそうだが、努力している先生達が適切な評価を受けるためにも、ぜひとも良いシステムを完成させたい。

夕方から奨学生の家を訪ねた。SLC試験を目前に控え、どの奨学生達も猛勉強中だった。今まで一度も猛勉強をした経験のない僕には、頭の下がる思い。こんなに努力する子ども達を支援することが出来て、本当に嬉しく思う。SLCが終わったら『あすなろ食堂』で、ささやかなお祝いをしようと考えている。全員合格を目指して頑張って欲しい。

今日も良い日となりました。





hsf at 17:12|Permalink

2005年03月20日

全日程終了

今日、期末試験が無事終了した。子ども達も安心したようで笑顔が溢れていた。全てが始めての体験で不安も多く、ゆっくり考える間もなく過ぎた1年だったが、多くの人々のご協力をいただき、なんとか全ての日程を終えることが出来てとても嬉しい。

3時半からカトマンズ郊外バランブーの学校を訪ね、今後のケナフプロジェクトについて、担当の先生と話し合った。こちらも着々と準備が進み嬉しい。何とかケナフ会議の実施まで頑張りたい。

夕方、ヤッギャ校長と会長を訪ね、期末試験の終了を報告した。その後、モンゴル先生も加わり、知人のレストランで食事をしながら、この1年について振り返ったりヒマラヤ小学校の将来像を話したりと、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。やはり先生達との会話はとても大事だと実感した。

帰宅の途中、バイクがパンクしてしまい困っていると、偶然近くを通りかかったバイク屋さんが、バイクを自分のワークショップまで運んでくれた上に、快く修理までしてくれた。こういう人達がいるから、みんなネパールを好きになるのだろう。

今日はとても良いとなりました。









hsf at 01:22|Permalink

2005年03月19日

ニュースレター

前夜に抜歯治療を受けたこともあり、暫くの間、静かに過ごした。どうしても家でじっとできない性格なので、こういう時は大変困ってしまう。

時間があったので、遅れているニュースレターを作成した。毎回、支援者の皆さんへの送付が遅れ、申し訳なく思っている。20ページあまりのニューレターだが、完成した時は嬉しさのあまり舞い上がってしまい、毎度、編集・校正作業を忘れてプリントに出してしまう。

けっして人に読んで頂けるような上等なニュースレターではないものの、少しでも子ども達の様子が伝わればと思い続けている。

それでも、きちんと隅々まで読んで下さる方がいらっしゃることはとても嬉しい。中には今までのニュースレターを大切に保管してくださっている方もいて、そんな時は『次こそ良いニュースレターを作るぞ』と、気持ちが引き締まる。

今回のニュースレターは内容が多いため、ページ数を増やすことを検討中。プリント代、郵送代を考慮しながらも、出来るだけ多くの情報をお伝えしたいと思っている。

夕方から往診治療に出かけ、患者さん達と楽しい会話が弾んだ。帰り際に『あすなろ食堂』へ寄ってみると、大勢のお客さんで賑わっていた。『あすなろ食堂』は宣伝をほとんどしていないため、お客さんの多くは口コミで店の事を知った人たちだ。スミさん達の努力が実を結び、食堂が何時も多くの人で賑わっていることは本当に嬉しい限り。キッチンでスミさん達の仕事ぶりを観察しながら『唐揚げ定食』を食べた。

スミさん達の頑張りに負けないよう、精一杯頑張りたい。
今日も良い日となりました。










hsf at 12:36|Permalink

2005年03月18日

評価システム

朝、中央郵便局で雑用を済ませ、ヒマラヤ小学校へ。医師の先生達と来月開催予定の医療キャンプ地を視察。早朝の雨のお陰で砂埃が少なく、麦畑を眺めながら快適に開催地へ到着した。

開催地の村は、首都カトマンズの中心から僅か10キロあまりに位置しているが、大変貧しく薬局すらない状況。この機会に、一人でも多くの人々が治療を受けられるよう、万全の準備を進めたい。

村にある集落を訪ねた後、ヒマラヤ小学校へ戻ったが、建設作業員が来ていないため工事が進んでいなかった。急いでヤッギャ校長とパタン市内の建設会社を訪ねた。会社の話では、鉄の運搬中に通りの家を一部壊してしまい、その問題に追われているとのこと。のんびりとしたネパールらしい話に、思わず笑ってしまった。

夕方からヤッギャ校長と、新年度導入予定の『教員評価システム』の打ち合わせを行う。先生達の努力が適切に評価され、能力を更に活かす切欠になって欲しいと願っている。『評価』である以上、評価基準が明確で、平等であることが絶対条件のため、細かい作業が暫く続きそう。

