重要なお知らせ

吉岡大祐のヒマラヤ活動日記 へご訪問いただきありがとうございます。 奨学生ならびに学校宛の手紙は普通郵便に限ります。受け取り手続きが必要なEMS(国際スピード郵便)や国際書留郵便、その他、DHL,OCS,FEDEXなど国際宅急便の利用はお断りしております。また物資による支援は自立を目指す学校の教育方針および関税等の問題から全てお断りしてます。どうかあしからずご了承ください。 今後ともよろしくお願いいたします。

当ブログはしばらくの間、不定期となります。 この間、メイルへの返信等、大幅に遅れる場合があります。ご了承下さい。お問い合わせ先:info@ikueikai.org

2006年03月15日

嬉しい一日

今日は嬉しい一日となった。まずは、先日お伝えしたビナが元気に登校したこと。ヤッギャ校長とモンゴル先生の説得の甲斐もあり、早期に復学が実現できて本当によかった。もちろんその他にビナ自身の『学校で勉強したい』という熱意が復学の実現に繋がったのだと思う。兎に角、良かった。

kumar
其の2、先日開催された写生大会(ブンガマティ周辺の村にある学校から9才〜14才の子ども達が参加)にヒマラヤ小学校から参加したクマール君(9)とラクシミちゃん(9)の2人が、何とそれぞれ1位と2位に輝いた。普段から絵が大好きで才能もある2人だが、昨年、支援者の方の善意から購入した絵の具セットや、ケナフの観察活動が良い影響を与えたことは間違いない。本当に嬉しい。日曜日にはヒマラヤ小学校でお祝いをする予定。

其の3、開校当時から子ども達の自立に向けて続けているケナフ活動。この度、カトマンズ市、環境省と共同で活動に取り組むこととなった。子ども達の盛り上がりに、行政が立ち上がった形。今後、正式な調印を経て、王宮どおりをはじめとするカトマンズ市内でケナフを植える予定。こちらも楽しみだ。





hsf at 03:52|Permalink

2006年03月14日

入学希望

3月14日(火)
今日は春(初夏)を告げるホーリー祭り。気の知れた仲間同士(時には見知らぬ者同士)が水を掛け合ったり、色を塗りあったりして春の訪れを祝うお祭り。今年も祭りへの参加をお断りし、家に篭って帰国中に溜まった雑用を片付けた。外から聞こえてくる笑い声を聞いていると、この国が抱えている現状が嘘のように思えてしまう。

新入生ヒマラヤ小学校では21日から進級試験が始まる。試験の後は新入生の最終選考が行われる予定だが、20人の定員に対し、既に何十人もの入学希望者が集まっている。残念ながらヒマラヤ小学校のような運営の厳しい学校では、とても定員の20人を超える子ども達を入学させる事はできない。子ども達のがっかりした顔を見るのは、毎年、本当に辛い。入学できなかった子ども達は、寺子屋へ入学させるなど一応の対策は立ててあるものの、やはり出来る事ならば学校へ入学させたいという気持ちは強い。(写真は、授業の様子を覗く入学希望者

この2年間、少しずつだが確実にヒマラヤ小学校への理解は増えていると思う。しかし支援自体が思うほど増えていないため、子ども達の夢を実現できるだけの力を未だ持っていないのが実情だ。支援に頼っている現状では仕方のない事だと思うが、僕自身の努力不足は否めない。入学が叶わず肩を落とす子供たちや、必死で孤軍奮闘しているヤッギャ校長の姿を見るにつけ、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。自分自身、もっと屈強な人間にならなければと、反省の毎日だ。

今年はぜひ、ヒマラヤ小学校の報告会を開催し、広くヒマラヤ小学校への理解と支援の輪を広げて行きたいと考えている。ぜひ一人でも多くの方に参加していただき、一緒にヒマラヤ小学校を盛り上げて頂きたいと思う。どうか皆さん、ご協力よろしくお願いします。

この度、子ども達の写真ブログを始めました。ぜひご覧ください


hsf at 02:33|Permalink

2006年03月13日

ビナ

3月13日(月)

今日は日本帰国中の出来事についてヤッギャ校長から報告を受けた。僕自身、ヤッギャ校長の誠実な人柄と熱心な活動を心から信頼しているので、帰国中も安心して自分の活動に集中することが出来る。ヤッギャ校長の存在は本当に大きい。しかしネパール、特にブンガマティのような村では、僕達の努力だけではどうする事も出来な事が時々起ってしまう。

今日、ヤッギャ校長から受けた報告の中にとても気になる事があった。2年生のビナ(14才)が1ヶ月近く学校へ来ていないとのことだった。ヤッギャ校長の話では、1ヶ月ほど前にビナの祖母が亡くなり、その葬儀のために欠席して以来、ビナは学校へ来ていないらしい。何でも祖母が亡くなった事で、今まで祖母が行っていた仕事(家事をはじめ家の隣にあり屠殺場での仕事)をビナが遣ることとなり、学校へ来られなくなったという。また一部では14才のビナに結婚の話もあると聞いた。

ビナは成績が優秀で開校以来、ずっと1番の成績を収めている利発な女の子だ。昨年、2階校舎が完成したとき、『来年も学校へ来られる』と、誰よりも喜んだのはビナだった。ビナからは『ヒマラヤ小学校に大学まで作って欲しい』などと要請を受けることもあり、初めての学校生活をとても楽しんでいる様子だった。ビナの事を考えると、いたたまれない気持ちになり早速、ヤッギャ校長と共にビナの家を訪ねることにした。

ビナ家に着いて暫くすると、ビナが寂しそうな顔をして出てきた。ビナにいろいろと尋ねてみると、やはり祖母が亡くなったことで仕事をしなければならなくなり、そのため学校へ行けないとの事だった。それも同居する親類から半ば強制的に仕事をさせられている状態である事が分かった。ビナの父親は教育を受けておらず、また人が良いため、よく他人から騙されることが多いそうだ。今回も親類の言いなりになった形でビナを働かせているという。貧しいネパールの社会では家族全員が協力して生活をしなければならない。とても子供たちを学校へ送る余裕などないのが現状だ。ビナの貧しさを見ると、無理やり学校へ来させる事にも少しためららいを覚えてしまう。それでもビナの口から出た『また学校で勉強したい』という言葉を聞いて、何としてもビナを学校へ来られるようにしたいと思った。

ビナ話し合い途中から父親をはじめ親類を集め、ヤッギャ校長、モンゴル先生の粘り強い説得が行われた。学校としても午前中だけ参加の授業や、寺子屋での補習授業などで最大限の協力をすることを提案した。2時間以上にも及ぶ話し合いの結果、何とかビナの復学が決まった。ビナの顔から一瞬、笑顔が零れたが、やはり現実は厳しいのだろう、直ぐに不安な表情を浮かべていた。

学校が出来たからといって、子供達が学校へ通えるわけではない。そこには親また周囲の教育に対する理解、経済的な問題、その他、さまざまな事が複雑に絡んでいる。それらの問題が解決して、はじめて子ども達は就学の夢を実現できるのだ。厳しいネパールの現状を目の当たりにし、何ともいえない空しさを覚えた。村の人たちの教育への理解を深めるために、一体何をすべきなのだろう。もう一度、原点に立って考え直したい。


hsf at 01:13|Permalink

2006年03月12日

交流活動

3月12日(月)

今日はゲストの方と共にヒマラヤ小学校を訪ねた。一ヵ月半ぶりの子ども達。元気そうな子ども達の顔を見ると、本当に嬉しくなる。ヤッギャ校長の案内でゲストの皆さんが学校を1周された後、歓迎会が始まった。今日の歓迎の挨拶は1年生のジュンケリ(14歳)が行った。ジュンケリはこの2年間で大きく成長した児童の1人だ。下級生への面倒見が良く、勉強もよく頑張っている。今日の歓迎の挨拶では、『短い時間だけど、一緒に楽しい時間を過ごしてください』と、素直な素晴らしい挨拶してくれた。

歓迎会の途中から突然、雨が強くなり、s更に雹も降り始めた。歓迎会は残念ながら中断となったが、雨宿りのために入った教室で急遽、歓迎会の続きが行われた。子ども達の自主的な動きに驚いたが、ゲストの皆さんの来校を楽しみにしていた子ども達だけに、その気持ちは十分理解できた。

ゲストの皆さんにもヒマラヤ小学校の現状を十分ご理解いただき、子供たちとの交流を楽しんでいただいた。子ども達も満足した様子だったが、別れ際には悲しそうな顔をする子も大勢見かけた。ゲストの皆さんとの別れを惜しんだり、再会を楽しみに待つことは、子ども達の成長にとても良いことだと思う。これからも更に交流に力を入れていきたいと思う。


hsf at 02:23|Permalink

2006年03月11日

カトマンズの匂い

3月11日(土)

午後3時過ぎ、予定時刻を大幅に遅れてカトマンズへ到着した。昨日12時間ほどバンコク国際空港の椅子で過ごした事もあり流石に疲れた。

雨上がりの空港に降りた途端、なんだかとても懐かしい匂いがした。懐かしい匂いを感じながら、約8年前、不安と期待を胸にネパールへ降り立った日の事を鮮明に思い出した。あの時も同じように雨上がりで、ネパール独特の匂いが満ちていた。今よりずっと粗末だった空港、黒煙を上げて走るテンプーなどなど、8年の間には見られなくなった街中の景色も沢山ある。それだけネパールも変化しているのだろう。しかし、それでも変わらないのは、のんびりと慌てないネパールの人々の性格と営みではないだろうか。彼らを見ると不思議と安心してしまうのは何故だろう。

今回は支援者の方、2名も一緒にネパールへ来られた。初めてのネパール旅行をぜひ楽しんでいただきたいと思う。明日はヒマラヤ小学校で歓迎会が予定されている。とても楽しみだ。

無事、ネパールへ到着しました。帰国中は大変お世話になりましたこと、改めてお礼申し上げます。また時間の関係で、お目にかかる事が出来なかった皆様に心からお詫び申し上げます。今後とも宜しくお願いいたします。

hsf at 02:35|Permalink

2006年03月10日

出国

3月10日(金)

今日で1ヶ月半の一時帰国の日程が終わった。遣り残した事も沢山あるが、本当に充実した時間を過ごすことが出来た。今回の帰国で何よりも嬉しかった事は、子ども達が育てたケナフで作ったカレンダーを、大勢の人に喜んで頂けたことだ。来年の注文まで頂き、望外の評価を頂いたカレンダー、子供達が褒められたようで本当に嬉かった。ケナフを使った子ども達の自立の道筋が少し見えた事で、僕自身、益々やる気が出てきた。来年の今頃は、これまで以上に大きな成果を出したいと思う。体が傾くほどの手荷物を持って、フラフラになりながら機上の人となった。

1ヵ月半の滞在中、多くの方々にお世話になりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。本当に有難う御座いました。


hsf at 02:29|Permalink

2006年03月09日

新しい支援のあり方

3月9日(木)

今日は午後1時半から品川区で4N(Nippon NGO Network for Nepal) のセミナーに参加した。セミナーでは釜野先生によるケナフの特性や活用法、また日本ケナフ開発機構の取り組みについての説明があった後、僕の方からネパールでのケナフ活動について報告をさせて頂いた。

子ども達の盛り上がりや、活動の成果、そして今後の取り組みなど、夢中になってお話させていただいた。途中『第1回こども環境ケナフ会議』のビデオを上映したこともあり、参加者された方々にはこれまでの活動についてご理解頂けたのではないかと思う。