評価システムの導入には不安も沢山あったが、ヤッギャ校長の協力により、思った以上に良いものが出来そうだ。ヤッギャ校長が常に『学校を良くしたい』と、物事を前向きに検討する姿勢は、僕にとって大きな学びの収穫となる。

他の人々の意見を取り入れながら、良い評価システムが構築出来るよう、じっくり考えたいと思う。

大雨に打たれ寒い一日でしたが、良い日となりました。







hsf at 12:36|Permalink

2005年03月17日

大きな成長

試験の監視をしていると、この1年間で勉強を頑張った子達の事が良く分かる。中でも幼稚園クラスで学ぶ14歳のジュンケリは、人一倍勉強を良く頑張っている。

ジュンケリは両親がなく兄夫婦と一緒に暮らし、毎朝、牛乳を運び、牛の世話をしてから学校へ通っている。義姉からは何度も学校を辞めるように言われたそうだが、それでも『教育を受ける最後のチャンス』と、頑張ってきた。

ジュンケリの回答はとても遅い。他の子供達が10問終える間にようやく1問回答するというペース。それでも回答の多くは正解であり、入学当時の状態からすると信じられないほど大きな成長を見せてくれた。

試験を終えたジュンケリに『よく頑張ってるね』と話しかけると『ダイスケさんのお陰です』と、一本取られた。ジュンケリの成長は、担任のモンゴル先生の熱心な指導と、ジュンケリ自身が教育の大切さを理解していることが大きい。『学校が楽しい』と笑顔で話していたジュンケリ。これからも大きく成長して欲しい。

試験の後は、来週の火曜日に予定している『シラミ退治』についてミーティングを行った。今回は看護学生が手伝ってくれることになっているが、初めて参加する看護学生が活動しやすいよう、分かりやすい手順を用意したいと思っている。

その後、ラリットプール郡にある学校を訪ねた。今後、教員どおしの交換留学やあらゆるな分野での交流と共有を目指し、ネットワーク作りを進めている。先日、衛生教育を行ってくれた看護学生らの交流もその一環だ。何とか良いネットワークを構築したいと思う。

夕方、往診の後、『あすなろレストラン』を訪ねた。先日から始めた新しいメニューが好評のようで、スミさんが嬉しそうに報告してくれた。本当に良かったと思う。僕も食べたが、とても美味しかった。これからも人に喜ばれるメニューつくりに励んで欲しいと思う。

今日も良い日となりました。

ヒマラヤ小学校通信を更新しました。ぜひご覧ください。



hsf at 03:04|Permalink

2005年03月16日

協力

学校の試験が順調に進み、まずは一安心。試験を受ける子供達の表情を観察していると、『しまったーっ』という表情をする子や、『よし!貰った!』という表情をする子など様々で楽しい。とにかく、みんな頑張って欲しい。

2階校舎の増築も順調に進んでいる。今週中には煉瓦を積み上げる作業に入れそうだ。ネパールでは殆どが手作業なので、作業自体に人間の知恵が見られてとても面白い。今日の鉄枠を作る作業でも、梃子の原理を上手く利用しながら、ひとつ一つ作っていた。

その後、『ケナフ会議』についての素案を纏めるため、パタン市内の喫茶店で、サダナそしてヤッギャ校長とミーティングを行った。以前にも紹介したが、サダナはとても聡明かつ行動力のある学生で、環境に関する活動を熱心に行っている。今回も夢のある素晴らしい素案を纏めてくれた。

サダナの素案では、カトマンズ盆地内の学校10校でケナフ栽培を行い、各校男女5名ずつ、10名の代表学生が観察を行い、ケナフについて纏める。会議では各校2名の代表(男女)が発表を行い、その後、釜野先生(NPO日本ケナフ開発機構・理事長)とパネルディスカッションを行う。その後、環境に関する活動に取り組む団体の代表や、有識者を交えたパネルディスカッションを行い、最後に『カトマンズ・ケナフ宣言』を行う予定だ。

会議は専門家の人たちの協力を得ながら、企画、司会、進行まど全てをサダナたち学生が行うことで決まった。若い人たちの力に期待したい。

その後、来月はじめに開催予定の医療キャンプについて、参加される医師の先生達と打ち合わせを行った。サダナやヤッギャ校長も参加し、とても有意義な打ち合わせとなった。

ネパールので生活の中で一番楽しいことは、こうして皆でアイデアを出し合いながら、一つの目標に向かい協力して作業を進めていくことだ。皆で協力して行った活動が上手く行った時は、なんとも言えない達成感を感じる。こうして同じ目的に向かって全てを共有できる、素晴らしい人たちと出会えたことが、僕の幸運だったと思う。

医療キャンプもケナフ会議も、皆で協力してぜひ成功させたい。


一部住民による電気代の未払いにより、アパート全体の電気が止められ呆れながらも、楽しい一日となりました。


hsf at 00:48|Permalink

2005年03月15日

試験に思う

今日から期末(進級)試験が始まった。不安もあるようで子供達の表情も何となく硬かった。

朝から子供達の試験の様子を監視した。監視員なら目を光らせて試験の不正を防止しなければならないが、勉強が苦手で試験が大嫌いだった自分には、子供達の心の叫びが良く分かった。何度か席を外し、子供達に確認?の機会を作った。

義務教育のないネパールでは、毎年進級試験を受けなければならない。小学校なら5年生までは学校の用意した進級試験を受けるが、5年生が終了すると郡レベルの統一試験を受けなければならない。そのため、小さなうちから山のように宿題が出され、毎年、学校レベルでも厳しい試験を受けなければならない。

僕の今後の大きな夢の一つに、職業訓練所の整備がある。学校の3階に職業訓練所を開設し、子供達が技術を身にけ、将来、生活が出来るようにしたいと考えている。

将来、技術を身に付けた子供達が一生懸命働き、仕事で得たお金でヒマラヤ小学校を支えていく。そんな夢を描いている。将来、卒業生の力でヒマラヤ小学校を支えていくことが、とても大事だと思う。

子供達の中には勉強は苦手でも、学校の手伝いを率先的にする男の子達がいる。先日、モンゴル先生と『こども農園』の竹囲いを作っていた時も、竹囲いを作っていることを知った彼らは、一目散に駆け寄り、夕方まで手伝ってくれた。

もちろん勉強はした方が良いと思う。より多くの知識を身に付けた方が、自信を持って生きていけるかもしれない。
僕自身はヒマラヤ小学校の子供達に、まずは衛生知識や足し算、引き算、そして時計の読み方など、生きるために必要な基本的な知識を身に付けて欲しいと願っている。勉強の好きな子は中学、高校と進学すれば良いと思うし、勉強の苦手な子供達を無理に進学させる必要は全くないと思うし、むしろ職業訓練の方が彼らのためになると考えている。

僕が席を外した間に、彼らがどれだけ確認?できたかは分からないが、試験後ニコニコしながら僕の体にぶら下がって来たところを見ると、成果があったのかもしれない。何はともあれ、全員合格してほしい。

今日も良い日となりました。






hsf at 16:57|Permalink

2005年03月14日

優しさと厳しさ

先日から学校を休んでいる兄弟がいた。少しひ弱そうな感じの兄弟なので、季節の変わり目で風邪でも引いたのかと思い込んでいた。少し気になり、兄弟の近所にくらす児童に尋ねると『もう2人とも学校には来ないよ』と、思いがけない返事が返って来た。理由を尋ねると、『シャム先生が怖いから』とのことだった。

シャムさんは20歳になったばかりの若い先生だ。彼の教育への熱意が買われ、昨年12月からブンガマティ村の寺子屋を担当している。ヒマラヤ小学校でもボランティア教師として、他の先生が不在の時に授業を行っている。

シャムさんの授業は厳しい。彼が教室に入った途端、子供達に緊張感が走り教室が静まり返る。あんなに元気いっぱいの子供達をよく纏めることが出来るなぁと、感心してしまうほどだ。授業を終えたシャムさんは、授業中とは打って変わり、子供達と仲良く遊んでくれる優しいお兄さんとなる。僕はシャムさんを見て、『若いのに上手いなぁ』と感心ばかりしている。

『シャム先生が怖いから』という話を聞いて、早速、ヤッギャ校長と兄弟の家を訪ねてみた。兄弟は僕らが来たのを知ると、軒先で申し訳なさそうにしていた。兄弟の話では、妹が一度シャムさんに大声で怒られて以来、怖くて学校へ行けなくなったそうだ。

普段、親から叱られ、社会からも虐げられている子供達にとって、シャムさんに怒鳴られたことは、自分達の居場所を失くした様なものなのかもしれない。

翌日、ヤッギャ校長からシャムさんに事情が伝えられた。ヤッギャ校長から事情を聞いたシャムさんは、言い訳を一切せず問題を起こした事について詫び、『兄弟に謝りにいきます』と言って、兄弟宅へ向かった。