参加された方からも多くの有意義なご質問を頂戴し、僕自身、大きな学びの収穫となった。普段からネパール支援活動に携わっている方々だけに、とても現実的な話し合いが出来た。質問の中に『このような活動をするにあたり、ネパール政府との交渉は大変ではなかったか?』との質問があった。

もちろん一から始めた活動だったので、当初、ネパール政府からはほとんど相手にされることはなかった。しかし釜野先生の理念に添う形で、従来型のトップダウン的な活動ではなく、子供たちを通して活動を盛り上げる『ボトムアップ』の活動を進めてきたことで、ネパール政府も興味を示すなど、これまでの大きな成果に繋がったのだと思う。

子ども達の盛り上がりを見て、現在では環境省、産業省、森林土壌防災省といった省庁が興味を示し、特にコイララ環境大臣にはサダナへ直接、電話を掛けてくるほど興味を持っていただいている。

ネパールでの支援活動は今、大きな転換期に差し掛かっているような気がする。残念ながら従来型の支援活動では、思ったほどの成果が上がっていないのが実情だと思う。支援する側、受ける側、それぞれに問題があると思うが、現地の人々の理解を深めることなく、支援する側が一方的に活動を進めてしまう事も原因の一つだと思う。支援すればするほど、地元の人々の自立や頑張ろうとする意識が薄れ、『やって呉れるだろう』や『遣ってもらって当たり前』といった意識が芽生えてしまう悪循環があるのだと思う。これからの支援活動は、どれだけ現地の人々の意識を変えられるかが、成果を出す大きなポイントになってくると思う。そういった意味では、ケナフ活動は支援活動のモデルケースとなることも出来るのではないかと思う。また、そうなっていきたいと思う。

支援のモデルケースを作る、という大きな目標を掲げて頑張れば、必ず良い結果が得られることを確信している。がんばりたい。


hsf at 02:27|Permalink

2006年02月28日

助成金申請

2月28日(火)

今日はネパールでの『ケナフを使った自立支援活動』の助成金申請を某基金へ行った。今日28日が〆切だったので、2日間、徹夜をして申請書を書き上げた。流石に疲れたが、何とか納得のいく内容になったと思う。

申請書ネパールでのケナフ活動は、日本ケナフ開発機構の釜野先生はじめ、ここでは書ききれないほど大勢の人の暖かいご協力を頂き、一歩ずつではあるが着実に『目標』に向かい進んでいる。昨年は第1回こども環境ケナフ会議を開催し、今、ネパールでのケナフ活動は子供たちを中心に大きな盛り上がりを見せている。ケナフ活動を地域に根ずかせるためには、今が一番大事な時期だと思う。子ども達の期待に応えるためにも、活動の幅を大きく広げていきたいと思う。

活動の発展には資金も重要だ。昨年は資金の不足により、残念ながら『参加したい』という子ども達を断る結果となってしまった。また活動を進める中で出てきた様々なアイデアも、資金不足で実行出来なかったことは心残りだ。活動の広がりには、どうしても資金の確保が不可欠であることを実感した。

そういう事で今回は助成金を申請し、より良い活動を目指すこととなった。
もちろん簡単に通るわけではないが、自分達の理念や信念そして目指す目標を知っていただくことは、とても大事な事だと思う。仮に通らなかった場合でも、大きな学びの機会になると思う。

『もっとケナフを知りたい』と瞳を輝かせる子ども達。そんな子ども達の純粋な思いが届くことを願っている。










hsf at 23:38|Permalink

2006年02月24日

激励の言葉

2月24日(金)

火曜日にケナフの研修が無事終わり、慌しく支援者の方を回って報告活動を行なっている。子供たちが元気に一生懸命がんばっている様子を一人でも多くの支援者の方に直接お目にかかり報告したいが、限られた時間の中ではなかなか難しい現状がある。それでも、帰国のたびの少しずつ良い成果を報告できるのはとても嬉しい事だ。

ヒマラヤ青少年育英会の支援者の方はもちろんだが、僕は鍼灸の活動と自分自身の生活を数名の個人支援者の方と法人から支援を受けているので、そちらの支援者の皆さんへの報告もしっかり行わなければならない。長い方では、もう6年以上も暖かいご支援を頂いている。ネパールで集中して活動できるのも、こうして生活面を支えて下さる方がいらっしゃるからだ。本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。

良くネパールでの活動に参加したいと、志を持った若い人達から連絡を受けるが、残念ながら資金の問題で断念しなければならないケースが多い。もし資金的な問題がなければ、より多くの若者が参加して、もっともっと良い活動が出来るのではないかと思うと、頭の痛い問題だ。僕のように支援を頂きながら活動出来るのは本当に幸運だと思う。参加できなかった人達の分も一生懸命頑張らなければいけない。

ケナフカレンダー今日は個人支援者の方を訪ね、活動の報告を行った。特にケナフの活動では大きな一歩を踏み出し、少し将来的な方向性が見えてきたことを報告した。先月行われた『第1回こども環境ケナフ会議』の報告会では、子供たちが育てたケナフで作ったカレンダー65枚をチャリティー販売させて頂き、望外の評判をいただいた。僕も個人的に10枚ほど購入し、支援者の皆さんへ配らせていただいたが、皆さんに喜んでいただいた。

今までなかなかケナフ活動の方向性や意義を巧く説明出来ていなかったと思う。『子供たちの将来の自立のため』とは言っても、一体どのような形で自立支援に結び付けていくのか、僕自身も模索していた事が上手く説明出来なかった理由の一つだと思う。今回、ようやくケナフがカレンダーとして形なり、大勢の人に購入していただいた。もちろん、チャリティー販売に頼ってばかりではいけないが、子供たちが育てたケナフで物を作り、それを販売して得たお金で一冊でも教科書を買うことが出来れば、ネパールの人々の自立意識は必ず高まると思う。まだまだ出発したばかりだが、一歩ずつ着実に歩んで行きたい。

今日訪ねた年配の支援者の方からは、『健康に気をつけ、患者さんと子供たちのために一生懸命頑張りなさい。』と、暖かい激励の言葉を頂いた。僕個人の活動のために貴重な浄財を頂く以上、僕に出来る最大限の努力で頑張りたい。支援者の方から頂いた激励が、僕の心を奮い立たせた。




hsf at 20:34|Permalink

2006年02月21日

幼稚園での紙漉き教室

2月21日(火)

今日は秦野市立東幼稚園で紙漉き教室を開催した。子ども達にとって生まれて初めての紙漉き体験。どの子ども達も嬉しそうな表情を浮かべながら、一生懸命紙漉きに挑戦していた。

秦野紙漉きこうした体験学習は、子どもに未知の世界を教えてくれる。初めの内はおそるおそるパルプの入ったバケツに手を入れた子どもが、暫くすると『気持ちいい〜』と、嬉しそうな表情でパルプをかき混ぜていた。自分の目で見て、触って学ぶ体験学習。こうした体験が子ども達の情操を大いに養うのではないだろうか。

『僕の紙が出来た〜!!』と嬉しそうに紙を見せてくれる子ども達お見ていると、ネパールも日本も、子ども達はみんな同じなんだなぁと感じた。




hsf at 03:44|Permalink

2006年02月17日

誰も評価しなかった努力

2月17日(金)

今日はクラーク記念国際高校の卒業式(15年度生)にスタッフとして参加させて頂いた。ヒマラヤ小学校でも3年後には初めての卒業生を送り出すが、その時には、ぜひ卒業式(らしいもの)を開催し、子ども達が学校生活を振り返る機会を作りたいと考えている。ひとつの区切り、ケジメという意味でも卒業式は大事な行事だと思う。

今日はスタッフとして卒業式を体験し本当に良い学びの収穫となった。詳細な打ち合わせ、分刻みのスケジュール、主役の卒業生を思う様々な演出、どれもとても良い勉強となった。先生方の努力の上に式が無事、挙行されていることを改めて実感した。今日、学んだことを活かして、3年後のヒマラヤ小学校での卒業式をぜひ実現させたい。

今日は三浦雄一郎校長先生(プロスキーヤー)も式に参加された。式の中で三浦先生が『振り返ると挫折の連続だった。オリンピックには参加できず、学者としても芽が出なかった。その後、アルプスでボッカとして100キロの荷物を背負い、毎日、汗まみれになりながら頂上を目指して一歩ずつ歩いた。本当に苦しい毎日だったが、誰も評価しなかったアルプスでの一歩ずつの努力が、後に僕を世界の頂点へと導いてくれた。』と素晴らしいお話をされたが、思わず感激で胸が潰れそうになった。若い卒業生にとって何よりのメッセージではないだろうか。

三浦先生には今年4月頃、ヒマラヤ小学校を訪問していただく事になっている。ぜひヒマラヤ小学校の子ども達にも『努力の大切さ』についてお話頂ければと思う。

一歩ずつ、小さな努力の積み重ねが大きな力となる。その事を何時も胸に刻み、大きな目標に向って頑張りたい。今日はとても良い日となった。







hsf at 03:22|Permalink

2006年02月14日

ケナフ

2月14日(火)

今日は紙関係の大手企業を訪問した。会長とお目にかかり、紙を取り巻く日本の現状などを興味深く伺った。日本のパルプ・製紙分野は産業構造がほぼ完全な形で構築されているため、ケナフは産業構造の中になかなか入り込むことが出来ていない現状だと思う。

某企業のトップが『ケナフの紙を使いたい』と話しても、その会社の部下達が執拗に反対するという話を聞いたことがある。所謂、産業構造上の『癒着』なんて事があるのかもしれない。良い物だと分かっていながら、取り入れられない事情があるのだろう。出来上がった産業構造の中で生活している人が大勢いる以上、その壁は相当高いと思う。これまでの産業構造を壊すのは容易なことではないだろう。

ネパールでは将来、地域に根ざした無薬品パルプ工場の建設を計画しているが、資源のないネパールのような後進国の方が、ケナフを求める声はきっと高いと思う。しかしこの活動、トップーダウンでは成功しないと思う。社会構造の中で上位に位置する役所の人たちや一部に政治家の声だけでは、この活動は上手くいかないと思う。それよりも社会構造の中で一番下にいる子ども達の声が高まれば、つまり裾野が広がれば想像を超える大きな力になり、工場建設も夢ではなくなるかもしれない。

ただ従来型のようにただ工場を建てれば良いということではない。子ども達が栽培、観察などの活動を通して環境保全の大切さを知ることで、将来、工場で働いたとき、『僕達は自然に優しい工場で働いているんだ』と、誇りを持って働けるのではないだろうか。そうすれば、無公害パルプ工場の意義も更に深まるのではないだろうか。

将来、ヒマラヤ小学校の卒業生の雇用の場として工場が作られ、そこで働く卒業生がヒマラヤ小学校を支えることだって、きっと出来ると思う。



hsf at 02:15|Permalink

2006年02月13日

草木染に挑戦

2月13日(月)

2月1日から始まった日本ケナフ開発機構でのインターンシップも中盤に入った。今日は念願の草木染に挑戦、染色の楽しさを満喫することが出来た。

草木染ケナフは花から根まで全てが活用できる不思議だ。今日は花と葉を使い染料液を作った。(その他、イグサやローゼルからも)花を水で煮立て20分、煮汁をろ過して一番煎が出来上がった。その後、3番煎まで作り、見事に濃さの異なる3種類の染料液が出来上がった。