前日のように軒先にいた兄弟は、シャムさんを見ると途端に怯えきった表情を見せた。シャムさんは子供達の前に座り、学校のことや兄弟が大好きな動物のことなどをゆっくり話した。

子供達の表情が少し和らぐと、『今まで、君達のことをちゃんと考えていなかった。ごめんなさい。』と、幼い兄弟に心から謝り、『一緒に学校へ行こう』と子供達を誘った。子供達は何も答えなかったが、2人とも明るい表情を見せていた。

今日、兄弟は元気よく学校へ来た。そしてシャムさんと良く遊んだ。僕はシャムさんと兄弟が、とても強い信頼の絆で結ばれたように感じた。

教育には『優しさと厳しさ』両方が必要だと思う。しかし優しさも厳しさも、限度を超えてしまうと子供達を混乱させてしまうことがある。

言い訳を一切せず、子ども達に謝ったシャムさんは立派だった。こういう先生達がいるから、子供達も安心して学校で学べるのだと思った。

日本でもネパールでも、教育は人との関わりが創り上げるものだと思う。教育は本当に奥が深い。

今日も良い日となりました。



hsf at 05:16|Permalink

2005年03月13日

勉強再開

ネパール癌協会での治療活動に専念するため、大学を辞めてからあっという間に5年が過ぎた。いつかもう一度、ゆっくりネパール語を勉強したいと考えていたが、なかなか実行できないまま、時間だけが過ぎていた。今回、知人の勧めもあり、ようやくネパール語の勉強を再開することとなった。

大学に復学したわけではなく、週3回程度、家庭教師にお願いすることとなった。家庭教師といっても専門家ではなく、将来、ネパール語の教師を目指している奨学生が務めてくれることになった。

第一回目の授業が土曜日に行われたが、とても分かりやすく楽しい授業となった。こんなに分かりやすい授業なら、もっと早く始めればよかったと思いつつ、たっぷり出された宿題に追われた。もともと勉強が苦手な上に年も重なり、先は思いやられるが、何とか楽しみながら頑張りたい。せめて5年前に途中で諦めた詩の翻訳だけは、やり遂げたいと思う。

僅かな基金から支援を続けている奨学生の中には、22歳、小学2年生で学んでいる女性もいる。21歳で1年生に入学した時は、大丈夫かなぁと不安だったが、本人は活き活きと勉強を続けている。本当に頼もしい限りだ。勉強に年はまったく関係ないことを教えられた。

月曜日からはヒマラヤ小学校でも進級試験が始まる。皆、今までの勉強の成果を思いっきり出して欲しい。

腰痛はほぼ回復。これから全力で頑張ります。
ヒマラヤ小学校通信を更新しました。どうぞご覧ください。

hsf at 21:07|Permalink

2005年03月12日

花冷えのカトマンズ

今日カトマンズは雨が降り、花冷えの一日となった。昼過ぎに、雷がゴロゴロという大きな音を立てて鳴り響くと、子供達が一斉に教室から飛び出し、雨に打たれながらはしゃいでいた。子供達は何時も天真爛漫だ。

ヒマラヤ小学校を後にし、冷たい雨に打たれながらバイクを走らせ往診へ。患者さんの家族から甘いミルクティーを頂く。普段は少し苦手な甘いミルクティも、今日のように寒い日はとても美味しく、体がぽかぽかと温まった。

夕方、あすなろ食堂を訪ねると、フロアーを担当していたワグレさんが、楽しそうにお客さんと会話を交わしていた。少しずつ、仕事に慣れてきたようで安心した。キッチンではスミさん達が大忙しで働いていたが、皆、それぞれ充実した表情をしていた。

今日は、スミさんを何時も暖かく励ましてくださっている北海道・深川市の河野市長から、スミさんへ開店祝いのお手紙を頂いた。仕事が一段落したスミさんに手紙を渡すと、スミさんはとても嬉しそうな表情を浮かべて、喜んでいた。

開店以降、多くの方々から開店を祝うお手紙や、商売繁盛のお札などを頂き、スミさんの大きな力となっている。こうして多くの方々から暖かいご声援を頂くのも、スミさんの人徳だと思う。ぜひ頑張って欲しい。

あすなろ食堂で夕食を食べた後、奨学生宅を訪問した。ヒマラヤ青少年育英会では、主として貧しい母子家庭の女子の就学を支援しているが、やはりどの家庭も現状は厳しい。

日本からゲストの方がネパールへ来られた時は、出来る限り奨学生宅を訪問して頂くようにしている。奨学生達は、ゲストの方のちょっとした優しさや、励ましの言葉に大きく勇気付けられる。またゲストの方との交流によって、日本の皆さんが、どのような気持ちで教育を支援しているのか、子供達に良く伝わるようだ。

今日、訪問した奨学生達も、『00さんは次、何時ネパールへ来ますか?』や『00さん、元気ですか?』と、今まで出合ったゲストの方の話を楽しそうにしていた。

交流が子供達の夢を育て、頑張る活力になると確信している。何とかもっと交流の機会を持てないか?なかなか良い考えが浮かばない中でも、諦めずに考え続けたいと思う。

腰痛は少し回復。患者さんの苦しみが、少しは分かるようになってきた。忙しくも良い一日となりました。




hsf at 02:33|Permalink

2005年03月11日

衛生教育

今日はヒマラヤ小学校で、看護学生らによる衛生教育が行われた。看護学生の分かりやすく楽しい授業に、子供達の衛生への理解も深まったと思う。

衛生教育はヒマラヤ小学校で一番力を入れている分野の一つだ。手洗いの励行、歯磨き、シラミ退治、その他、医療関係者による衛生教育など、この1年間、様々な活動を行ってきた。医療関係者の方々の暖かいご協力を頂き、子供達の衛生状態はこの1年間で大きく向上することが出来た。

これらの活動は『継続』が一番大切だと思う。単発的な衛生教育ではなく、継続的な衛生教育により、子供達の意識が変わってくると思う。

今日行われた、『ナショナル・マルチプル・キャンパス』の看護学生による衛生教育は、子供達にとって有意義であったことはもちろん、看護学生にとっても、良い実習の機会になったのではないかと思う。看護学生らは、来月のシラミ退治にも全員で参加してくれることになった。若い人たちが、子供達のために積極的に協力してくれることは、本当にありがたい。

先日、ヒマラヤ小学校のモンゴル先生が、日本語検定4級に合格した。毎朝6時からの授業に出席に、勉強を続けてきたモンゴル先生の努力に勇気付けられたようで、今日からヤッギャ校長先生やヤムナ先生も日本語の勉強を始めた。

努力家の先生達に恵まれたことが、ヒマラヤ小学校の一番の幸運だったと思う。こうした先生達の姿を見ながら、子供達が成長していけたら、きっと社会に貢献できる素晴らしい小学校を築くことが出来ると思う。

腰痛が残るものの、嬉しい一日となった。







hsf at 03:51|Permalink

2005年03月10日

ススマの窮状

支援活動を続けていると、嬉しいことも沢山ある反面、厳しい現状に直面することも多い。今朝、家であれこれ考え事をしていると、奨学生のススマ・ラマ(18)から電話があった。

ススマは貧しい母子家庭の女の子で、カトマンズから離れた小さな村に暮らしている。貧しさにより学校へ通うことが出来ず、4年生で一度、小学校を中退した。その後、家族を養うため労働者として働いていたが、やはり学校で勉強する夢を諦めることが出来ず、事務局を訪れた。

2年前から奨学生として支援を始め、ススマは16歳で再び4年生から勉強を再開した。家族を養うとい重い責任を抱え、働きながら勉強を続ける毎日だったが、本人の懸命な努力が身を結び、学年では1番の成績を残していた。

電話でススマの母親が亡くなったことを知った。ススマは幼い弟と孤児になったのだ。ススマは弟と共にパタンに移り住み、早朝の学校へ通いながら仕事をしたいと希望している。

母親が亡くなった後、一時は親類に預けられたが、親類から『学校を辞めて、朝から働け』と毎日怒鳴られ、弟と共に人身売買までされそうになったという。唯一の財産である牛も親類に取られてしまい、もはや村で得る僅かな収入だけでは、暮らしていけなくなったのだ。

以前、ススマの家を訪問したとき、病気で寝込んでいた母親から、貴重な収入源である牛乳を出してもらい、精一杯のもてなしを受けたことがあった。母親は自分が教育を受けられなかったため、とても苦しい生活を強いられていると語り、『ススマが勉強を続けられて本当に嬉しい。日本の皆さんに感謝しています。』と、病床から涙を流しながら、何度も感謝の言葉を繰り返していた。

ススマの母親は結核で亡くなった。35歳という若さだった。これからススマと幼い弟が、どのように生きていくのか。努力家のススマなら必ず窮状を打開できると確信しているが、やはり不安もある。兎に角、ススマには頑張って欲しい。ススマたちの窮状に目を逸らさず、出来る限りの応援をしていきたいと思う。3・10




hsf at 11:22|Permalink