その後、色を定着させるための媒染液を作った。媒染液については、藍染め職人を紹介するテレビ番組で聞いた事があっただけで、今まで実際に見たり、触ったり、もちちろん作ったこともなかった。今回ケナフ活動に参加したことでこのような貴重な体験が出来たことは有難い。

今日は紙を使った染色を行った。紙を染料液に浸し暫くしてから、媒染液に着けると見事に色が落ち着いた。なかなか綺麗な色に仕上がり嬉しかったが、水質や気温、天候などで色の染まり具合が異なるという。なかなか奥が深い。

もしヒマラヤ小学校の子ども達が草木染をしたら、一体どんな反応があるだろう。顔に染料液を着けながら、天真爛漫の笑顔で草木染をする子ども達の姿が目に浮かんだ。今年はぜひ栽培したケナフの花を使い、ネパールで草木染をしてみたいと思う。インターンシップで学んだことを最大限活かしたい。













hsf at 01:26|Permalink

2006年02月03日

『町の先生見本市』に参加

2月1日から日本ケナフ開発機構で開催されているケナフ講義に大学生に交じって参加させて頂いている。

基本的なケナフの知識を学びながら、紙漉きや粘土細工、草木染めなどを学ぶことが出来るだけに、僕にとって貴重な体験だ。今後のネパールでの活動を進めていくためには、しっかりした基礎を学び、知識や技術を身につけなければいけない。そして子供たちの素朴な質問にもきちんと答えていきたい。

授業はとても有意義で充実した時間を過ごしている。今でこそ、いろんな情報が溢れているが、15年前、ケナフに関する情報はほとんどなかったそうだ。今はケナフの特性が随分わかり世界各地でケナフが活用されているが、これも釜野先生の地道な基礎研究の成果だと思う。釜野先生の情熱には感動を覚える。

市谷賞今日は新宿区の市谷小学校で開催された『町の先生見本市』に参加して、子供たちへ紙漉きと粘土細工の授業を行った。子供たちは特にケナフ粘土に興味を示し、長時間、粘土細工に熱中している子もいた。ネパールとは環境も異なるが、やはり子供たちへのこうした活動は楽しく、とても充実した時間を過ごすことが出来た。ぜひ今日の経験をネパールでの活動に活かしたいと思う。

紙漉きを終えた後、子供たちが(水気を取るための)手ぬぐいを捲る時の表情は、何ともいえない素晴らしいものだった。



hsf at 00:04|Permalink

2006年01月28日

報告会

1月28日(土)

本日はご繁忙の中、大勢の皆様に報告会へご参加いただきました事、心からお礼申し上げます。今後ともご指導いただきます事、よろしくお願い申し上げます。

今日、第1回こども環境ケナフ会議の報告会に参加した。少し緊張したが、多くの人々にネパールの現状やこれからの活動計画について報告出来、とても嬉しかった。

参加された皆さんから、『子ども達が一生懸命、活動に参加している。』とお褒めの言葉を何度も頂いたが、子ども達が褒められると本当に嬉しい。多くの人々に暖かい激励を受け、今後の活動への決意を新たにした。

会議のビデオも上映したが、ヒマラヤ小学校のクマールが発表した『牛やヤギにケナフを食べられて悲しかったけど、牛やヤギもケナフの事が好きだと分かりました』という子どもらしい率直な意見には、会場から大きな笑いも起きた。何時見ても嬉しくなる発表内容だが、クマールの発表した内容はとても大切な発見ではないだろうか。牛やヤギにケナフが食べられ悲しかった気持ち、その事から牛やヤギもケナフのことが好きなんだと感じた、クマールの素直な心には感心する。今日、ビデオを見て、クマールの頭を撫でてあげたくなった。



hsf at 23:10|Permalink

2006年01月27日

ケナフ活動のこれから

1月27日(金)

雑用を済ませ4時から日本ケナフ開発機構を訪問し、釜野先生はじめ理事の皆さんと明日の報告会についての打ち合わせを行った。

何とか明日の報告会では1人でも多くの人々にネパールの熱い現状と、これからの夢についてお伝えできればと思う。

第1回こども環境ケナフ会議が大きな評判となり、今、ネパールでのケナフ活動は大きく盛り上がっている。

これからネパールでサダナ達KDN(カウンターパート)および日本ケナフ開発機構のネパール支部の登録をして、拠点となる事務局を立ち上げなければならない。そして『ケナフ活動に参加したい』という子ども達一人ひとりの願いに応えたい。

昨年、活動に参加した8校の内、4校はブンガマティ村周辺にある学校だった。今、問い合わせが来ている学校はカトマンズ盆地全体に広がっている。活動地域が広いと管理や指導の面で大変な反面、広い地域でのケナフ栽培等の貴重な情報を集めることが出来る。これから正式な会としてやっていくからには、ネパールでのケナフに係わるあらゆる情報を集める事が重要だ。それによってネパール支部としての存在意義が出てくると思う。釜野先生からご指導いただく技術や知識をきちんと身につける事と『ネパール独自の情報』を持つことで、子ども達の素朴な疑問にも全て答えていきたい。今年は大変になると思うが、何とか本腰を入れて頑張りたい



hsf at 23:07|Permalink

2006年01月26日

ケナフ活動について

1月26日(木)

午前7時半過ぎ、東京に着いた。何時もながら東京(日本)の清潔さには驚かされる。ゴミひとつ落ちていないピカピカの床を見ていると、日本人の民度の高さを改めて実感する。

数年前、ネパール人学生を日本へ連れて来た時、その学生は関西空港の床があまりにも綺麗に光っている事に驚き、土足で歩いてはいけないのではないかと勘違いした事があった。すっかり笑い話になったが、久しぶりに帰国すると、僕もネパール人学生と同じような気持ちになる。

午後3時から日本ケナフ開発機構で釜野先生とお目にかかり、28日の報告会の件で打ち合わせをした。サダナはじめ子ども達の活躍を釜野先生にも喜んでいただき、とても嬉しかった。

ケナフ紙ネパールでケナフ活動を始めて2年余りが経つ。『子ども達が主役』という当初の予定通り、時間を掛けながら普及活動を続けている。一見、遠回りに見えるかもしれないが、子ども達の参加がなければ活動の成功はないと思う。過去にケナフ活動で失敗した例を何件か聞いたことがあるが、どれも急ぎ過ぎたことや、大きくし過ぎたことに失敗の原因があったと聞く。利ばかりを求めていると、必ず後でしわ寄せがくると思う。

釜野先生の長年の基礎研究の成果と情熱が子ども達を通して、どっしりとネパールの大地に根付かせたい、これが僕達の大きな願いだ。ケナフには沢山の活用法があり、今もどんどん新しい可能性が見つかっている。体験授業を通した子ども達への『情操教育』と『夢を育てる教育』が、今後、きっとケナフ普及の大きな力になると信じている。



hsf at 23:05|Permalink

2006年01月25日

一時帰国

1月25日(水)

朝、早く起きてホームページを更新した。何とか出発までに間に合って良かった。今回の一時帰国も兎に角、実り多いものにしたいと思う。



hsf at 23:03|Permalink

2006年01月23日

成績発表など

1月23日(月)

成績
朝からヒマラヤ小学校を訪問。今日は成績発表が行われた。どの子ども達にとっても、この成績発表は憂鬱だと思う。特に今回の試験は何時も以上に難しかったようなので、どの子ども達も心配げな表情で登校してきた。



先生達が名前を呼び上げ、いよいよ成績発表が始まった。成績が上がり大喜びする子、成績が下がり悔しがる子、成績発表では子ども達の様々な表情が見られて楽しい。

写真を撮っていると、1年生のナビン君(8)が体にしがみ付いてきて、『僕、駄目かもしれない』と、不安げな表情で助けを求めてきた。『大丈夫、大丈夫』と言い聞かせ、母親の変わりにナビン君の手を引いて、成績表を受け取りに行った。子どもの頃、勉強が大嫌いだった僕には、子ども達の不安な気持ちがよく分かる。通信簿を受け取るときの緊張、先生に何を言われるのかと、受け取る前は何時も心臓が爆発しそうだったことを覚えている。

さてナビン君、何と心配とは裏腹に見事、合格していた。合格したことが分かると、得意げな表情で母親や友達に成績表を見せていた。それにしても、今回も無事に成績発表が終わってよかった。先生達も一安心。

栄養その後、栄養摂取プログラムを行った。栄養摂取プログラムも支援者の方の理解により、継続的に実施されることとなった。本当にありがたい。まだ詳しい結果は出ていないが、継続することが兎に角、大事だと思う。1月4日に紙漉き教室を行った私立学校では、鼻水を垂らしている子が1人もいない事に驚いた。理由はいろいろあると思うが、栄養のバランスの問題も一因であることは間違いない。何とか果物と卵だけでなく、週に一度でも良いので『昼食』を出せないかなぁと考えている。それだけでも、きっと大きな変化が出ると思う。ただ現時点では資金の問題で実施は難しい。今は焦らず、出来る事を継続的に頑張りたい。

2時半からクリニックで仕事。今日は患者さんが少なく、一人ひとりの患者さんをゆっくり診る事が出来た。クリニックの活動も疎かには出来ない。こちらも、もう一度、原点に立ち返り頑張りたい。





hsf at 23:58|Permalink

2006年01月22日

新学期

1月22日(日)

新学期早朝、往診を2件。暖かいネパールとはいえ、朝のバイクはやはり寒い。9時頃からヒマラヤ小学校を訪問。今日は3週間の冬休みを終え、子ども達が元気に登校してきた。久しぶりに見る子ども達の笑顔に心が和んだ。どの子ども達も元気に3週間を過ごしたようで、本当に嬉しい。ある児童から『冬休みが長すぎる〜』と言われた。あまり勉強は出来ない子だが、友達のいる学校がよっぽど好きなのだろう。子ども達の素直な意見を今後に活かしたい。




お菓子配布その後、支援者の方から頂いた支援で購入したお菓子を子ども達に配った。久しぶりに友達や先生の顔が見られた上にお菓子まで貰い、子ども達は皆、幸せそうだった。やはり子ども達には笑顔が一番似合う。

昼からサダナが来て『水について考えよう』と題し、子ども達へ環境授業が行われた。サダナは『環境の先生』として、子ども達からすっかり人気者だ。サダナから教わる自然の不思議さや大切さに、子ども達はつぶらな瞳を輝かせて聞き入っていた。

カトマンズの川の汚染は酷い。特に遥かガンジス川に繋がるとされるバグマティ川の汚染は酷く、とても傍による事すら出来ない状態だ。ヒンドゥ教徒にとってバグマティ川は沐浴をする聖なる川。時々、ネパール人から『もう往時の美しい川には戻らないのではないか?』という懐疑的な声まで聞こえてくる。

社会資本整備の遅れ、法整備、教育の遅れは、環境問題に拍車を掛けている。何とか、往時の美しい川を取り戻すための活動を、近い将来、立ち上げたいと思う。サダナの水についての話に真剣な表情で聞き入る子ども達を見ていると、何かが出来そうな気がした。

2時過ぎから私用でナガルコットへ。ナガルコットからは美しいヒマラヤを見ることが出来、良い気分転換になった。ぜひ今度は何日間か泊まってみたい。

フルティーナガルコットから急いで帰り、ブンガマティ村にある『隻手薬師寺小屋』を訪ねた。先日、子ども達からジュースをご馳走するので、月曜日に必ず寺小屋へ来て欲しいと言われていた。何のことか分からず訪ねてみると、子ども達が『何時もありがとう』と言って、僕とシャムさんにマンゴージュースをプレゼントしてくれた。ネパールには毎年11月『ディパワリ』という光の祭りが開催されるが、其のとき、子ども達がグループを作って各家庭を周り、歌や踊りを披露して吉祥天の恵みをもたらす習慣がある。女子のグループは『バイリ』と呼ばれるが、なんでも昨年のディパワリの時に子ども達がバイリをして330ルピーほど集めたそうだ。其のお金でジュースをご馳走してくれたのだ。何とも嬉しいプレゼントにシャムさんと感激した。子ども達が常に感謝の気持ちを持って頑張っていることが、僕達の一番の喜びだ。今日は疲れたが、とても良い日となった。





hsf at 22:51|Permalink

2006年01月20日

ネパールの治安状況について

1月20日(金)

ネパールの治安状況について多くの皆様にご心配をお掛けしております。カトマンズおよび私どもの活動する地域では引き続き平静を保っております。全ての活動における安全対策は関係者の協力の下、十分に構築しておりますが、今後も安全には十分注意し、活動を進めてまいる決意です。


ネパールは今、歴史の中にすっぽり包まれ、社会が大きく変化しようとしているのが分かります。一つ一つの出来事に一喜一憂せず、しっかり世の中の変化を見つめていきたいと思います。今後とも宜しくお願い申し上げます。

今日は日中の外出禁止令が発令され、一日中、家の中で過ごした。ひさしぶりに時間が出来たので、写真の整理やブログの更新などをして過ごした。

時々、今後の活動のことを考えながらゆっくり過ごしたが、これから遣りたいことや、どうしても遣らなければいけない事、ほんとうに多くの事が山積している。全ては一歩一歩の積み重ねだと思う。遠い未来を目指して頑張りたい。


hsf at 22:32|Permalink

2006年01月19日

寺子屋での『お楽しみ会』

1月19日(木)

朝、往診を済ませ、昼からヤッギャ校長、サダナと合流。今日はNGO登録のために社会福祉省を訪ねた。外国NGOと現地NGOの合意書の交わし方など、担当の方に細かく教えていただいた。もちろん登録自体は行政書士事務所にお願いする予定だが、やはり手続きの流れなどはきちんと把握しておかなければならない。

医学部2その後、ヒマラヤ小学校のシラミ退治に協力して貰っているナショナル・マルティプル・カレッジの理事長が来年開校する予定の『シダールタ医科大学』を見学に行った。実はケナフ活動の中心メンバー、サダナは今年12年生を終了する。進学についてサダナ自身、悩みながら考えた結果、『将来は医師として環境問題に取り組みたい』という決意に達したそうだ。丁度、理事長から新規医科大学開校の話を聞いていたので、何かの参考になればと大学を訪問した。

カトマンズの東部に建てられた真新しい校舎と付属病院。理事長自ら案内していただき、将来の大学としての構想なども聞くことが出来た。医学部進学を目指すサダナも目を輝かせながら、一生懸命に耳を傾けていた。

『医師として環境問題に取り組みたい。』というサダナの言葉には、大きな決意が伺える。先日、訪ねたコトゥワール・ダハでの水質汚染。教育を受けていないため、その汚い水を使って生活している子ども達。そんな現状を目の当たりにしたサダナの心には、『ただ環境問題を訴えるだけではいけない』という意識が明らかに芽生えている。

これからのネパールを担うサダナ達。サダナのような若者がどんどん社会に出てくれば、必ずネパールが良い方向で変わってくると思う。サダナの一生懸命な活動を、これからもぜひ応援したい。

寺子屋3夕方から寺子屋・小川教室を訪ねた。今日は昨年末、子ども達へのクリスマスプレゼントとして頂いた支援金で作ったノートとお菓子を子ども達に配る日だった。せっかくなので今日は『お楽しみ会』として楽しく過ごそうと、担任のサンギャさんの提案で決まった。仕事を終えて集まってきた子ども達に早速、お菓子とノートを配り、後は子ども達が自分達で順番を考えて、自由な雰囲気の中でお楽しみ会が進められた。






小川寺子屋ノート2子ども達がそれぞれ得意の歌を歌ったり、踊りを披露したりと、楽しい時間を過ごすことが出来た。もちろんノートとお菓子にも子ども達は大喜び。子ども達の天真爛漫な笑顔を見ていると不思議と元気が沸いてきた。



hsf at 18:13|Permalink

2006年01月18日

ジェニシャとジーナ

1月18日(水)

ジェニシャ家族夕方から奨学生のジェニシャとジーナを訪ねた。2人の姉妹は数年前から、『私達も何かしたい』と、近所に暮らす学校へ行っていない子ども達を集め、時の読み書きを教えている。その事は貧困の村々で寺子屋を開設する大きな切欠になった。

ジェニシャとジーナの父親は15年前、まだジェニシャ達が幼い頃、警察の発砲で亡くなっている。文盲の母親には塞ぎ込むほどの出来事だったに違いない。母親は胡麻油や地酒のロキシーを作りながら2人の娘を養っているが、無理を重ねたせいか最近、病気を患うことが多い。


ジーナ手伝い今日、家を訪ねた時、ジーナは皿洗いを、ジェニシャは洗濯をして、母親の家事を健気に手伝っていた。母親は何時も口癖のように『2人の娘が良い子だから、私は嬉しい』と話しているが、本当にその通りだと思う。

我がままを一切言わず、母親を一生懸命手伝うジェニシャ姉妹。時々、母親の体調を心配して涙を流すこともあるが、何時も屈託のない爽やかな笑顔を浮かべながら、頑張っている。子ども達への識字教室も、もう4年になる。ぜひ近い将来、今までの努力を表彰したいと考えている。




hsf at 19:01|Permalink

2006年01月17日

短くなった蝋燭

1月17日(火)

カレンダー今日は子ども達が育てたケナフを使ってカレンダーを作るため、かんぽう事務所へ打ち合わせに行った。ネパールでケナフ活動をはじめて2年目、今回が初めてのカレンダー作りとなる。技術的な問題から今回は厚い紙を作ったため、1ページだけのシンプルな物になる予定。印刷会社の担当者と細かい打ち合わせをして、何とか最終的なデザインが出来上がった。完成が待ち遠しい。

夕方から奨学生の弟の誕生会に参加した。小さな部屋に母親と奨学生、そして8歳になる弟の3人が肩を寄せ合いながら暮らしている。毎年、弟の誕生日には必ず呼ばれているが、一緒にご飯を食べ、小さなケーキに蝋燭を灯すだけの、ささやかながらも温もりのある誕生会だ。一度、奨学生に自分の誕生会はしないのか訊ねたことがあったが、奨学生からは『弟の誕生会だけで十分』という返事が返ってきた。

この誕生会で何時も嬉しく思うことがある。数年前に初めて誕生会に呼ばれたとき、バースディ・キャンドルを持って行った事があったが、実は奨学生がそのキャンドルを毎年、大切に使っているのだ。今日も部屋の隅から、すっかり小さくなった蝋燭を持ち出して、ケーキの周りに差し込んだ。

日本人の僕なら、きっと棄てているだろう。毎年、短くなった蝋燭を見ては、自分の生活を反省してしまう。物を大切に使うネパールの子ども達。子ども達から何時も、何かを教わっている気がする。




hsf at 17:39|Permalink

2006年01月16日

深川市国際交流協会カレンダー

1月16日(月)

ケナフ活動の中心メンバーであるサダナ(18)が、ネパールの代表的な女性雑誌『Voice of woman』の特集記事『ネパールを代表する女学生トップ10』(次号特集予定)の最終選考に残り、今日は最終のインタビューが行われた。

今日はヤッギャ校長とインタビュー会場へ駆けつけ、サダナを励ました。もともとサダナは何事にも動じないほど、どっしりと構えているので、僕達の応援もあまり効果がないように感じるが、それでも『有難う御座います。頑張ります』というサダナの謙虚な姿勢に、選考の光が見えた。

普段、一緒に活動する仲間としても、ぜひトップ10に選ばれてサダナの素晴らしい活躍を多くの人に知ってほしいと思う。これからもサダナには子ども達の憧れの存在として、自らをどんどん高めていって欲しい。31日の発表が待ち遠しい。

今日は北海道・深川市の職員の皆さんに善意で集めていただいた学用品が届いた。遠く北海道から届いた善意に感謝すると共に、どのようすれば皆さん善意が子ども達により上手く伝わるのか、しっかりと考えていかなければならないと思った。支援を呼びかけて下さる方、賛同し集めてくださる方、包装して送ってくださる方、本当に多くの人々に支えられて、この善意が集められ届いたことを、何とか自分なりの方法で子ども達にしっかり伝えたいと思う。

リタカレンダー荷物の中に深川市国際交流協会のカレンダーが入っていた。カレンダーには深川市を訪問させていただいた里親教育基金の奨学生、リタの写真が交流した一巳小学校の子ども達と共に載っていた。早速、リタにカレンダーを届けると、とても驚いた表情で『これは私ですか?』と変な質問をしてきた。まさか自分がカレンダーに掲載されるとは夢にも思っていなかったようで、暫くカレンダーを見つめていた。

リタが深川市の河野市長を表敬訪問した時、河野市長から『深川を第2の故郷と思って、これからも深川を訪れてください。』という暖かいお言葉を掛けて頂いた。その言葉がどれだけリタの心に響いたか、少なからずともリタの窮状や社会からの虐げを見てきた僕には理解できた。カレンダーを見つめながら『勉強を頑張って、また深川へ行ってみたい』と無邪気に話すリタを見ていると、交流が人に大きな力と夢を与えてくれることを実感した。

追:1月28日(土)午後2時から、東京港区六本木にあります『みなとNPOハウス』で開催されます『第1回こども環境ケナフ会議』の報告会に、わたくし吉岡大祐も参加させて頂く事となりました。ネパールでの活動の現状などについてお話させていただきます。ぜひ機会をお作りの上、ご参加くださいます事お待ち申し上げます。当日は会議のドキュメンタリービデオも上映されます。詳しくはNPO日本ケナフ開発機構まで。106-0032東京都港区六本木4-7-14 電話:03-3401-2620 


hsf at 17:32|Permalink

2006年01月15日

ケナフ活動

1月15日(日)

早朝、ヤッギャ校長、サダナと今後のケナフ活動についてミーティング。殺到している問い合わせや『種を蒔きたい、ケナフを育てたい』という子ども達の声に今後、どう対応すればよいか、時間を掛けて話し合った。

子ども達の願いには、できる限り応えていきたいと思っている。ただ子ども達の学校が遠いことなどもあり、なかなか実現できていないのが現実だ。ヤッギャ校長と僕のバイク2台では、スタッフ2人を乗せることが限界で、そう上、紙漉きの機材を運ぶのはとても無理だ。やはり今後の活動のためにも、機材と人を運べる車両の整備が必要不可欠になってくる。またスタッフの育成も急務だ。現在、サダナとヤッギャ校長が行っているオリエンテーションをきちんと代行できる『ケナフを知る』人材が必要になっている。その他、学生のネットワーク化など検討課題は多いが、兎に角、一歩ずつ頑張るしかない。

ケナフ活動をしていると、時に『マーケットはあるか?』『日本で売れるか?』など、心に巣くうよこしまな考えを持った人にも出会う。利益優先ではこの活動は必ず失敗すると見ている。ただ利益を追いかけるだけなら、ケナフでなくてもネパール国内で取れる『こうぞ』や『みつまた』から紙を作ればいいわけで、ケナフが持つ様々な利点を上手く活用しながら、地域に根ざした活動を進めることに意味があると考えている。種蒔きから観察、紙漉きを通して子ども達の情操を養い、自然と共存することの大切さを皆で学びながら活動を進めていくことで、本当に意味のある活動へと発展するのだと思う。ケナフが一時的な人気で終わらないためにも、しっかりとした活動を進めていきたい。



hsf at 17:22|Permalink

2006年01月14日

ギョー・チャク

1月14日(土)

ギューチャク今日はギョー・ツァク・サンルーの日(陽暦の1日)。子ども達から招待を受け、夕方からギョー・ツァクを食べに行った。ギョーはバター油、ツァクは粗糖。この日を境にネパールでは日が長くなるといわれている。

2件の家を回った後、最後にディーパの家を訪ねた。ディーパは里親教育基金の第1期生。昨年SLCに合格し、現在はヤッギャ校長の愛娘サンギャちゃんと同じ学校に通っている、明るく活発な学生だ。最近ではすっかり背が伸び、周囲を驚かせている。(既に165センチを超えたのではないだろうか。)

ディーパ母ディーパは小学校5年生の時に父親を亡くしている。母親は文盲で定職がなく、編み物などの内職をしながら、ディーパと弟のディペスを養っている。何時も将来への不安を口にする母親。心労からか2年前に心臓病になってしまい、以前ほど内職の仕事が出来ない状態が続いている。其の分、生活も苦しい現状だ。

先日、サンギャちゃんから、ディーパがお金を持っていなかったため、学校でランチが食べられず、他の生徒にからかわれていたと聞いた。母親が病気で内職の仕事もなかなか出来ない現状なら、学校でランチを食べることだって大変だろう。僕達の支援は授業料や学用品など教育に係わる物だけなので、昼食の費用などは自分達で賄うことになっている。サンギャちゃんが心配そうな表情で学校での様子を伝えてくれたが、『からかわれたのは今回が初めてじゃない』との一言に、胸を刺されたような思いがした。

今日、ディーパの家を訪ねたのも、その事についてディーパに直接、訊ねてみたかったからだ。ギョー・チャクを食べながら何度も尋ねる機会を伺っていたが、ディーパの無邪気な笑顔を見ていると、なかなか訊き出すことが出来なかった。

ようやく母親が台所へ行った隙に尋ねると、初めの内は笑顔で『気にしてないですよ』と話していたディパーだったが、終には涙を流してしまった。よっぽど辛い思いをしたのだろう。貧しさを理由に馬鹿にされたディーパの事を思うと、こちらも辛くなってくる。

一時は少しポケットのお金を渡すことも考えたが、お金を渡したところで問題は決して解決しないだろうと、途中で考えを改めた。それよりもディーパを励まし、大きな夢を描けるような環境を作ることが大事ではないかと思う。将来の夢や希望があれば、辛いことは乗り越えられると思う。ディーパは将来、客室乗務員になって世界各地を訪ねたい、という大きな夢を持っている。その夢が一歩でも2歩でもディーパに近づくよう、チャンスを作り出し最大限の応援をすることこそ大切だと思う。お母さんの苦労を何時も間近で見ているディーパ。きっと貧しさに負けない強い心を持っているはずだ。今の苦しみがディーパの将来に活きて欲しい。そう願わずにはいられない。



hsf at 01:29|Permalink

2006年01月13日

紙漉き教室への高い評価

1月13日(金)

ヒマラヤ・ビディヤ・マンディール校のウインターキャンプ閉会式に参加。その後、保護者を交えたウインター・キャンプの報告会に参加した。

紙漉き2保護者からウインターキャンプへの様々な意見や感想が出されたが、特に紙漉き教室への感想が多く、これには同席したヤッギャ校長ともども驚いた。保護者からは子ども達が紙漉き教室を、とても楽しかったと喜んだことや、他校のウインターキャンプでは学べない素晴らしい授業だったなど、とても良い評価を頂いた。更には種蒔きから活動に参加させて欲しいとの意見も多数出された。こちらから保護者に質問をしてみると、紙漉きをした日、子ども達が夢中になって紙漉きをしたこと、教室がとても楽しかったとなどを保護者に伝えたようだ。保護者の多くは紙が作られるまでの行程を知らず、今回、子ども達から聞いて初めて知ったという。

第1回こども環境ケナフ会議のパネルディスカッションに参加したJICAネパールのグルンさんは、ネパールでのケナフ活動が、子ども達を通して進められていることを大きく評価して下さった。子ども達がケナフ活動を通して自然の素晴らしさを学び、その事が切欠となり、自然を守る活動へ発展して欲しいとの願いからだ。ケナフ活動の楽しさや素晴らしさを知る子ども達が増えれば、自然とケナフへの理解は広がるとも話していた。今回、子ども達から保護者へケナフの楽しさや素晴らしさが伝わった事は、大きな評価が出来るのではないかと思う。

これから紙漉きだけに留まらず、ケナフを使ったもっともっと楽しい活動を展開していきたいと思う。子ども達の評価の目はとても厳しいと思う。それだけに、真に楽しい活動を目指していきたい。


hsf at 03:23|Permalink

2006年01月12日

暖かい励まし

1月12日(木)

朝、3件の往診に出かけた。寒さのせいか癌を患っている患者さんの容態が好ましくなかった。他の患者さんも寒さで関節の痛みが増している様子。その後、ネパール癌協会のラウォット会長を訪ねると、ある患者さんの死亡が伝えられた。どうも心臓病による発作だったようだ。この患者さん、かれこれ6年以上もクリニックに通っていた常連の患者さんだった。指の関節に痛みがあって来院したことがきっかけだったが、その後も患者としてだけでなく、仕事上の人脈を使って、他の患者さんをいろいろと助けてくれた優しい人だった。ヒマラヤ小学校が開校した時には、椿やブーゲンビリアの苗を寄贈してくれた。

患者さんとの別れは何時も辛い。治療活動をはじめて7年半になるが、何時も患者さんから教わることばかりだ。亡くなった患者さんは治療の後、
何時も『若いからといっても、健康にだけは気をつけてくださいね。』と、人懐っこい笑顔で励ましてくれた。こうした人々の暖かい励ましがあるから、今までささやかながらも頑張って来られたのだと思う。患者さんの気持ちに応えるためにも、目標を見失わず一生懸命頑張りたいと思う。

夕方から奨学生宅を回った。試験の真最中の子、冬休みに入り家の手伝いに追われている子など、様々だったが、皆、寒さに負けず元気に頑張っている様子で安心した。来週からは新規奨学生の選考が始まる。今年も1人でも多くの子ども達の夢が叶うよう、頑張りたいと思う。




hsf at 03:04|Permalink

2006年01月11日

率直な感想

お世話になっている友人宅を訪問した。友人には9歳になる娘がいるが、偶然にも先日開催した『ウンターキャンプ』での紙漉き教室に参加していたそうで、紙漉きがとても楽しかったとことや、紙漉きの手順などを一生懸命、友人に説明したそうだ。思いがけない話に、とても嬉しくなった。

手で触り、目で見て学ぶ、そうした体験を通して学ぶことは、子ども達にとってとても良いことだと思う。ケナフは子ども達の体験学習に打って付け教材だ。種まきから栽培、観察を通して気付いた自然の不思議さや、パルプを作り、紙漉きを通して学ぶこと。ケナフは本当に多くの事を教えてくれる。

紙漉き帰宅した友人の娘に紙漉き教室の感想を尋ねると、とても楽しかったと言いながら、自分で漉いたカードを照れくさそうに見せてくれた。そして『何時、ケナフの種まきするの?』との質問が返ってきた。沢山ケナフの種を蒔いて、また紙漉きをしたいという。子どもの率直な感想を聞いて、この活動の意義を再確認した思いだった。子ども達の笑顔は、全ての活動の原動力だ。子ども達の天真爛漫な笑顔が見られるよう、今年のケナフ活動もしっかり進めていきたい。

追:1月28日(土)午後2時から、東京港区六本木にあります『みなとNPOハウス』で『第1回こども環境ケナフ会議』の報告会が開催されます。ぜひ、ご参加ください。当日は会議のドキュメンタリービデオも上映され、子ども達の夢のある一生懸命な発表をご覧になれます。詳しくはNPO日本ケナフ開発機構まで。106-0032東京都港区六本木4-7-14 電話:03-3401-2620 



hsf at 01:47|Permalink

2006年01月09日

煉瓦工場・実態調査

1月9日(月)

煙突朝、学校周辺の煉瓦工場へ行き児童労働の実態調査に出かけた。現在、ネパール国内には260万人の児童労働者がいると報告されている。子ども達の多くは工場やレストランなどで過酷な労働環境の下で働いている。

児童労働者の数は一向に減っていないのが現状だと思う。貧しいネパール社会では、未だに子どもは労働力として使われている。未だに貧困が原因で学校へ通えない子ども達は数多く存在しているのは、胸の痛む現状だ。



煉瓦工場少女2今日訪ねた煉瓦工場では子ども達が顔中に泥をつけ、大きな汗を流しながら働いていた。果たしてこの子ども達のために僕達は何をすべきで、何が出来るのだろうか?寒さを凌ぐため、焼成窯の傍に作られた、日干し煉瓦を積み上げただけの小さな小屋で生活している子ども達。親も教育を受けていないため、そこが危険であることすら分らない。決して丈夫とはいえない焼成窯がもし崩れてしまったら、、、、何時も危険と隣り合わせで暮らしている子ども達の現状に、とても胸が痛くなった。子ども達の親にも様々な質問をしてみたが、生活は食べるだけで精一杯という。子ども達を学校へ送りたいが、生活が苦しく余裕はないと嘆いていた。


煉瓦少女現在、ブンガマティ村に開校している寺子屋には、煉瓦工場で働いている子ども達が大勢学んでいる。子ども達が毎日、汗を光らせながら寺子屋へ駆け寄ってくる姿を見ると、子ども達の向学心や夢の大きさを感じる。また昨年は煉瓦工場で働いていた子ども達がヒマラヤ小学校へ入学するなど、少しずつではあるがヒマラヤ青少年育英会の活動も、煉瓦工場の子ども達の教育のために一定の効果を挙げているように思う。しかし子ども達の数は依然として多い現状だ。1人でも多くの子ども達に就学機会を与え、危険を回避するだけの基本的知識を与えるためには、何が最善の方法なのだろうか。僕達は常に最善の支援活動を目指さなければならない。目を覆いたくなるような現状に、活動への気持ちを新たにした。






hsf at 05:15|Permalink

2006年01月07日

ジリ復路

1月7日(土)

朝6時、カトマンズへ向けジリを出発。昨日の道を引き返す行程。昨日の上り下りの山道を思い出しては、気が遠くなった。

ドラカチャリコットに着いた後、隣町のドラカに立ち寄った。マラ王朝の王国の一つだったドラカには、今も古い町並みが残っている。商売繁盛の神を祭るビムセン寺院へ続く石畳の門前通りは、なかなか綺麗だった。今日は土曜日という事もあり、ビムセン寺院は大勢の参拝客で賑やかだった。



カリドゥンガドラカを経ち、チャリコットから山道を下り、再び登る行程が続いた。その後、カリドゥンガの採石場を過ぎたあたりで、車の左と後側に、突然、美しいヒマラヤが姿を現した。スイスの支援で完成したというカトマンズとジリを結ぶ道。ヒマラヤを眺めるのに、カリドゥンガが一番魅力のある町であることは間違いないと思う。

アルニコ道路に合流した後、カトマンズ郊外の避暑地ドゥリケルで休憩した。今日は天気も良くドゥリケルからも美しいヒマラヤを眺めることが出来た。

今回のジリ訪問。慌しい日程だったが、綺麗なヒマラヤを満喫することが出来た。今回の旅を通して、ネパールにはまだまだ素晴らしい場所が沢山あることを実感した。ぜひ次回は、ゆっくりとジリの町を探索してみたいと思う。





hsf at 05:26|Permalink

2006年01月06日

ジリ

1月6日(金)

早朝、東ネパールの町『ジリ』に向い出発した。ジリはカトマンズから東に190キロの距離にある小さな町。スイスのプロジェクトで作られたという町だ。以前、スイスプロジェクトで働いていた知人から何度かジリについて話を聞いていた事もあり、以前から一度、訪ねてみたいと思っていた町だった。

山並み先日、訪ねた中国(チベット)との国境の町『タトパニ』へ向う道中、『ラモサング』という町で、車はジリ方面へと分かれた。山道を右へ左へと揺られ、ネパールらしいのどかな景色を楽しみながら、車はゆっくり目的地のジリへと向った。ネパールを旅していると、何時もネパールの山の深さと広さ、そして大きさに驚かされる。幾重にも連なる山並みにアイロンを掛けたら、一体、どれだけの広さになるのだろうか。

約5時間後、カリドゥンガという大きな採石場のある町についた。カリドゥンガからは進行方向の前方と右側にヒマラヤの美しい連山を望むことが出来た。特にガウリシャンカール(7146M)の大きさは圧巻だった。何時もカトマンズから見慣れているランタンやマナスルといったヒマラヤも、何時もとは違う姿を楽しむ事が出来た。



オーバーヒートカトマンズを出発して約7時間、チャリコットという峠の町に着いた。峠の町のバザールは大勢の人々と集められた商品で賑やかだった。チャリコットからは再び山を下り、一旦谷底まで降りて川、再び山を昇る行程が続いた。借りた車(いすゞビッグホーン)も急斜面の連続に、2度もオーバーヒートしてしまった。冷却水が無くなったラジエターに近くの川から汲んできた水を入れ、更にマサラを加えて色付けするドライバーの対応には、思わず笑ってしまった。有る物を上手く活用する方法に関して、ネパール人の右にでる者はきっといないと思う。何時も感心してしまう。



ジリチャリコットから2時間半、ようやく目的地のジリについた。整然とした町並みは綺麗だったものの、地形上、ジリからはヒマラヤを眺めることが出来ず残念だった。それでも夜空に輝く星群は、今にも空から落ちて来そうなほど綺麗だった。




ジリの子どもジリは以前、エベレスト登山の出発点として賑やかだったという。現在は出発点が東の町『ルクラ』に移ったこともあり、町は活気に乏しかった。登山客が減った事を嘆く地元の人々。大きな産業もなく、観光に依存しているネパールでは、観光客の減少は大きな問題だ。ネパールは美しく豊かな自然と、人懐っこい人々が暮らす、素晴らしい国。ぜひ1人でも多くの人々にネパールへ来て欲しいと思う。



ジリ町

hsf at 05:16|Permalink

2006年01月04日

ケナフ活動・紙漉き教室

1月4日(水)

紙漉きカトマンズの名門私立校ヒマラヤ・ビディヤ・マンディール校で開催されているウインターキャンプで紙漉き教室を開催した今回のキャンプには他の私立学校からも大勢の子ども達が参加して、とても賑やかだった。

まずはサダナによるオリエンテーションが行われた。普段使っている紙がどのように出来るか?紙はどれくらい必要か?ネパールの環境問題、自然の素晴らしさ、ケナフについて等、サダナの分かりやすく丁寧な話に子ども達は興味津々の様子だった。今回、KDNとして初めての紙漉き教室だったこともあり、いつも以上に緊張したが子ども達の良い反応を見て安心した。

300名の子ども達を纏めることは容易ではなかったが、子ども達は本当に一生懸命パルプつくりに取り組んでくれた。(詳しくはホームページに掲載しています。ぜひお目通しください。)紙漉きを終えた子ども達の嬉しそうな笑顔は筆舌に尽くしがたい。『ケナフを育ててみたい』『種を蒔いて育てたい』という子ども達の声に、活動の意義を感じることが出来た。

ケナフ活動の主役は常に子ども達であって欲しいと思う。紙漉きをしている時の子ども達の天真爛漫な笑顔を見ていると、ケナフ活動が子ども達の夢を育てていることを実感する。子ども達がケナフの栽培から紙漉きまでの体験学習を通して、自然の大切さを学ぶことが出来れば、環境問題への意識が必ず高まってくると思う。また、暗記が中心のネパール教育の中で、子ども達には体験学習を通して“学ぶ楽しみ”をいっぱい感じて欲しいと思う。

今日の紙漉き授業は大成功に終わった。学校の理事長からも、土地を用意するので、ぜひ種蒔きから参加させて欲しいとの嬉しい要請もあった。少しずつケナフへの関心が高まってきている事を強く感じた。これからも地道な活動を一歩ずつ積み重ねながら、ケナフ活動を広げていきたいと思う。





hsf at 03:09|Permalink

2006年01月03日

パルプ作り

1月3日(火)

明日、4日に開催するケナフを使った紙漉き教室の準備のため、里親教育基金の奨学生達と一緒にヒマラヤ小学校を訪ねた。明日はカトマンズ市内にある名門私立校のウインターキャンプで、子ども達へ紙漉きを指導する。今回、ネパール・ケナフ開発単独として初めての紙漉き教室なので、やはり緊張する。

紙すき教室に必要な道具を一つずつ確認しながら、明日の準備を進めた。本来、子ども達にはケナフ栽培から初めて貰うことが大事だと思う。種から発芽、ケナフの生長を観察することで、子ども達は自然の不思議さや大切さ、そして尊さを学ぶ事が出来る。そうした体験の基に紙漉きをすれば、子ども達にも天然資源の魅力が十分、理解できるのではないかと思う。

パルプ昨日、実態調査で訪ねたコトゥワールダハもそうだが、美しい自然が人間の業によって破壊された姿を見るにつけ、子ども達への情操教育の大切さを痛感する。人間は豊かになれば便利さを求めてしまうが、その代償は天に唾を吐くように、自然破壊として僕達の生活に降りかかってくる。子どもの頃から自然の大切さを学び、自然を身近に感じることが出来れば、ネパールの美しい自然を守り、そして破壊された美しい自然を取り戻すことも出来るかもしれない。そう考えると、子どもたちへのケナフ活動はとても重要になってくる。

今日は奨学生達とパルプつくった。これまでの経験が活かされ順調に進んだ。途中から冬休み中のヒマラヤ小学校の子ども達も集まり、パルプつくりを手伝ってくれた。


hsf at 10:31|Permalink

2006年01月02日

実態調査

1月2日(月)

1月1日からヒマラヤ小学校は約3週間の冬休みに入った。2週間以上の休みは今回が初めての試み。長い冬休みの間、子ども達には健康で充実した楽しい時間を過ごして欲しい。冬休み中、ぜひ家庭訪問も実施したいと考えている。

今日は次期医療キャンプ地の選定と来年度の新入生受け入れに関する実態調査を兼ね、ブンガマティ村周辺の村々を訪ねた。ヤッギャ校長、モンゴル先生、シャムさん、ヤッギャ校長の愛娘サンギャちゃん、ネパール・ケナフ開発のサダナと弟のサントシュ、そしてモンゴル先生の長男ビベック君も加わり、賑やかな山歩きとなった。今回の旅にサダナが加わった事で農村部での環境問題やケナフの実態調査も同時に実施することが出来た。朝、冷え込んだこともあり、道中の畑に広がるアブラナや芽を出したばかりの麦に霜が降り、そこに朝日が反射して一面が光り輝いていた。

村の子供1まず子ども達の実態調査のため、幾つかの煉瓦工場を訪ねた。煉瓦工場はカトマンズ盆地の環境汚染の元凶といわれている。もくもくと黒煙を上げる煙突を見ていると、人間の業の深さを垣間見た気がした。煉瓦工場には早朝にもかかわらず、沢山の子ども達が働いていた。泥まみれになりながら型枠に泥を流す子ども。幼い弟を背に負いながら、せっせと日干し煉瓦を並べる子ども。どの子ども達も生きるために必死で働いていた。


子ども2子ども達に将来の夢を尋ねると、どの子も人懐っこい笑顔を浮かべながら、『学校へ行きたい』『お医者さんになりたい』と、子ども達らしい夢のある答えが返ってきた。この子ども達の描く夢を実現させるためには、一体、どうすれば良いのだろう?貧困から抜け出すことは決して容易なことではない。この子ども達を待ち受ける過酷な将来に胸が詰まる思いだ。



石割煉瓦工場を後にして貧困の村々を尋ねた。首都カトマンズから僅か十数キロの距離にありながら、交通事情により開発が遅れ、貧しい生活を強いられている。ここでも多くの子ども達が採石場で石割や石運びなどの過酷な労働に従事していた。




石運び未だに義務教育が整備されていないネパールでは、今でも多くの子ども達にとって学校で勉強することは夢のような話だ。子ども達の多くは幼い内から教育を受けることなく労働活動に従事しているため、生きていくための基本的な知識さえ身につける事ができない。



子ども達目を覆いたくなるような現状に溜息をついていると、ヤッギャ校長が『ヒマラヤ小学校が開校して、85人もの貧しい子ども達が教育を受けられた。これは本当に素晴らしい事です。たとえ時間が掛かっても、ここにいる全ての子ども達が教育を受けられるように頑張ろう』と、声を掛けてくれた。ヤッギャ校長の前向きな提案に救われる思いだった。たとえ一歩ずつでも頑張っていきたい。

ブンガマティ村から歩くこと3時間、カトマンズ盆地の川が合流して流れ込む『コトゥワール・ダハ』という場所についた。川の水さえ綺麗ならば『勝景地』として人々を楽しませてくれる場所だが、近年の都市化や人口の増加などに伴い、水は汚染され川にはヘドロが溜まり、とても長時間、立っていられない状況だった。同行のモンゴル先生によると、20年前はこの地で泳いでいたという。流れてくるサンダルやプラスティク容器、そして生活排水、この川が生き返るには、一体どのくらいの時間と努力が必要なのだろう。今回、環境活動に取り組んでいるサダナにとって、環境問題の現実を目の当たりにしたことは、かえって良かったのかもしれない。『何とかしたい』というサダナの言葉に、彼女の強い決意を感じた。

約5時間の山歩きだったが、ネパールの抱えている貧困、教育、医療、環境の各問題について改めて考える貴重な機会となった。1人で出来ることは小さく無力でも、皆で力を合わせれば、きっと何かをする事が出来ると思う。今回の経験を必ず後に活かしていきたいと思う。



hsf at 04:50|Permalink

2006年01月01日

明けましておめでとう御座います。

チョコレート2謹んで新春のご祝詞を申し上げます。ヒマラヤ青少年育英会支援者の皆様には、素晴らしい新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。

昨年中はひとかたならぬ暖かいご声援とご支援をいただき有難う御座いました。今後ともブログならびにホームページを通して、子ども達が夢に向かい頑張っている様子を少しでもお伝え出来るよう、頑張る決意です。

今後とも相変わらぬご高配ならびにご指導を、切にお願い申し上げます。
 
ヒマラヤ青少年育英会 吉岡 大祐




hsf at 02:43|Permalink

2005年12月23日

努力を認めてもらう

12月23日(金)

チョコレート朝、支援者の方から頂いたクリスマスプレゼントのチョコレートを届け、ヒマラヤ小学校を訪ねた。出張中のヤッギャ校長の代わりモンゴル先生から、子ども達へクリスマスの説明と支援者の方の気持ちが伝えられた。チョコレートが貰えると知った瞬間、子ども達から『ウォー』という大きな歓声が上がった。どの国でも子ども達はお菓子が大好きだ。

ヒマラヤ小学校では学用品から制服まで全て無償で提供している。時には今日のように、支援者の方からお菓子などを頂き、子ども達へ配ることがある。子ども達に何かを配る前には必ず、ヤッギャ校長が支援者の方の気持ちを子ども達に伝えている。

『君達がよく頑張ったから。。』『歌が上手になったから。。』子ども達を上手く励ますと同時に、支援が決して『当たり前』になって欲しくないとのヤッギャ校長の気持ちからだ。こうした地道な活動が功を奏してか、子ども達は何時も感謝の気持ちを持って頑張っている。

今日はある児童がチョコレートを美味しそうに食べながら、『もっと頑張ったらOOさん(お菓子をご寄贈いただいた方)は、ヒマラヤ小学校へ来てくれますか?』と訊ねてきた。子ども達にとってお菓子は、単に“美味しい”だけでなく、“努力を認めてもらった証“として存在しているように感じた。





hsf at 04:13|Permalink

2005年12月21日

夜盗被害

12月21日(水)

早朝、モンゴル先生から『学校に夜盗が入って、被害が出ている』との連絡を受け、急いでヒマラヤ小学校へ向った。

夜盗こじ開けられた戸棚、壊された施錠、散らかった職員室、投げ捨てられたピアニカ、見るのも嫌な風景だった。周辺に家がほとんどないことや、外壁がないため校内へ容易に入る事が可能な事など、ヒマラヤ小学校には夜盗の被害に合いやすい条件が幾つか揃っている。日本の支援で出来た学校という事も、盗賊が狙った理由の一つかもしれない。理由はどうであれ、『学校』という子ども達の夢の場所を狙った卑怯な犯罪には、強い憤りを覚える。

今年5月の夜盗被害を切欠に、ヒマラヤ小学校では安全対策について何度も話し合いが行われてきた。またサイレンの設置、鉄格子の設置、貴重品の管理など、出来る限りの防犯対策をしてきたつもりだ。今回、残念ながら再び夜盗の被害に遭ったものの、防犯サイレンが一定の効果を挙げ、最小限の被害で収める事が出来た事は評価できると思う。

学校は子ども達にとって、一緒に助け合える友達や尊敬できる先生がいる、一番安心できる心の居場所であって欲しいと何時も願っている。そのためにも僕達の出来る防犯対策をしっかり進めていかなければならない。2度の夜盗被害から得た教訓をどう活かしていくか、学校関係者一丸となって考えていきたい。


hsf at 03:27|Permalink

2005年12月20日

子ども達の優しさ

12月20日(火)

朝からヒマラヤ小学校を訪ね、先生達と冬休みの最終的な打ち合わせを行った。休みの長さについては何時も悩んでします。朝夕の冷え込が厳しいカトマンズ盆地では、冬休みを長くしている学校が多い。学校が休みになると子ども達の多くは農作業など、いつも以上に家の仕事を手伝うことになる。休みが長くなると親が子ども達をそのまま労働者として使い、学校へ送らなくなる可能性が否定できない。1週間か、2週間か、いや1ヶ月、先生達の間でも様々な意見が交わされた。(ヒマラヤ小学校は12月31日から冬休みです。)

サムジャナ昼休み、何時ものように子ども達と遊んでいると、子ども達が摘んだばかりの野花をプレゼントしてくれた。『ありがとう』と感謝の気持ちを伝えると、子ども達は再び畦道へ行き野花を摘んで来た。手に収まりきれないほどの野花を貰い流石に参ってしまったが、子ども達の優しさをとても嬉しく思った。

子ども達が毎日、嬉しそうに学校生活を過ごしている姿を見ると、本当に学校を開校できて良かったなぁと、改めて思う。学校には友達と会える楽しみ、未知の世界を学ぶ楽しさなど、何時も子ども達の夢で満ち溢れている。山を越え2時間以上も掛けて学校へ通ってくる子ども達。夢は全ての原動力だと思う。これからも子ども達が一歩ずつ成長する姿をしっかりと見つめていきたい。



hsf at 02:59|Permalink

2005年12月19日

ドッジボール

12月19日(月)

午前中に雑用を済ませ、昼からヒマラヤ小学校を訪ねた。

ヒマラヤ小学校は丁度、昼休みだった。子ども達と遊んでいると、2年生のクマールが『ドッジボールをしたい』と言い出した。暫くするとクマールをはじめとする男子児童が、グループになって『ドッジボールがしたい』と言ってきた。先週、試験も無事終わったという事で、モンゴル先生に相談した上で、昼から遊びの時間にして子ども達が大好きなドッジボールをすることが決まった。

ドッジボールは昨年、日本から参加したボランティアの方に教えて頂いた。すっかり子ども達の間で大人気となっていたが、2階校舎の建設の関係で建設資材が広場に置かれていたため、残念ながら半年ほどドッジボールが禁止となっていた。

今日はモンゴル先生やディビヤ先生も加わっての賑やかなゲームとなったが、手を抜くとゲームが面白くなくなるため僕も本気で挑んだ。中には僕やモンゴル先生にボールを当てることに必死になる男子児童もいて、子ども達以上にドッジボールを楽しむことが出来た。

ニロージュドッジボールが上手な児童の中に1年生のニロージュ(13)がいる。(今日は何度もニロージュに当てられました。)ニロージュは口蓋列の問題で発声障害を持っている。勉強は苦手だが、何時も率先して机の移動など学校の手伝いをしてくれる活発な子だ。ニロージュのような児童には、将来、ぜひ職業訓練をつけたいと考えている。ニロージュのような子が手に職を持てば、一生懸命仕事に取り組み、必ず良い仕事をしてくれると確信している。これからケナフ活動も含め、本気になって学校内の職業訓練所開設を目指したいと思う。

今日はドッジボールをしている途中、学校の前をバスやトラックが通る度に、上級生が試合を止め、幼い子ども達を安全な場所に移動してくれた。これは今まで見られなかった行動だ。子ども達の大きな成長を見ることが出来、本当に嬉しかった。

結局、今日は7試合を行った。流石にくたくたに疲れたが、久しぶりに子ども達と気持ちの良い汗をかく事が出来た。来年はぜひ、校内ドッジボール大会を開催したいと思う。将来は村レベルの競技に広めていきたい。


hsf at 02:51|Permalink

2005年12月18日

書き写し

12月18日(日)

朝から雑用に追われた。雑用に頭を抱えていると、ヒマラヤ小学校のディビヤ先生から『子ども達が朝から何度も、大祐さんに見せたいものがあると言っている。もし時間があれば学校に来て欲しい』と電話が掛って来た。このまま雑用に頭を抱えるよりも、子ども達の顔を見て息抜きをしようとブンガマティ村へバイクを走らせた。


バス ブンガマティ村に着き、学校へ通じる道を走っていると突然、前を走っていたバスが止まった。学校へ通じる道はバス一台が走れるだけの道幅しかないため、バスを追い越すことも出来ず、こんな場合、バスが動き出すのを待つしかない。

暫くすると収穫した農作物を載せるために、バスが止まっている事が分かった。バイクを降りてバスの傍に行くと、老人が1人で農作物の入った何十キロの袋を一生懸命、担ぎ上げていた。見かねて手伝うと、老人がニコッと嬉しそうな顔で挨拶をしてくれた。ネパールの人々の笑顔は本当に気持ちが良い。ささいな出来事だったが、お年寄りの優しい笑顔に心が和んだ。

学校へ到着すると子ども達が駆け寄ってきて教室へと導かれた。教室に入ると、ある児童が恥かしそうに一枚の紙切れを出してきた。早速、紙切れを開いてみると、先日、子ども達に配ったノートに書かれてある松山聖陵高校の『校章』と『贈松山聖陵高校』の字が書かれていた。どうも子ども達が僕に見せたかった物は、紙切れに書き写した日本語だったようだ。

日本語を書き写した子どもの頭を撫で、ありがとうと伝えると、他の子ども達も同様に『贈松山聖陵高校』と書かれた紙切れを出してきた。様々な形の『贈松山聖陵高校』。ノートが何時も接している僕の母校からのプレゼントということで、子ども達は相当、身近に感じてくれたようだ。子ども達がノートを喜んでいることが分かり、とても嬉しくなった。それにしても子ども達は無邪気で可愛らしい。


>

hsf at 02:38|Permalink

2005年12月16日

第1回こども環境ケナフ会議掲載

12月16日(金)

朝、早く起きてアパートの周りを歩き、噂どおり『ウパティヤカ・バンダハ』(カトマンズ盆地を対象にしたゼネスト)になっている事を確認した。一応、バイクは動いていたが、天気も良かったので、歩いて往診へ行った。

午後2時頃に帰宅し、第1回こども環境ケナフ会議のホームページを作成したホームページの作成には平均1時間半から2時間近く掛るため、毎回、時間のある夜中に作成している。今日のような臨時休暇はホームページ作成のためにはとても有難い。

会議の様子を何とかお伝えしようと時間を掛けて作成したが、主人公である子ども達の一生懸命な発表の様子は、なかなか筆舌には尽くせないものがある。結局、子ども達の発表の大部分を削除し、主に写真を掲載することにした。

今後、予算が出来れば、ぜひ会議の様子を本に纏めたいと考えている。またジャイカ研修生協会の機関紙でも掲載できればと思う。ぜひ、子ども達の素晴らしい活動を多くの人々に知って欲しいと思う。

第1回こども環境ケナフ会議の様子を掲載しました。ぜひご覧ください。



hsf at 02:56|Permalink

2005年12月15日

松山聖陵高校

12月15日(木)

今日は満月のお祭り。朝から往診先で日本の御餅に似た『ヨモリ』を頂いた。この『ヨモリ』、僕がネパールに暮し始めた頃、食事がなかなか合わず苦労していた僕を見かねて、下宿先のニルマラさんが『日本のお餅と似ていますよ』と作ってくれた。その時のヨモリが美味しかったことと、ニルマラさんの心遣いに感激したことを鮮明に覚えている。それ以来、ヨモリは僕の好物のひとつになった。今日もヨモリを美味しく頂いたが、流石に食べ過ぎてしまった感じがする。

聖陵高校今日は子ども達に新しく出来たノートを配布したこのノート、僕の母校である松山聖陵高校の創立記念行事の中で諸先生方、父兄の皆さん、そして生徒有志の皆さんの善意で集められた『ヒマラヤ小学校支援金』から作られたもの。英語のノートは十分な量が確保できたものの、数学のノートが不足著しく不足していたため、ヤッギャ校長の提案で作ることとなった。

ヒマラヤ小学校では支援者の方から頂いた学用品などを配るとき、必ず子ども達に支援者の方について説明している。どんな人が、どんな思いで支援してくださったのかを明確にすることで、子ども達に感謝の気持ちを持って、頑張って欲しいとの願いからだ。また決して支援が当たり前になって欲しくないという願いも込められている。

今日はノート配布前、モンゴル先生から『大祐さんが勉強したセイリョウ高校の先生達やお兄さん達が、君達のためにノートを作ってくれました。大祐さんは君達が頑張っている様子をセイリョウ高校の皆さんに伝えると、セイリョウ高校の皆さんが君達を応援したい、と言ってくださいましたよ。今まで以上に頑張ってください』と伝えられた。

校章普段なら『分かりました〜』となるところだが、今日は子ども達から『大祐さんの学校の名前は何ですか』『どこにありますか〜』など様々な質問が飛んできた。放課後には子ども達から『大祐さん、ノートありがとう』と何度も声を掛けられた。不思議な感じがしたが、普段、接している僕の母校からの支援ということで、子ども達は何時もより身近に感じられたのかもしれない。

母校の皆さんから御支援を頂くとは夢にも思っていなかった。暖かい御支援を頂いたこと感謝の気持ちで一杯だ。今日は聖陵高校の皆さんの善意を子ども達に届けることが出来て本当に嬉しかった。残りの支援金についても、有効に使えるよう学校運営委員会でしっかり話し合っていきたい。


hsf at 02:13|Permalink

2005年12月14日

クロワッサン

12月14日(水)

朝からクリニックで治療。今日は祭りに前という事もあり、患者さんの数は少なかった。患者さんが少なかった分、十分な時間を掛け納得のいく治療が出来たと思う。クリニックで治療をしていると、1人でも多く治療したいという気持ちと、患者さんの数を減らして一人ひとりの患者さんをゆっくり丁寧に治療したい気持ちが、何時も心の中で葛藤する。どちらかに決めることは難しいが、以前ほど治療に集中できない現状の中で、『最善』を目指して頑張りたい。

昼からダルマさん宅で料理講習会を開催した。今日は奨学生3名が参加しクロワッサンの作り方を習った。僕もクロワッサンつくりに挑戦してみたが、なかなか面白かった。フランス人の友人の名前がクロワッサンで、友人からクロワッサンはフランス語で『三日月』を意味している事を聞いたことがあった。その事を思い出し奨学生にクロワッサンの意味を『したり顔』で説明した。

その後、焼きあがったクロワッサンを食べたが、なかなか美味しかった。来年から『あすなろ食堂』で取り入れる予定。

今朝、布団を跳ね除けて寝てしまったせいか、鼻風邪を引いてしまった。少し体がだるかったので、早めに帰宅し休んだ。ネパールも本格的な冬を迎えたようだ。



hsf at 01:57|Permalink

2005年12月13日

ラチミ

12月13日(火)

郵便局へ行った。何時も以上に郵便物が多かったが、今日も知人に助けられ何とか短時間で投函することが出来た。その後、先日、受け取れなかった荷物のキャンセル手続きを行ったが、税関の人たちのにべもない態度には、呆れてしまった。

昼からヒマラヤ小学校を訪問。今日は試験後の休みだったが、勘違いをした2年生の児童ラチミが学校に来て、当直のモンゴル先生とボールで遊んでいた。

laxmiラチミはヒマラヤ小学校では珍しいシェルパ族。シェルパ族は山岳民族だが、ラチミは父親をなくし数年前に母親と共にカトマンズ盆地にやって来たそうだ。母親は小さな食堂を営んでいるが、生活はとても厳しい。家庭訪問をした時にもラチミの家庭の窮状が良く理解できた。遠い家から楽しそうに学校へ通ってくるラチミを見ると、僕らも嬉しくなる。

今日は暫くの間、モンゴル先生、ラチミの3人で遊んだ後、ラチミをバイクに乗せて家まで送った。道中、無邪気に日本の歌を歌っていたラチミに学校について尋ねると、とっても楽しくて大好きだと、嬉しい答えが返ってきた。更に理由を尋ねると、先生達が優しいこと、友達が沢山いること、日本のゲストが学校へ来て遊んでくれることなどを挙げた。こうして子ども達から直接、意見を訊く事はとても大事なことだと思う。子ども達が喜ぶ姿は僕達の活力に繋がる。ラチミの嬉しそうな笑顔を見て、もっともっと楽しくて夢のある学校を作りたいと改めて思った。



hsf at 01:51|Permalink

2005年12月12日

社会からの理解

12月12日(月)

朝、子ども達から預かった手紙の翻訳作業に追われた。子ども達の素直な気持ちを翻訳するのは、なかなか難しい。数行の翻訳に頭を抱えながら、あっという間に時間が過ぎた。今日は朝7時のFMラジオにサダナさんが出演しケナフについて話した。前回以上に分かりやすく良い内容だった。

昼からサダナ、ヤッギャ校長、モンゴル先生と合流し、ケナフ活動のミーティングを行った。年明けにも、現在、任意団体であるネパール・ケナフ開発(KDN)を地方行政局、社会福祉省に登録し、正式な会として発足させようと考えている。今日は定款の素案作成を行った。後で問題の起きないよう、事細かい点まで話し合った。年末までに素案を纏めると共に理事の選出を終わらせたいと思う。出来るだけ実行力のある人に理事に入って貰いたいと思う、またサダナさん達、若い人が中心として活躍できる風通しの良い会を目指したいと思う。

皆で素案を纏めているとカトマンズ市内の某有名市立学校から電話があり、ぜひケナフ活動に参加したい、学校のウインターキャンプで紙漉き授業をして欲しい、との要請を受けた。願ったりかなったりの話に即答でOKを出した。

ネパールの学校では今まで、植物観察授業がほとんど行われていなかったため、学校でケナフの観察をして貰うのに苦労した経緯がある。学校関係者に観察の意義を説明するため、何度も学校を訪ね回り観察活動をお願いした。それだけに、学校側からの要請はとても嬉しかった。少しずつ活動が社会に受け入れられていることを実感した。社会の理解を得ることが出来れば、必ずケナフ活動は上手くいくと信じている。

ケナフ紙その後、先日、製紙工場へ出荷したケナフが紙になって届いた。前回よりも滑らかで遥かに出来が良い。この質ならば更に多くの人々に興味を持っても貰えると思う。皆で何度も紙を触って喜んだ。一日も早く、ケナフを栽培した子ども達にも紙を届けたいと思う。


hsf at 06:42|Permalink

2005年12月11日

絵本朗読

12月11日(日)

朝からヒマラヤ小学校を訪問。試験も終盤に入った。子ども達にとっては大変な毎日だ。特に2年生の試験は難しく一部の児童を除いて、ほとんどの子ども達が頭を抱えているようだった。監視員をしている時は子ども達の求めに応じて、出来る限りヒントを出すようにしているが、今日の試験はヒントすら出せなかった。見ていて可哀想にすら思えるが、5年生卒業時に行われる郡レベルの統一試験に合格するためには、避けては通れない道だと思う。子ども達には頑張って欲しい。

絵本今日は試験前、子ども達の緊張をほぐそうと支援者の方に頂いた絵本の朗読が行われた絵本の大好きな子ども達、暫らくの間、試験のことを忘れて絵本を楽しんだ様子だった。久しぶりに子ども達の底なしに明るい笑顔が見られ、とても嬉しかった。明日は試験の最終日。試験が終わったら、もう一度、朗読を行いたいと思う。



hsf at 02:35|Permalink

2005年12月10日

考えた休日

12月10日(土)

朝、2件の治療を済ませた後、帰宅。今日は昼から携帯電話の電源を切り、自宅でゆっくり過ごすことにした。

普段、あまり家にいないため何となく不思議な休日となったが、学校のことや奨学生のこと、そしてケナフ活動のことなど、ゆっくり考えることが出来た。

鉛筆一番気になるのは、やはりヒマラヤ小学校の運営だ。これから児童数の増加に伴い経費も増えていくことになる。もちろん経費の削減努力は開校以来、ヤッギャ校長先生の強力なリーダーシップの下に続いているが、最低限必要な経費だけでも相当な金額になる。*写真は子ども達から回収した鉛筆。ヒマラヤ小学校では鉛筆1本からの経費削減を続けている。使い切った鉛筆を学校長に返却しなければ、子ども達は新しい鉛筆はもらえない。

これまで多くの人々の暖かい善意支えて運営してきたが、目先の事をこなすのに精一杯で、支援体制を構築できていないのが実情だ。一時的な大きな支援よりも、小さくても継続的な支援がとてもありがたい。ヒマラヤ小学校の運営には年間、子ども一人当たり約1万円の経費が掛る来年は児童数が100名を超え、数年後には児童数150名の学校になる予定だ。ヒマラヤ小学校を継続させるためには、150名の支援者に支えて頂きたいと考えている。もちろん300名に増えれば支援者の方の負担が減るので、支援者数が多いに超したことはない。

しかし150名に人々の理解を得る事は決して容易な事ではない。やはり一つひとつの活動を一生懸命取り組み、少しずつ理解を得ることが一番大切だと思う。時間が掛かっても、学校が末永く継続できる支援体制を構築したいと思う。


hsf at 03:25|Permalink

2005年12月09日

隻手薬師寺子屋、開校1周年!

12月9日(金)

朝、手紙を出しに中央郵便局へ行った。今日は郵便物が沢山あったため時間が掛かってしまった。その後、届いた荷物の受け取りに行ったが、手続き上の問題が発生してしまった。知人や友人に頼み、あの手、この手を尽くしたものの、残念ながら受け取ることが出来なかった。支援者の方の気持ちを子供達に届けることが出来ず、本当に残念だ。思わず溜息が漏れた。

昼からは今後のケナフ活動について打ち合わせ。参加校を増やすため、学校間のネットワーク化を図りたいと考えている。皆で知恵を出し合えば、必ず上手くいくと信じている。

寺子屋勉強夕方から寺子屋を訪問。先日12月1日にブンガマティ村の隻手薬師寺子屋は1周年を迎えた。これまで担任のシャムさんの努力は素晴らしいものがあった。本当によく纏めてくれたと思う。皆で行ったピクニック、一生懸命ゲストの皆さんを歓迎したこと、村のダンス大会に出場したこと、本当に思い出深い1年だった。隻手薬師寺子屋からは今年5人の子供達がヒマラヤ小学校へ入学した。また7名が里親教育基金から就学支援を受け、学校へ通うこととなった。これも大きな成果だと思う。



寺小屋お菓子今日は1周年を祝う、ささやかなパーティを開催し、子供達とお菓子を食べながら楽しい話で盛り上がった。子供達一人ひとりに寺子屋の感想を尋ねると、『シャム先生が優しく丁寧に勉強を教えてくれるので楽しい。』や『毎週金曜日のお楽しみ会で皆と踊りを踊るのが楽しい』など、さまざまな感想が聞けた。シャムさんからも子供達に『君達は1年間、本当によく頑張りました。先日のダンス大会でラジカセを貸し出した時、君達が僕との約束を守り、きちんと返却したことに僕は君達の大きな成長を見ました』と目に涙を浮かべながら話していた。シャムさんは将来、教育者を目指す若者。シャムさんにとってもこの1年間は、大きな収穫になったことと思う。


寺子屋踊り今日は1周年記念にノートを3冊ずつ配布。支援者である愛媛県の隻手薬師の皆さんから頂いた人形とポーチを子供達に配り、最後には皆で踊りを踊って1周年を祝った。これかも子供達の夢が育つ寺子屋として大いに発展して欲しい。


hsf at 02:08|Permalink